12・雛の枕
校舎は見るからに欧風で、保健室までの道はアルタイル君との会話に夢中で外にあまり注意を向けなかったから今きょろきょろと見回している。調度品がいちいちアンティークでお金がかかってそうだ。豪華なことに腰板には鶯彫りが施され、天井はなぜかアーチを描いている。ここは学校じゃなかったんだろうか? どこだかのお金持ちの別荘だって言う方が説得力あるよ。
「君をサーチャーの使役魔として紹介するけど良いかい? ちょうど証拠になるたまごの殻もあることだし、皆納得すると思うよ」
教室が近づいてきたのか、黙って歩いていたアルタイル君がおもむろに口を開いた。保健室までと同じようにアルタイル君の腕に座っている私は彼を見上げることになり、心配そうに私を見下ろす表情とかち合った。微妙に口の両端が下がっている。
「いあたなーお(仕方ないよ)、れもなみゃーあいあっちゃやーよ(でも名前は言っちゃいやよ)」
使役魔云々については仕方ないから諦めるとしても、私が教えたいと思った人間以外には名前を知られたくない。たとえ名前を知らないからって「亜人」とか「モンスター」って呼ばれても教える気はない。仮のとはいえ愛着があるのだ。まだ使い始めて十数分だけど。
「分った。なら僕も教室内では君の名前を呼ぶのは控えるね」
「あーがと」
でもあの餓鬼には名前を教えなくちゃいけないだろうし、あの餓鬼の同室者のボズって子にはすぐ知られるだろう。なるべく衆人環視の中で私の名前を連呼しないように言っておかないとな……。
そんなこんなを考えているうちに教室に着いたようだ。アルタイル君が着いたよと声を掛けてくれた。背筋を伸ばし真っすぐ前を向く。
「すみません遅れました、ラフマンです」
やっぱりスライド式なドアの向こうには四十人くらいの餓鬼の群れ――間違えた。子供たちがいた。流石にアルタイル君くらいの美少年はいないけど平均よりはキラキラした顔の少年が十数名いて、ちょっと将来が楽しみになった。いや、結婚したいとかじゃなくてね? 精神年齢二十四歳のお姉さんからすると微笑ましいというか恰好良く育つんだよと頭を撫でながら言いたくなるというか。でも私ってたまごの中で二十年過ごしているから四十四歳……なわけないよね。あれは人間的に経験を積んでないから精神年齢は二十四のままなの。私はそう信じている!
「サーチャーは保健室に置いてきたのか?」
教卓に手を突いて微妙に前のめりになりながら教科書(だろう本)を読んでいた教師らしき中年男性がアルタイル君に訊ねた。
「はい。頭を強く打ち昏倒していましたので目覚めるまで寝かせておくことにしました」
「分った」
子供向けじゃない気がする真面目な顔を崩さず教師は頷き、私に目を留めて初めて表情を変えた。一瞬走った疲れきった表情を見るに、また何か面倒事が起きたのかと思ったみたいだ。間違いじゃないけど。
「その亜人の子供は?」
「あっ、本当だ!」
「アルタイルの使役魔じゃないよね?」
「あいつのはリスだろ」
とたん騒ぎだした子供たちに耳がキーンとする。竜は感覚器官がそこら辺の動物よりもだいぶん優れているから突然の大きな音は耳が痛くなって苦手だ。普段は無意識に調節しているんだけどね。耳をふさぐため手を当てれば、耳は先端が尖っていて人間のそれよりも大きかった。水面ではだいたいの色と顔しか見られなかったから耳の形とサイズにまで注意が向いてなかったんだろう、ちょっと驚いて反射的に手を離しちゃった。
「この子はサーチャーの使役魔です。そこのオールドリバーとの口論中にかえってしまったそうです」
周りに対してはこの説明で無理やり納得させるつもりだ。実のところ悪意満々で殻を殴り飛ばしたけど、生まれたばかりの幼児がそんなこと思いつくはずないでしょ? だからこれに関して私は不問。それに部屋から盗んで行ったのはボケナス本人だから私を責めるのは無理だね。先生にばらされたくないだろうし。まあせいぜい私の手足となって働くが良いのだ、こき使ってやろう。――私って優しいな! あんまり優しいんで感動のあまり涙が出ちゃうくらいだよ。年齢的に小学生相手みたいなものだからこっちも譲歩しているしね。
「ふむ。サーチャーが起きた時に渡してあげなさい。では授業を続ける、席へ」
強い視線を感じてそっちを見れば茶髪の少年が私を呆然としながら見ていた。顔は平均的――ボズかな? あの、簡単に空気に溶けてしまいそうな雰囲気はきっとボズだとおもうんだけど。茶髪に茶色の瞳というごく平凡な色合いはでも、クラスの半分弱を占めるキラキラ族予備軍の中では逆に目立っていた。
「なーれおーにゃきりゃきりゃ(なんでこんなにキラキラ)……」
平均値周辺半分キラキラ予備軍半分となると美少年を集めたというわけでもあるまい。人間は魔力を遺伝的に受け継ぐらしいけど、一族を作ることなく好き勝手に結婚しているから魔力保持者(かもしれない子供)が多いんだとか。それがなんで半数もの少年がキラキラしているのか? 人間の魔法使いは皆キラキラ――じゃないよね絶対。謎だわぁ……。
「授業中は静かにしていられるよね?」
「もーろにょっ!」
もちろんよと言いたかったのに、何故この舌は未知の言語を放ってくれるんだろう。早く滑舌が良くなりたいよ。外見年齢が幼児だから可哀想な者を見る目では見られないだろうけど可愛らしい物を見る目にはなると思うんだ。精神年齢的にそれはキツいんだよ。自分が酷く醜いような気がしてくるんだよ!
ちょっと凹みながらアルタイル君の机の端っこに座る。二人で一脚の長机を使っているから私が座っても十分に教科書やノートを広げられる余裕がある。机の上に用意していた教科書を広げ、アルタイル君は真剣に教師の講義を聞きだした。――それにしても、その『教科書』薄すぎやしないか? もっとさ、外国の教科書みたいに『殴ったら鈍器』みたいな教科書じゃなくても良いの、せめて世界の中でも薄い部類に入る日本の教科書くらいは厚みがあっても良いと思うんだ。総ページ数五十以下でしょそれ。一カ月ごとに新しいのが渡されるのなら分らんでもないけど……私の感が訴えているんだ! これは半年間使うんだと。
念仏のような教師の講義に流されて頭が上下する。人間の魔法の授業に興味があるんだけど、全く中身が頭に入ってこないうえ安らかな眠りに誘われてしまう。くっ! これが人間の魔法か……! 相手をのび太化することによる戦力を削ぐだなんて、卑劣な! これを許して良いのか竜の子よ?――否、断じて否っ! 今私はここに人間が無差別に拡散する睡眠魔法に対抗すべく立ち上がらねばならない!! 助けてパジャマ神様! オール、ハイル! ジーク・ジ○ン!
……眠いと人間何を考えだすか分らないよね。マ○ラヲとガン○ム混じったし、厨二臭いし。これが深夜のノリなのだ、眠気をこらえる人間の考えることなんて脳内麻薬に満ちてぶっ飛んだ内容に違いないのだ。
「眠いかい?」
「んー」
こっそりと聞いてくれたのは嬉しいけど、君の見た通り私は眠いよアルタイル君。でも机の上は冷たくて硬いから寝にくいと思うんだ。ファントムのおっさんってば擬態の魔法は教えてくれたけど他の応用魔法は全然教えてくれなかった……ベッドを召喚する魔法とか教えてくれれば良かったのに。これはあれか? グリを抱き枕に寝ろと言うことか? ならば仕方あるまい――近う寄れグリとやら、朕の抱き枕にしてしんぜよう。え、無理? 何で? なるほど、サイズ的な問題か。
なら仕方ない、他に毛がふさふさしてる可愛子ちゃんはいないかい? おねーさんの神技でメロキュンにしてやるぜハッハッハァ。――ハァ、布団が欲しい。
眠い時のテンションは皆おかしくなると思うのです。深夜にネタについて考えると作品化できないネタばかり思いついてしまいますね。