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たまご物語  作者: 木偶
19/20

16・少年と悩み

 十日も開いてしまいました。初めの500文字を書いたあたりで書けなくなり、やっと完成です。

 ヴィクトリアスはこの数時間で自分の使役魔――ミラが苦手になっていた。説教くさいうえ、大嫌いなアルタイル・ラフマンとミラが仲良しだからだ。ラフマンは事あるごとにヴィクトリアスに皮肉を言い、馬鹿にする。ヴィクトリアスにはそんな男と何故仲良くなれるのかさっぱり分らず、ミラはラフマンと同類なのだという考えに落ち着いた。


 夕食を終え、宿題も食事前に終えていたヴィクトリアスとボズは早々と布団に潜り込む。だがボズとの会話が途絶えた途端今日起きたことが彼を悩ませ始めた。ミラは自分の使役魔になるはずだったのに――使役魔とは召喚した魔法使いに絶対服従だと思っていた。もしかすると記憶の抜け落ちた部分に何かあったのかもしれないが、それが一体どんなものだったのかヴィクトリアスに分るはずもない。オールドリバーに訊ねるという選択肢は始めから彼の中に存在していなかった。


 貴族や金持ちだけが魔法使いになれるわけではない。魔力を持った血筋というものは平民にも存在し、当のヴィクトリアスは平民出身である。平民とはいえ魔法使い一家の末っ子として生まれたヴィクトリアスは当然ながら幼いころから学院の話を聞かされて育ち、自分は魔法使いになるべくして生まれたのだと信じていた。だが。



「今まで誰も失敗しなかったのに……」



 親戚の失敗談をいくつも聞いてきたヴィクトリアスだが、使役魔の契約を失敗したなどという話だけは聞いたことがなかった。その『誰も失敗しない』はずの契約を結べなかったのだ――これでは魔法使い一家の恥晒しである。二週間後に迫った大型連休に一時帰宅するつもりであったが、家に帰れば失望されるのはもちろんのこと、退学になるだろうことは間違いない。



「う……」



 鼻がツンと痛んだ。自分が数千年の魔法使いの歴史の中で唯一『使役魔召喚に失敗した駄目魔法使い』だという事実がヴィクトリアスを苛む。目の裏がじわじわと熱くなり、目の表面が湿っていくのが分る。泣きたくなどない――ヴィクトリアスは誇り高い魔法使いの一族なのだ。人のいる場所で涙を見せることなどしたくなかった。



「くぅ」



 声が漏れそうになる口に手の甲を押し付け、背中を丸めて布団の中に潜れば息苦しさが増し呼吸が浅くなる。食道か気管がカッカと熱くなり、遂に目尻から涙が零れた。



「ぱ、ぁ……はあ」



 手を離し口で大きく息を吸い、ヴィクトリアスは自由になった手で目元をゴシゴシと拭った。

 自分はこんな使役魔なんていらない――ヴィクトリアスはミラの彼からすれば高慢でしかない態度を思い出す。誘拐がなんだ、こっちだってお前を選びたくて選んだわけじゃない。オレは悪くない。ミラの力が強いと言ったって、どうせちょっと賢しいだけの赤ん坊じゃないか。なんでその赤ん坊にオレは謝らなきゃいけなかったんだ? オレは人間で、ミラは亜人なのに。人間になれなかった成りそこないのモンスターなのに。


 ヴィクトリアスは柔軟に考えることができなかった。一度で考えを改められる人間など数えるほどしかおらず、またヴィクトリアスはまだ十歳だった。



「送還……」



 そうだ。明日、先生に送還できないか訊こう。こんなモンスターはこっちから願い下げだし向こうも自分を嫌っている。送還すれば丸く収まるのだ。ミラは親元へ帰ることができるし、自分は別のモンスターと契約することができる。未来がパアと開けた気がしてヴィクトリアスは気が楽になった。もやもやと底辺を停滞していた気分が一気に浮上し晴れ上がる。


 背を伸ばして今度こそ寝ようとしたが、布団がよれてしまい寝にくい。起き上がり布団を整え――ソファの上でフレイムに巻き付かれるようにして寝ているミラが目に入った。濃い藍の髪に黒い角が生え、今は閉じている双眸はこげ茶だ。怒るとこげ茶が真っ黒に染まり、それを見たヴィクトリアスは井戸を覗き込んだような原始的な恐怖に襲われた。飲み込まれたら確実に死ぬという恐怖、それを知りつつ更に奥まで覗き込みたくなる真逆の欲求。相反する感情は矛盾しつつヴィクトリアスの中に居座っている。



「――明日まで、だ」



 そう言った途端、ヴィクトリアスはミラを帰してしまうことが少しもったいないような気がしてきた。そうだ、帰さなくて良いじゃないか、と頭の端で彼自身が囁く。性格なんて気にしなければ良いだけじゃないか、人型のモンスターなんて誰も召喚できなかったじゃないか。わざわざこの幸運を手放すのか? 次に出てくるモンスターがどんなものかも分らないのに。


 ヴィクトリアスは頭を振り再び布団に潜り込む。今日一日で分ったことだ――ミラはいけすかない高慢チキ、ラフマンと共謀してオレをバカにしようとしているんだ。だから明日、さっさと送還してしまおう。

 人は簡単に変われない。それも、自分のどこが間違っているのか分らないまま謝罪しても身に付かない。そんな話にしたかったのです。


 今回から題名で誰視点か分るようにしました。これから今までのものも変更します。

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