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たまご物語  作者: 木偶
16/20

14・うたうたう雛

 あの後、餓鬼は大事をとって放課後まで保健室で寝て過ごすことになり、私たちは教室へ戻った。それからまあ、色々とあって今は寮の部屋の中だ。帰って来てからずっと私は話す練習に精を出していて、横でボズと餓鬼が宿題を始める中私は私で真剣だった。


 言葉の習得を楽しくするなら歌だろうということで、私はドナドナやら森のク○さんやら、曲調がゆっくりして歌いやすいものをチョイスして練習をしながら過ごしていた。まかり間違ってもボカロは歌えないけどね。一応ゆっくりした調子のもあるけど、異世界で歌ったら奇異に映るようなものは歌えない。過剰投影型依存における袋小路のモデル、すなわち――なんて歌ったら頭がおかしくなったのかと心配されるに違いない。前世でもマイナーだったけど。厨二患者って言われたけど。違うよ、あれは七色に輝く物語なんだよ!


「やめてくれ……。不可思議な旋律が頭から離れない……」


「もう『歌』なんて聞きたくないよ……」



 もちろんどこで練習していたかなんて自明の理――ボズと餓鬼の部屋で歌っていたのさ! この世界には歌がないのか知らないけど私が歌い始めた時不思議そうに目を丸くしていたから、ないのかもしれない。でも曲はあるっていうんだから変だよね。普通曲って言うのは声楽から発達するもんじゃないの? 人間の声は何にも勝る楽器だって言うじゃないか。耳で覚えたなら混ざって歌えば良いだろうに。



「うちゃわないの(歌わないの)? たにょしーにょに(楽しいのに)」


「歌わないよ! 音楽は楽器で作るんであって、声で調子を取るなんて変だよ」



 ボズが勢い良く反論してきた。歌がどうこうは横に置いておくとしても、授業が終わり部屋に戻ってから延々と私の独唱会に付き合わされて辟易しているみたいだ。


 それにしても歌わないのか……つまらないなぁ。歌でその当時の風俗が分ることとかあるのにね。歌は基本的な音楽だと思っていたんだけど、この世界では廃れた――廃れざるを得なかった? 原因は分らないけど、きっと廃れる理由があったはず。ボズや餓鬼が答えを知っているとは思えないし知っている様子でもない。まるで歌うことが野蛮な行為だと思っているみたいだ。その割には私を止めようとしなかったけど――ああ、私のすることに文句が言えなかっただけか。



『フレイム、フレイムは歌を聴いたことがある?』



 これって人間に限ることなんだろうか? 魔物も歌わない文化だとしたら寂しいんだけど。でも確か、お母さんが料理中に歌ってた気がするんだよね。



『歌ですか? 魔人の方が歌っている姿は何度も見かけたことがございますよ』


『そっか、有難う』



 魔人なんて種族、いるんだ。――まあそんなことはどうでも良いんだけど、どうやら魔人とやらには歌う文化が残っているとのこと。魔人族と人族の間に交流があるのかは分らないけどどこかで接する機会があるはず。片方には歌が残って片方からは根絶されるなんてことあるのかね? それも何の罪もない『歌』なのに……。人間が歌を嫌う事件でも昔あったのかもしれないけど知りようもないし、ファントムさんは竜族のことしか教えてくれなかったからせっかく覚えた竜族の歴史も当てにならないし。だいたい竜が生まれて死ぬまでに国が興って栄えて滅びるんだから短命種の歴史になんか興味起きない。中には宗教を取りこんでいるからか二千年近く存続している国もあるにはあるらしいけど国王なんて百人単位で変わるから覚えてられないんだよね。


 でも単なる『数値』だけの歴史って良いね。私は歴史が大好きだ――後世にいるからこそ賢君が犯してしまった失敗やら何やらを知ることができるんだから。表面的な人格も群集心理も裏で交わされた駆け引きも全てとっぱらった、ただ事実だけの歴史。それが私は好きだ。まあだからといって今までの人間の歴代の王の名前を覚えようとは思えないけど。



「もう七時か……ミラ、俺達は食堂に行くつもりだがどうする? 持って来るか?」



 三時過ぎに授業が終わったはずだから、三時間余り歌い続けたということになる。よく喉が枯れなかったなぁ……竜だから? あとでファントムさんに聞いてみようかね。



「んー、いくお(行くよ)。あたしもにゃにかちゃべゆ(私も何か食べる)」



 ピョイっと転がっていたベッドから飛び降りてフレイムの上に着地する。歩幅が小さい私は歩いて二人について行くのは大変だから、フレイムを有効活用させてもらうことにしたのだ。どうやらボズによると私はフレイムの嫁さん候補らしいし(今なら否定するだろうけどね。泣きながら)、旦那と言う者は奥さんの尻に敷かれるのが普通なのだ。旦那(候補)を扱き使って何が悪い。



「れっちゅごー!」


「れっちゅごー?」


「亜人の言葉なんじゃない?」



 腕を振り上げて攻撃――じゃなかった、発進の合図を叫んでも通じなかった。外来語を頻繁に使っているくせしてレッツゴーは分らないらしいのだから不思議なもんだ。どういう発展の仕方をしたんだろうか。


 フレイムの長い毛を引っ張れば歩き出す。ボズがドアを開け私は意気揚々と部屋を出た。そう言えば私昼ご飯食べてないんだよね。中にはウン十年から数百年もの間たまごの中で過ごす子もいるっていうから私の体には十分な栄養が備蓄されているんだろうけど、食べたいものは食べたい。この世界の料理と言うものが凄く気になる。



「ありゅはれちゃ(ある晴れた)、ひりゅさあり(昼下がり)、いちびゃへちゅじゅくみち(市場へ続く道)ー」



 つぶらな瞳の子牛が市場へ売られていくかの歌を口ずさむ。さんざん聞かされて辟易しているらしい二人は顔を嫌そうにしかめて耳を押さえた。失礼な奴らだ。


 寮の廊下は木のタイルじゃなくて板だった。磨きあげられてツルツルしているけどフレイムが足を滑らせるなんてことはない。しっかりとした足取りで進むフレイムはどこか嬉しそうで、歌うのを止めて周りを見れば、教室で見た少年たちの使役魔が私を見ていた。正確に言えば私と私の乗っかっているフレイムを見ていたんだけど、何か訴えるようなその目にちょっとびびった。そんな目で見ないで……私は汚れているから!――なんて言わないけどさ。ここまで真剣に見つめられると私も困ると言うか、一体何がどうしたのか分らないと言うか。



『ねーねーフレイム、あの子たちは何で私を見ているの?』


『まさかこんな場所に竜様がいらっしゃるとは思わなかったからでしょう。幼いとは言え竜様は竜族のお方、我々にとっては雲の上の存在でございます故』



 雲の上か……にしてはあのカブトムシ、最初から遠慮なかったような。グリも砕けていたような。普通はフレイムみたいな反応をするものなのかね、あの二匹が例外だったのかも。種族が違うし力も違うから同族の様な友情を交わすことはできないかもしれないけど――友達にならなれるかもしれないな。



「あ」


『あ』



 食堂へ進む中とあるドアが開き、見覚えのある顔が出てきた。口に出してはいないけど噂をすればなんとやら、カブトムシだ。改めて見れば――黒々としたボディ、猛々しいフォルム、機動性に溢れたそのシャープなライン……とかいうと車のCMっぽくなるね。でもこの黒々とした体にはちょっとウエってなるよ。Gっぽくて。つい潰したくなる。ついでに私は教室に現れたGを上靴片手に追いかけ回したタイプ。このGめが、死にさらせ! と男らしく叩いたら皆から勇者と讃えられた。でもヤスデが苦手。あのグロテスクな見た目がどうも好かない。害虫を食べてくれる良い子なんだけどね、部屋に出た時はつい殺虫剤をかけそうになった。クモは平気なのになぁ。体長十センチくらい会っても平気って言うか、家族全員で『タランチュラ君』って呼んで愛でていた。風呂場に出た時は水をかけて嫌がらせしたりしたけど。



『ゴキブリ!』


『な、なんやて!? ゴキブリ!? どこにおるん――って、ワイか!?』



 間違えた。ついGのことを考えていたらカブトムシのことをG扱いしてしまった。これは申し訳ない……。黒々としているのが悪いんだ。下でフレイムが笑いをこらえて体をぶるぶる震わせている。ねー、フレイムもそう思うよねぇ? 誤魔化すように笑えば納得できないって顔をしながら(なんとなく、感覚的にそんな顔をしている気がする)カブトムシは話を変えた。



『さっきぶりですやん竜様。竜様もお食事ですかいな?』


『そうだよ。ところでカブトムシの名前ってなんだったっけ』



 あだ名をGにしたら流石に泣くだろう。あんまり良心痛まないけど。



『ああ! ワイとしたことがすっかり忘れとりましたわ! ワイの名前はラグ言います。ちゅーてもこのマスターに付けられた名前ですねんけど』



 ラグ――のグからGを引っ張って来るのは流石にこじつけすぎるだろうな。仕方ない。



『ラグね。分った』



 そして見上げればボケナスがドアに貼り付き、地獄を見たような顔をして私を見ていた。――休み時間にちょっとO☆HA☆NA☆SHI☆ したのが原因だろうな。ブルブルと足が震えていて今すぐにでも倒れそうな様子だ。ちょっとやり過ぎたかも知れない。まあでも、『いのちだいじに』って言うじゃない。私の命を粗末に扱った奴なんだからこれくらい問題なし。私の命は何よりも貴いのだ。これ真理。



「ひっ、ヒィィ!」



 餓鬼が目を丸くして私とボケナスを見比べ、授業中からこの状態だったことを見て知っているボズは苦笑しながら少し顔色を悪くしていた。



「にゃにもとってくやーしないわ(何もとって食やしないわ)、たらはんしぇーしゅればいーのよ(ただ反省すれば良いのよ)」


「は、はひぃ!――ひええええ!!」



 足をガクガクさせながら部屋に逃げ込んだボケナスを見送って、取り残されたラグにちゃんとボケナスを引きずって来るように言い含めてからまた歩き出す。餓鬼は何があったのか気になるみたいだけど怖くて聞けないって顔をしているし、ボズはボズでO☆HA☆NA☆SHI☆ 直後の教室に帰ってきたボケナスを見ているから何にも言えないんだろう。



「一体何をしたんだ……」


「おはなしー」



 餓鬼は黙った。きっと嘘をこけとか思っているんだろうけど、口に出さないだけ賢明だった。

4000文字を超えました! この調子なら5000もいけそうです!


とか言いながら、次の話が2000文字台だったら泣けますね。



指摘がありましたので修正。ドナドナ歌詞「向かう」→「続く」

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