11 ・雛と美少年
一日空きました。月曜日は忙しいです。
多少の会話の不便はあったけど、こっちの言いたいことを理解しようとしてくれるアルタイル君はとても良い少年だった。ただ餓鬼ことヴィクトリアス・サーチャーが生理的に苦手なのだとか。
「彼は自分が十分努力していると思っているみたいだけど、僕から見たら彼は凄く自分に甘いように見えるんだよ。才能の持ち腐れだと本当に思うね」
実家は金持ちながら、なかなかこのアルタイル君は苦労してきたらしい。保健室までの道すがら教えてくれたのはアルタイル君の幼少時代のことだった。先ず、母親の家出に伴う父親のネグレクト――奥さんを探す方に夢中で乳母とかの管理を怠ったためかなり危険な状態まで放置されたらしい。……うわぁ。我に返った父親が自分の使役獣に世話係を任せたは良いけど育て方が魔物式で人間らしい生活とは程遠く、気が付けば人語を忘れていたとか。あわぁ。慌てて人間の教師が付いて、母親も無事見つかり今に至る。
「にゃんちぇやみゃあいちゃいあい(なんて山あり谷あり)」
山あり谷ありどころかエベレストありグレートキャニオンありだ。まだ十歳だろうになんて波乱万丈な人生を送っているんだろうかアルタイル君。当然精神も成熟するだろう、アルタイル君の雰囲気はそこら辺の大人と大して変わらないように思える。
「彼が気に入らないのは気に入らないのだけどね、いつまでもそんな人間でいられるようでは嫌だから発奮を促してみているのだけど」
いつも僕を睨みつけるばかりで何もしようとしないのだよね、とアルタイル君はため息を吐く。この時の私はなんてクソ餓鬼なんだあの餓鬼と思ったけど――後でアルタイル君の鼓舞を実際に見て、何故効果がないか理解することになる。アルタイル君は鼓舞するのが超が付くほど下手だった。あれじゃイチャモンつけているのと変わらない……。
「あ、そろそろ保健室に着くね。どうするかい? 一応君はサーチャーの召喚したモンスターだから一緒に保健室にいても良いだろうけど」
「やら! あゆたーゆといっしょいゆ!」
首を横にぶんぶんと振りながら答えた。誘拐犯と一緒に寝転がる位なら教室でアルタイル君と人間の魔法の授業を受けてる方がましだ。現代の人間の魔法ってかなりずさんと言うか穴だらけだってファントムさんが言っていたけど、どんなのなんだろう? 古の魔法が正しく伝わらなかったらしく、どんどん脱線していっているんだって聞いた。研究者は何をしているのかね。文献とか残ってないの?
「そう、なら僕と一緒にいようか」
「うん!」
それにしても、この滑舌の悪い口はどうにかならないだろうか? 気を付けて大声を出すように話さないとただのバブリングにしかならないからどうしてもエクスクラメーションマークを付けることになる。子供ってこんなに不便だったんだなぁ。
「失礼します、二年のラフマンです」
レンガと石の校舎だけど、床は木のタイル張りでドアももちろん木製だ。装飾もいちいち見事なそれに感嘆のため息を吐き、中からの返事を待つけど――返事がない。唯の屍のようだ、じゃなくて。もしかして保健医がいないんだろうか?
「失礼します」
アルタイル君はしばらく待って確かに返事がないことを認めると、一言理を入れながら扉を横に滑らせた。洋式なのにスライドドアって珍しい気がするよ。これが異世界と言うものなのか……!? なんて。
保健室には誰もいなかった。窓は閉め切られ空気が停滞していて、消毒薬の匂いが籠っているように感じられる。とはいってもそれは竜の優れた嗅覚で感じられるというだけで人間には感知できない程度だ。普通の人間には『少し空気が籠っている気がする』と思う程度だろう。横に目をやればがらんとしたベッドが六つ並び、布団が綺麗に畳まれていた。急病人が来た時の用意はしてあるみたいだけど――どうして保健医がいないのかね。
アルタイル君は私とわたしの入っていたたまごの殻を保健医用の机の上に置くと、端っこのベッドに餓鬼を運ぶよう一角リス――グリに指示した。
「グリ、サーチャーをあのベッドの上に置いてくれるかい? 置くだけで良いよ」
『ラジャラジャ。ほいっと!』
グリはチーチーと鳴きながら餓鬼なんて担いでいないかのように軽々飛び、ベッドの上に餓鬼を乗せた。手足でパスルを作られている状態の餓鬼はそのままベッドの上に丸く転がる。なんていうか……シュールだ。てきぱきとその人間知恵の輪を解くアルタイル君には悪いけど、団子にされている人間なんてグロテスクで気色が悪い。
「サーチャーは寝かせておいた方が良いね。腹部と背中、それと頭を蹴ったんだよね? 起きるまで待つべきだけど――オールドリバーは軽い脳震盪と顎の打僕だから寝かせておくのもね」
ふっと笑ったアルタイル君の顔は柔和そのものだけど、言っていることはあんまり優しくなかった。殴った本人だとはいえちょっと可哀想に思えて――こないや。私を投げようとしたこのボケナスが悪い。机の上からボケナスとカブトムシを見下ろせば、カブトムシは泣きそうにプルプルと震えて縮こまっている。
『こ、殺さんとって……ワイ悪ぅないねん、悪いのはマスターやねん!』
こいつ、マスターを売った……! いや、どうせ元々が無理矢理で理不尽な契約なんだから良いのか。私もその被害に遭いかけたわけだし別段責めるようなことでもないよね。
「すまないけど、僕が分るのはリスの言葉だけなんだ」
君も聞いていただろうけど僕の育ての親は父親の使役魔でね。彼もリスだったから、と言うアルタイル君に何でかな、ちょっとお姉さん涙が出ちゃったよ。カブトムシも震えるのを止めて憐れんだ視線向けているし、なんというか人間とか魔物とかの垣根を越えて『哀れな存在』というラベルが貼られちゃっている気がするよ。
「こりょしゃれうとおおってゆのよ(殺されると思ってるのよ)、かうとうし(カブトムシ)」
「こりょ――なんだ。殺しやしないよ。ただちょっと起きてもらわないといけないから。ただの気絶なら授業を受けてもらわないと」
『なんや、せやったらどぉぞご自由に頬はたくとか頭どつくとかしてもーてーな』
『使役魔の言うことじゃないよね、それ』
『こちとら人間の都合で呼び出されて自由制限されとんねやで? そんくらいの仕返しせなやってられまへんで、竜様』
まあその通りだからそれ以上何かを言おうとは思わないけど、本当に私たちは人間の身勝手で誘拐されたと思う。カブトムシは魔法での攻撃はからきしだけど防御力は強いし、一角リスはちょっと頭悪いけど怪力で足が速いから滅多に危険と立ち向かうことなどない。使役魔になりたくてなった魔物じゃないのに、契約で理不尽に拘束されている。
でも見たところアルタイル君とグリの関係は良好みたいだけど、もしかして契約をしてないんだろうか? 契約したふりをして本人から名前を聞いただけって可能性がある。
そんなことを考えている間にアルタイル君はボケナスを叩き起こし先に教室へ帰らせた。横でカブトムシが嬉々としてやってまえ! いてこませ! と歓声を上げていたけど、アルタイル君にはカブトムシの声なんて聞こえないし聞こえたとしても理解できてなかっただろうからすぐに往復ビンタは終わった。
「そろそろ僕たちも教室に帰らないと。ああ――そう言えば君の名前を聞いていなかったけど、名前はあるのかい?」
餓鬼の周りのカーテンを閉めて囲みながらアルタイル君が今さらながら気付いた。そう言えば私ってばアルタイル君の名前を聞いておきながら自分は名乗ってなかったよね。
「みりゃ! ミリャ・ウリョアード!」
「ミリャ……ミラ?」
「ん!」
「ウリョアード……すまないけどグリ、通訳を頼んで良いかい?」
流石に会話の流れで分ることじゃないからか、アルタイル君は降参だと両手を上げてグリに頼んだ。グリは私の座る机の上にタタッと登るとペコリと頭を下げた。
『グリっす。どなた様のたまごかと思ってたら竜様だったんっすね。竜様のお名前聞いても良いっすか?』
『うん。ミラ・フロワードって言うんだよ』
それからグリがアルタイル君に伝えてくれて、私は正確な名前で呼んでもらえることになった。
私はミラ。お母さんとお父さんがちゃんと名前を付けてくれるまで、私の名前はミラなのだ。いつか自力でも他力でも何でも使って帰ってみせるから、その時は――二人が決めた名前で呼んで欲しい。帰るためなら何を踏みつけても後悔しない。だって一番悪いのは餓鬼だから! 責任はあいつにある!
私はアルタイル君に連れられて教室へ行く道すがら、握った拳を振り回しながらそう決意を固めていた。
前の話よりも文字数が……少なくなりました。大丈夫だ、こういうのは一歩進んで二歩下が――ったら駄目じゃないですか。
目指せ5000! 4000の壁は厚い!




