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たまご物語  作者: 木偶
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02・わたしはたまご

 かなりひねくれた性格の主人公です。

 私はニートだった。大学卒業から三年は新卒扱いとすることという法律(?)ができたのは私が大学を出てから四年目のことで。それも私は短大出だったから、こんな中途半端者を雇おうなんてしてくれる会社はなかった。全てに負けた気がした。同じように仕事を掴めなかった友人は、結婚して就職を諦めていた。


 全てはゆとり政策が悪い、だなんて言うつもりはない。だけどあの政権がしてくれたことは、頭の悪い日本人の量産と就職難の時代を作ることだけだった。私は社会に入れなかった。探せば求人はどこにでもある。就職難とはいっても職場はどこにでもあるんだ。ただ、私の誇りがそれを許さなかっただけで。現場なんて高卒がする仕事だ、工場で働くなんて恰好悪い、汚い――そんな考えを持っているニートは私の他にもたくさんいる。だから私だけがそう思い込んでいるわけじゃない、でも、よくよく考えてみれば失礼極まりないことだよね。彼らがいるから今の日本があって、今の私の生活がある。馬鹿にして良い仕事じゃない。


 でも、そう考えを改めるのは遅すぎたらしい。私は今、大量に血を流して失血死に向かっている。だんだん頭が重くなってきた。ニートとはいえ優雅な親の脛かじり、夜遅くまでゴロゴロとしているうちに小腹が減りコンビニへ買い物に行ったのが悪かったらしい。通り魔は私の腹と胸を何度もつき刺すと、カバンを奪って逃げて行った。


 ああ……親には何も返せてないなぁ。脛かじるばっかりだったし、就職できなかったし、挙句の果てに親を置いて先に逝くんだから不孝者だよ。三途の川で石でも積むのかな、私。


 眠い、て言うか寒い。刺されたところだけが何だか温かくて、他が寒かった。――それが『私』の終わり。













 気が付けば私は膝を抱えて座っていた。どこだここ。うすぼんやりと明るくて、狭いけど心地良い空間だった。ずっとここにいるのも良いかもだなんて考えながらうとうととしてたら、頭の中に声が響いた。



『新たな竜の子よ、お前に知識を――』



 それからは大変で、数年がかりで何千年何万年と続く竜の歴史を頭に流し込まれた。無駄に長い。やっとその知識の奔流が収まった頃どうしてこんなの詰め込まれなきゃいけないんだと頭の中で文句を言えば、全ての竜が漏れなく教えられる義務なんだと返ってきた。



『いや、私ただの人間だし!』


『何を言う、お前は竜の子ではないか。――だが、たまごのうちからこれほどはっきりした意識のあるものなど初めて見たな』


『え?』



 不思議に思い首を傾げてると、脳裏に髭面のおっさんが現れた。おっさんというには可哀想かもしれない。まあまあ美形だし。



『我こそがお前に知識を授けし者よ。類なき竜の子よ、お前は自分を何故人だと思うのだ?』


『だって私、人の両親から生まれたし――』



 そこでハッと気が付いた。人から生まれたのは前世の話、死んで生まれ変わった(かもしれない)んだから今の私は人間じゃない。輪廻転生なんて昔は信じてなかったけど、死んだのに意識があることからそれもアリなんだろうと思った。



『お前は竜の子よ。意識があるぶん我も教え甲斐があったというもの、近年の竜の中では速くかえるのではないか?』



 え、教える時間が生まれる時間に関係するの? なんか変な種族なんだなぁ、竜って。そう思って想像のへぇボタンを連打してたら、おっさんが変な顔をした。現代人のノリが分らないんだろう。異文化理解は難しいということが良く分る。言葉の壁以外にも文化の壁ってあるからね。



『ただ、ここで我が教えたことを覚えているかは分らぬ。生まれる前に我らが教え込んだことを忘れ去って生まれる者がほとんど――いや、覚えている者などおらぬ』


『それって無駄って意味じゃ……』


『無駄などではない。我らが授けた知識は竜の深層意識に存在し、竜種の繁栄と存続を導いておる!』


『そうなの?』


『そうなのだ!』



 なんだかおっさんが可哀想になって来たからそれ以上切り込むのは止めてあげた。



『ゴホン。それはもう横に置いておくとして。お前はそろそろ生まれても良い時期だ、両親もお前のかえる日を待っておろう。天井を突けば殻を割りやすい故、たまごから出る時は天井を思い切りガツンとやるのだぞ』


『あ、はい』


『ではな。もう我はお前と会うこともないであろう』



 スススーと消えていこうとするおっさ――おじさんに私は慌てて声をかけた。今日初めて顔を合わせた(?)人(竜?)だけど、その声には十年位お世話になってるのだ。あまり楽しい勉強じゃなかったけど、彼がとても真剣に教えてくれたことは私自身が良く分っている。



『待って! おじさん、名前は?』


『今頃聞くか……。ファントムという。もしかえってからも我の名を覚えておれば、好きに呼ぶが良い。気が向けば応えよう』


『うわ、どこの怪人。――まあ良いか、有難うファントムさん!』



 そうしておじさん、基ファントムさんは消えていった。たしかあの人の名前はだいぶ初期――竜がこの世界に生まれた頃の人(竜だけど)のはず。おじさんじゃなくてお爺さんだったか……。もしかしてたまごが生まれる度ああやって出向いて知識を詰め込ませてるんだろうか? 大変な仕事だなぁ……良くやるよ。


 さて、そろそろかえる日のはずなんだよね。年に一回たまごの内側が白から灰色になる日があって、その日以外は殻が硬くなって割れないんだとか。早く外に出たいな、今生の親がどんな竜なのかは分らないけど楽しみだ。

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