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たまご物語  作者: 木偶
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04・わが子はかえらず

 半病人の様な状態のクリソプレーズを連れ、アゲートは村長の元へ向かった。通りがかった村の竜たちは一体何が起きたのか心配と顔に書いてついてきた。青いを通り越して白い顔のアゲートによっぽどのことだと思ったからだろう。



「村長、長様!」



 アゲートの代わりのつもりか、通りがかりの一人が村長を大声で呼んでくれる。扉をあけて出てきたのは灰色の髪をした老人で、アゲートと同じくらい悲壮な表情をしていた。



「まさかと思ったが――お前たちのたまごだったか」


「お、長、何があったのかご存知なのですか?!」



 クリソプレーズがアゲートを突き飛ばして村長に詰め寄った。村竜に受け止めてもらい大事には至らなかったがかなりの勢いで吹き飛ばされたアゲートは涙目だ。



「説明しよう。カルサイトや、村の全員を呼んでくれんかね」



 村長にそう言われた黄色い髪の女はコクリと頷くと周りの家の扉を叩き始めた。村長はクリソプレーズの手を引き家へ入る。それにアゲートを始めとする他の竜たちも続いた。クリソプレーズの様子は尋常ではないし、どうやら自分たちにも関わることのようだ――聞き逃すことなどできない。



「クリソプレーズ、気が急くのは良ーく分る。儂も今すぐ飛んでいき探したいほどにな。だがその前に皆に伝えねばならぬことがあるのだ」



 唇をかみしめ自分をひたすら見つめるクリソプレーズの頭を撫でながら、村長は村の全員が揃っていくのを見つめる。カルサイトは現状をこれ以上なく正確に説明してくれたらしい、入って来る者入って来る者全てがクリソプレーズとアゲートをちらちらと見やる。この夫婦が話題の中心だということはつまり、二人のたまごに関わりあることだと全員が理解していた。それ以外で竜が取り乱す要因などないに等しいのだから。


 数分と経たず室内の人口――竜口密度は急こう配に増し、大人だけでなく少年期の竜も余さず揃った。元々数の少ない竜族だから集まったと言っても五十に満たないのだが。



「良く集まってくれた。今から伝えるのは、クリソプレーズとアゲートの夫婦のたまごに起きた事件じゃが、儂らにも関わり、また村だけで内密にするようなことでもない。――全ての竜族が我が身を守らねばならぬ時代が再び、やってきたようじゃ」


「それは一体どういうことなのですか、村長? クリソプレーズたちのたまごに何があったんです?」



 気の急いた一人が挙手して訊ねたのをジェスチャーで押さえ、村長は順に話すからと宥めた。



「かつて儂ら竜族は、今なおそうであるように、全ての動物の頂点に存在する魔物じゃった。じゃがその竜族が恐れることが一つだけあったのじゃ。それは人間のする魔法の一つ……召喚術じゃ」



 訳が分らないと言った顔をする者がほとんど、否、村長と同等に生きている竜以外の皆が首を傾げた。



「今の人間の行う召喚術は、かつてのそれに劣っておる。儂がまだ幼竜であった頃――二千数百年ほど昔のことじゃが――は、竜はたまごを召喚術で盗まれることがないように厳重に魔法をかけて守っておった。人間の召喚によって何人もの可能性ある次代が奪われたからじゃ。たまごがかえる前に奪い返さねば取り返しのつかないことになる……人間のする契約は不平等で、かえったばかりの竜は訳も分らぬうちにそれを承諾させられてしまう。人間の良い道具にされ続けた竜を儂は何人も知っておる」



 クリソプレーズがガタガタと震えだした。横でアゲートが顔面を蒼白にして気絶しそうになっている。彼女も彼も分ってしまったのだ。



「ここ千数百年は人間による召還など一度もなかった……儂らはもう召喚に苦しむことはないと思ったのじゃ。その結果が今、この二人を苦しめることとなってしまった」



 部屋の全員の視線が村で一番若い夫婦に注がれる。その視線には深い悲しみが込められていた。



「村長! 二人のたまごはまだ二十年になるかならないかのはずです。そうすぐかえるわけではないのでは? 契約の心配はしなくて良いと思うのですが……」



 一人が手を上げ、周囲もそれに頷いた。二人のためなら全員たまごを探すことに迷いはなかったが、契約の話までして二人を追い込めてしまうのは如何なものかと思ったためだ。哀れ夫婦は卒倒寸前なのだ。



「そうであればどれほど良いことか。召喚されるのはかえる直前のたまご――二人のたまごがかえるまであと数日もないはずじゃ」



 他よりは冷静を保てていた面子も流石のこの事実には驚愕する他なかった。二十年きっかりでたまごがかえることも千年ぶりなら、召喚によって誘拐されるのも千数百年ぶりだ。夫婦はまさにこれ以上ない不運の渦中にいるというしかない。


 気を失ったクリソプレーズを彼女の母が抱きとめ、アゲートは村の男によって安静に寝かされた。母は目に涙を溜めながら娘を抱きしめた。クリソプレーズのたまごがかえるまで、あと一週間もない――それまでに見つけろというのは無理な話だった。


 部屋の隅からすすり泣きが上がる。日数がないのだ、たまごを救える手立てはない。しらみつぶしに人間の里を探したとて見つかるかといえば否という他ない。生まれたばかりの竜の気配は人間並みに弱いのだ。誕生を察知して駆けつけるのは難しく、たとえ駆けつけられたとしても先に契約を交わされてしまえばもうどうしようもない。



「人間め……」



 そんな声が、湿った声に満たされた室内にぽつりと響いた。



「そうだ、人間さえいなければこんなことは起きなかった」


「人間さえ」


「召喚術と言い訳して誘拐を繰り返す人間など」



 『殺してしまえば良い』の一言は、誰の口からも出なかった。出る前に村長が止めよとぴしゃりと言い放ったからだ。



「今回のことはたまごを守るすべを伝えなかった儂ら年寄りの責任じゃ。人間の召喚術で助けられる魔物もおる……」


「ですが!」


「それではあまりにクリソプレーズが可哀想です!!」



 しかし村長は首を横に振るばかりだった。














 夫婦の代わりのように泣きだす者、怒りのぶつけようがなく床を殴り付ける者――それぞれの気持ちは一緒だった。

 次はヴィッキーサイド。今のところコメディ的な部分がさっぱりですが、進むうちにでてくる。はずです。

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