10・少年の使役魔
説教くさくなりました。おかしいな。
ヴィクトリアスが目覚めたのはベッドの上でだった。寮で支給される物と同じ寝具のためそう違和感もなく、こぶができている気がする側頭部を押さえながら起き上がれば腹に鈍痛が走る。
「つっ!!」
どさりと再び布団に背を預け、ヴィクトリアスは気絶する前に何が起きたのか思い出そうと努める。布団は慣れた肌触りだが室内の様子は全く異なる。高い天井からつるされた清潔感あふれる白いカーテンは静まり返り、ヴィクトリアス以外の人の気配はない。薄く開かれた窓からは中天に昇った太陽の光が差し込んでいる。
「ここは――」
どこだろうか、とヴィクトリアスは呟く。ベッドの周囲はカーテンで区切られており、判断を下そうにも情報が少なすぎた。痛みで起き上がることができないのだ、彼は何故自分が気絶していたかを思い出そうと目を閉じた。
今日はそう、普段通りに起きたはずだ。寝起きの悪いボズを起こし朝食を摂ってから教室へ行ったのだ。いつもと同じ日常であったはずだが、ヴィクトリアスは何故ここで寝ていたのかが分らない。教室に着いた途端気絶したのかもしれない、と彼は判断した。この頭と腹部の痛みは尋常ではないし、生徒同士の喧嘩に巻き込まれてしまったに違いない。以前まではここまで盛大な喧嘩はなかったのだが――現在は使役魔がいるのだ。魔法に優れたモンスターや怪力を誇るモンスター、色々な長所を持ったモンスターがいるのだから当然喧嘩の規模が大きくなることだろう。ならばここは保健室だと判断する。
そう結論付けたヴィクトリアスはぼんやりと窓の外を眺めた。だんだんと落ちてくる瞼に従い眠ろうと息を長く吐き出した時、しかし扉を乱暴に開く音と友人の文句が聞こえた。
「なんでラフマンが付いてくるのさ? 君には関係ないだろ?」
ボズにしては刺々しい声である。ヴィクトリアスは睡魔に取りこまれかけていた意識を浮上させた。――ラフマンが付いて来ているらしい。あの嫌味しか言わないクラスメイトが一体何の用なのかとヴィクトリアスはいぶかった。かすむ目を擦り声のする方向を見る。
「関係? あるに決まっているだろう、僕がサーチャーを拾って連れてきたんだからね」
ラフマンの言葉にヴィクトリアスは目を見開いた。ラフマンはクラス委員であるからクラスメイトの監督責任を負っていることはヴィクトリアスも理解している。だが、教室で喧嘩に巻き込まれたのなら保健委員が怪我人を運ぶはずなのだ。ボズは保健委員だがヴィクトリアスは図書委員で、もしボズ一人で運ぶにはヴィクトリアスが重かったとしてももう一人の保健委員と一緒に運べば良かっただけのことだ。ラフマンがわざわざ運ぶ必要などないはずである。
「そ、それにっ! その亜人はヴィッキーの使役魔なんだから! さっさと放してよね!」
「やらぷー(やだプー)、あきにょちょこなんらかーるもんあ(餓鬼のとこなんか帰るもんか)!」
「嫌だって言っているよ」
ヴィクトリアスは舌足らずな幼児の声に違和感と既視感を覚えた。どこかで聞いたはずなのだが、それがどこでなのかが思い出せない。頭を動かして声のする方を向けばちょうどよくカーテンが引かれる。そこにはボズとラフマンそして――見た目は二歳程度だが身長が三十センチ程度の幼女がいた。やはり保健室だったのかとヴィクトリアスは頭の片隅で納得しながら三人を見つめる。
「起きたんだねヴィッキー!! 君が保健室に担ぎ込まれたって聞いてびっくりしたよ!」
ボズが飛び込むように抱き着き、ヴィクトリアスはボズの腕が当たった腹に走る激痛に呻いた。痛むのは当然である。殴り飛ばされた挙句校舎の壁に背中を打ちつけたのだから。
「何があったんだ……? それにその亜人が俺の使役魔ってどういうことだ?」
ボズの頭を叩いて放れさせ、ヴィクトリアスは苦痛に顔をゆがめながらようよう半身を起した。ボズはその様を見るや甲斐甲斐しくその背中に丸めた布団を当て背もたれを作った。まるで弟の世話をする兄のようである。
「ふふ、どうやらサーチャーは覚えていないみたいだね。君が召喚したたまごから生まれたんだよ、今日。ミラ、君はどうしたい?」
「んーっお、しょーねー」
僕の相棒にならないかい、と亜人の子供に訊ねるラフマンにヴィクトリアスは眉根を寄せる。自然と威圧するように低い声が零れ出す。彼女は彼女で断るそぶりもなく乗り気の様子である。自分の使役魔のくせして他人に、それもラフマンに色目を使うなど何事か。
「何を言っている、ラフマン……それは俺の使役魔なんだろう」
「先に名前を付けた者勝ちだよ。と言っても彼女にはもう名前があるけどね」
「なら!」
名前があると言うことは自分が付けたに違いない、とヴィクトリアスは吠えた。拳をゆるく固め振り上げる。人の使役魔を横から掻っ攫って行くなど前代未聞である。また前例がないそれを禁止する法律はないとはいえ、そんなことをすれば避難の雨が降ることは間違いない。
「何を勘違いしているんだか、名前はこの子自身が付けたんだよ? だから今さら僕たちがこの子に名前を付けたとしても契約はできない」
ミラ・フロワードって言うんだよねと言ったラフマンの言葉に愕然としつつ亜人の幼女を見れば、彼女は「しょーよ」と言いながら誇らしそうに胸を叩いた。良い名前だろうとでも言っているかのように。これでは契約はできない――。
「じゃあ……俺は」
誰でも成功する使役魔召喚だが、これは評価を左右する授業なのだ。使役魔を持たねば学年を上がることはできず、先に待つのは留年という下り坂ならぬ崖である。滝壺へ落ちて這いあがれる可能性は低い。ヴィクトリアスは視線を落とし掛け布団を握り締めた。
「何を本気にしているんだい? 君、今の僕たちは使役魔を複数持てないことを分っているのかな。普通に考えて僕がミラと契約をするのは不可能だよ、ねぇミラ」
「んー……。あたいああるたいゆおけーあくれきああよかっあ(私はアルタイルと契約できれば良かった)」
「嬉しいことを言ってくれるね」
亜人の子供――ミラが唱えた母音の多い喃語もとい呪文を理解したラフマンに二組の視線が向けられる。ヴィクトリアスもボズもここまで長い言葉になると流石に幼女が何を言っているのか全く分からなかった。何故ラフマンは理解することができたのだろう。
「この子のことを受け入れようとしていない君にこの子の言いたいことが理解できるはずがないだろう? そこのふてぶてしい誘拐犯君とは違うのだよ」
ラフマンが少し顎を反らしヴィクトリアスを見下ろした。全く身に覚えのない言いがかりにヴィクトリアスは眉間に皺を寄せた。
「誘拐犯だと?」
「そうだろう? 君はこの子を親元に帰しもせず部屋の中で転がしていたらしいけど、この子の親の気持ちを考えなかったのかい? 突然いなくなった我が子がどう扱われていたかと思えばまさか置き場所のない観光土産とばかりに転がされていた……だなんて。人間に置き換えて想像してごらんよ」
小さな子供に諭すように訊ねられ、ヴィクトリアスは目から鱗が落ちる思いだった。モンスターはモンスターであり、使役魔であれば人間に従うのが当然だと考えていた。『使役魔は自分が好きにして良いモンスター』――その程度の認識だった。言われてみればモンスターも無から生まれるわけではあるまい。親がいるに違いないのだ。
「君は理解しているのかな? 使役魔に望んでなりたがるのはモンスターの中でも弱い部類に入る者たちだけなんだよ。強いモンスターが契約を拒む理由はひとえに人間の力なんてなくても死なない自信があるからさ。不平等な契約なんて誰も好んで結びたくないしね」
ラフマンの言葉は槍のようにヴィクトリアスの良心を突き刺す。
「見てごらん、ミラは力ある亜人の子だ。人間の助けなんて必要ないだろうね。でも人間の助けはいらなくても親の庇護は必要としている。僕は言ったよね、『せいぜいそのたまごを後生大事に抱えていれば良い』と。そのうち復讐に燃えた亜人の両親が君の首を狩りに来ることだろう。――残り少ないその命、大事にしなよ」
ヴィクトリアスの顔から血の気が失せた。そこまで深く考えていなかった……たまごで良かったと口では言いながらもどこかでヴィクトリアスは失望していたのだ。出てきたものがたまごだったことに対して、どうせランダム召喚なのだからと言い訳をしていた。
たまごが出てしまったのなら送還しなければならなかったことに今さらながら気付き、ヴィクトリアスは頭を強く殴られたような気持ちだった。言い訳にもならない言葉が頭の中をぐるぐると回る。だって、たまごなら文句を言わないと思った。たまごなら面倒はないと思った。たまごなら、たまごだから。何も言わない、逃げだすこともなければ拒否することもないたまごなのだから。
「俺は……っ!」
たまごであるがゆえに何も言うことができず、逃げ出すこともできず拒否することもできない。『嫌だ』と言えないたまごを親元に帰さなかったこれは誘拐でしかないのだと、やっとヴィクトリアスは理解した。
それを冷徹な目で見下ろしていた亜人の幼女はラフマンの腕を叩きベッドの上に降りた。そして口を開き――
説教くせぇ。ですがこれが木偶の癖なのです……。相手のことを考えろよ! と小説を読むと突っ込みたくなることがままありまして……気がつけば書いているうちに誰かに突っ込みをさせてしまうという。
説教臭くならないようにはどうすればよいのでしょうね。勉強し直した方が良いのかなぁ。
ところで、10話は3600文字越えしました! もっと頑張って5000越えを目指します!