08・怒れる雛
さっきも私を割るだとかなんだとか言っていたけど、こいつが何を考えているんだか私には理解できないよ。まあ人間が地面に叩き付けたところで割れやしないってことを思い出したからそれは良いんだけど、私を巻き込んで喧嘩しないでほしい。口が悪いかもしれないけど『テメーらでやってやがれ』っていうのが本音。
斜め下からカブトムシの助命嘆願が聞こえてくる中、私はこの状況でかえるのはマズいだろうなと考えていた。空気読まないにもほどがある。でももし今日中に餓鬼の元に戻れないようだったら――さっさとかえったほうが良いよね。一年もたまごの中で一人寂しく待つのは嫌だし、あの餓鬼のことだから私を捨てる可能性が否めない。
『マスターにも悪気はない……と思いますねや。どーか広い心で許したってつかぁさい』
『うるさい黙れ甲殻類。どう聞いても悪意の塊でしかないでしょが』
使役魔はマスターが死ねば死ぬ。だからこのカブトムシは必死にマスターの減刑を嘆願してくる。でも使役魔が死んでもマスターは死なないんだから全く不平等な契約だよね。魔物を馬鹿にしているにも程がある。
カブトムシの言葉を右から左に受け流してると、突然前のめりになるようにグッと体勢が傾いだ。
「こんなたまごごときに真剣になるなんて馬鹿じゃねーの?」
カブトムシが『あかん、ホンマ止めてマスター!』と悲鳴を上げてるのを聞いて悟る。どうやらこのボケナスは私を投げようというつもりらしい。
「そんなに返して欲しいならやるよ、ほバッ?!」
たとえ投げられたところで割れないとしても、私は放り投げられて笑っていられるような無制限の慈悲を持っているわけじゃない。突き出すようにたまごの上部を殴りつければ大きく割れた欠片がボケナスの顎にクリーンヒットした。崩れるボケナスの体、『喜べばエエの、嘆けばエエの?!』と涙声で頭を振り乱すカブトムシ、そして地面に落下し重たい音を立てて着地する私(とたまごの殻)。
殻から出ようと体をもぞもぞとさせてるとザクザクという音と立てながら餓鬼が近寄ってきた。
「一体何の……子供?」
餓鬼は私を見下ろし目を丸くした。そりゃそうだろう。私を二股キツネだと思い込んでたんだ、たまごの中身が亜人の子供だったら誰でも驚くよ。私は顎を反らして餓鬼の顔を見た。暗い色の髪に三白眼気味の灰色の瞳、皺が標準装備の眉間からは神経質そうな印象を受ける。まだ餓鬼だろうに、皺が取れないなんて哀れなことだ。年齢は十三かそこらかな? 十歳位だろうと思ってたんだけど予想が外れた――んじゃないな。彫の深い顔は老け顔だから、実年齢より年上に見えると考えれば十歳位が妥当な数値だろう。
「お前――いや、君の名は」
私を熱っぽく見てくる餓鬼の口を塞ぐため慌ててたまごの殻から飛び出し腹に蹴りを入れた。契約は『マスターになる者が相手に名前を付けること』で発効されるから、私が仮名を考えるまで時間を稼ぐ必要がある。本当は容姿にあった仮名を考えるつもりだったから、予想外の事件に対応できてなかった。ちょうど良く向こうに池があるからそこで見れば良いだろう。
餓鬼が校舎の壁にぶつかって呻き声を上げた。まだ意識があるみたいだから近付いて餓鬼の前に仁王立ちする。さっきの衝撃で名付けどころではないだろう。ちょうど良い、ここ数日の恨み辛み晴らさせてもらおうか……!
「こにょくはへはほう!」
このクソ野郎! 人のことを誘拐したあげくにゴミ扱いとは何様のつもりだ?!――と言うつもりだったのに、口から出たのは情けない赤ちゃん言葉以下の不思議な呪文だった。舌が動かない、口が重い。ああ、まさか、なんてことだ!!
口を押さえながら餓鬼を睨みつける。今なら眼光で人を殺せそうだ。
「おみゃーのせいら――!!」
我慢できず、私は餓鬼の側頭部を蹴り付けた。吹き飛ばされ錐揉みして宙を飛ぶ餓鬼にフフンと鼻を鳴らし、手は使ってないけど手をパンパンと打ち鳴らしてから自分の姿を思い出した。そういえばすっぽんぽんなんだよね私。何か良いもの――餓鬼の頭の天辺から爪先まで見てみたけど、体を隠してくれそうなものはありそうになかった。次はボケナスだけど――
『りゅ、竜様マスター殺さへんやんな?』
「いみゃのとこにぇ……『今のとこね』」
口があることが嬉しくてつい声に出して答えたけど、あまりの滑舌の悪さに本気で嫌になった。これを訓練して直していかなきゃいけないんだから面倒だな。誰か代わりにしてくれれば良いのに。無理だけど。
痛みのあまり気絶したらしいボケナスを見てみれば、十歳かそこらのくせしてアスコットタイを締めていた。アスコットタイっていうのは幅広のネクタイのことで、フォーマルシーンに重宝するアクセサリーみたいなものだ。引っ張って奪えば、サイズも申し分ないし色も好きだしで本当にちょうど良かった。古代ローマ人とかインドのサリーみたいに体に巻きつければ簡単な服の完成だ。
『それ……マスターの……』
『迷惑料だよ。でもこれで満足すると思ったら大間違いだよ』
そう言えばカブトムシは黙った。自分のマスターの凶行を理解しているからだろう。頭は言うほど悪くないみたいだ。ちらりと空を見上げれば、たまごの中にいた時よりも数倍は刺激的な日光が私の目を焼き『目が!』と苦しむことになった。リアルムスカごっこなんて、今まで一度だってしたいと思わなかったのに。
裾の調整をしながら池に近寄り自分の姿を確かめる。鏡で見るわけじゃないから正確な色は分らないけどどうやら青い髪、薄茶色の目、両側頭部からちょこんと覗く黒い角。丸く滑らかな輪郭線は触ればもちもちと柔らかい。
――何と名乗るか。なるべく呼びやすく分りやすい名前が良いのだけど、この世界で奇を衒った名前にしたら悪目立ちするに決まっている。
「みりゃ……」
ミラ、なんてどうかな。某伝説勇者のキャラから拝借して、ミラ・フロワード。彼が一番好きだからね。フルネームで呼ばれれば嬉々として振り返る自信があるよ。
「あちゃしあミリャ・ウリョアード(わたしはミラ・フロワード)」
まずはフルネームを言えるようになることから始めよう。
伝勇伝が大好きです。そして世に言う『悪役』なキャラが物凄く好きです。でも大伝勇伝は揃えてないです。堕ちた~も持ってません。無印だけで頑張ります。ネタに使う予定ですから。