第45話 増えた名前
星花祭のフィナーレから一週間ほどが過ぎた。
夏休みを間近に控えたこの日は午前授業だけだった。
授業を終えた澄野りあと御子柴エレナは、そのまま最寄り駅前のバーガーショップへ立ち寄っていた。
二階席は同じように授業を終えた制服姿の学生たちでほとんど埋まっている。
りあはエレナから送られてきた星花祭の画像を眺めていた。
中央広場の夜空いっぱいに広がる《大星花》。
北門外壁上で浴衣やアクセサリーを身につけて並ぶプレイヤーたち。
指を滑らせるたび、自分の知らない星花祭が流れてくる。ただ、りあにとって今回は終わったという実感さえ薄かった。
向かいに座るエレナが飲み物を一口飲んでから口を開く。
「それでCROでは、星花祭のフィナーレを見られなかったんだ?」
「うん。勉強してたから」
「偉いねえ」
「期間中は気晴らしに少しログインしたくらいかな。フィナーレの次の日に参加箱だけでも開けようと思って」
「それで例のヒューム君と会ったと」
「ザンさんね。……本当に偶然だよ」
りあはスマートフォンをテーブルへ置き、アイスティーのストローに口をつけた。
「西工房通りの水路脇にある長椅子に座ってたら、ザンさんが歩いてるのが見えて」
「そこで何してたんだろうね」
「祭りの後の王都を歩いてたみたい」
「……やりそう」
「まだ会ったことないのに分かるの?」
「りあから聞いた話だけでも何となくは」
エレナはポテトを一本取った。
「それで?」
「少し話して参加箱を開けたら、手持ち星花と回復薬が出た」
「あの辺りの水路で使ったなら綺麗だったでしょ」
「うん。光が水面にも映って、星花が落ちるたびに水の上へ広がっていくのが綺麗だった」
「一つしか出なかったけど、ザンさんからももらったよ」
「へえ。あれ意外とレアなんだよ。けっこうくれたの?」
りあの手が止まった。
「……持ってた分を全部」
「え? なんで全部?」
「最初は少しだけもらうつもりだったんだけど……」
りあはそこで言葉を切った。
エレナが少し身を乗り出す。
「何かあったでしょ」
「……何もない」
「嘘言っても意味ないからね」
りあはストローを指先で動かした。
「……少し耳を見られたみたいで」
「耳?」
「手持ち星花を受け取ろうとして、髪を耳にかけたの」
「うん」
「そしたらザンさんが、エルフの耳をちゃんと見るのは初めてだったみたいで。星花祭で会ったダークエルフの人も同じような耳だったかなって」
「ああ。祭りが終わった翌日の王都を歩いてたくらいだし、他の人が見過ごすようなところにも目がいくタイプなんだろうね」
「たぶん。耳も珍しかっただけだと思う」
「それで、りあが少しむっとして全部もらうことにしたんだ」
「むっとしてない。途中で気が変わっただけ」
「はいはい」
「何その納得した感じ」
エレナは笑いながらポテトをもう一本取った。
「それでフレンド登録もしたんだ?」
「何度か会ってるのに、毎回そのまま別れてたから……」
「それ、ザンさんからだよね?」
「……私から」
「えええ? なんでりあから?」
「そんなに驚かなくてもいいでしょ。また何かあったら話すこともありそうだなって思っただけ」
エレナは何か考えるような顔で止まった。
「まあ、それはいいとして……ザンさんと会ったなら、なんで私を呼んでくれなかったの?」
「ただ偶然会っただけだよ」
「でも手持ち星花を使って、フレンド登録までしたんでしょ。私も一度会ってみたいって言ったよね」
「……そういえば言ってた。ごめん」
エレナは紙カップを持ち上げた。
ストローを吸うと中の氷が小さく鳴る。
「りあの友達として一回は会ってみたいんだけどな」
「悪い人じゃないと思うよ。それくらいは分かる」
「それはりあが実際に会ってるから言えること」
「うん」
「だから次は呼んで」
「分かった」
エレナはようやく満足したように頷いた。
「それで今回は、最後に何て言って別れたの?」
「…………」
「え?」
「……またいずれって」
エレナが伸ばしていた手を止めた。
「前は『またどこかで』だったのに、今度は『またいずれ』……?」
「う、うん……」
「なんで毎回そういう言い方になるの。古いっていうか固いっていうか」
「チャットで急いで打たなきゃってなると、変に丁寧な言葉が先に出ちゃうみたいで」
「でもCROでは私ともチャットしてるけど普通だよ」
「エレナとはずっと話してきてるから」
「じゃあザンさん相手だから緊張する?」
「緊張っていうか……。たぶん年上なんだろうなって思うことはあるから」
「年上?」
「同年代の人とは少し違って、落ち着いてる気がする。年齢も仕事も知らないけど」
「リアルの話は一度もしてないの?」
「一回、テスト期間って送っちゃったことは⋯⋯ある」
「え、高校生、いや学生ってばれた?」
「すぐに聞かなかったことにしてくださいって送ったら、資格のテスト勉強とかもありますからねって」
「合わせてくれたんだ」
「うん。だから私も資格テストですって……」
「それは無理があるでしょ」
「分かってるよ」
「でも、それ以上は聞かなかったんだ?」
「うん」
「やっぱり年上っぽいね。りあって年上の方が好きそうだし良かったんじゃ?」
「好きとかそういうのじゃないから」
「でもお兄ちゃん子でしょ」
「それとこれとは関係ない」
「へえ」
「その顔やめて」
りあはアイスティーを飲み切り、紙カップを少し強めに置いた。
「まあ、りあがザンさん相手に固い言い方になる理由は何となく分かった」
「もういいでしょ」
「最後はそれで終わり?」
「……会釈して、そのままログアウトした」
そう答えながら、りあの右手がわずかに持ち上がった。
そのときの動きを思い出すように指先が小さく揺れる。
「ふーん。手も振ったんだ」
エレナが小さく口元を緩めた。
りあは何か言い返そうとしたが、言葉が見つからないままストローに口をつける。
中身はもう空で、氷だけが小さく鳴った。
「……もう、その話は終わり」
「はーい。それでサブ職クエストの方は、私が手伝ったところから進んでないんだよね?」
「うん。一人でも探してるんだけど、何も見つからなくて」
「シルヴェイル村は一通り見たよね」
「世界樹の上まで見てもらったし、歌に関係ありそうな場所も回ったと思う」
「それなら探す場所じゃなくて、何か条件が足りてないのかも」
「条件?」
「クエストが始まったときのこと、もう一度思い出してみたら?」
りあは《世界樹の歌碑》が反応したときのことを思い返した。
風見の丘から村へ戻り、歌碑の前に立った。
あのときは一人ではなかった。
「……ザンさんがいた」
「パーティーも組んでた?」
「うん。クエスト情報も共有した」
エレナは少し考えてからポテトを一本取った。
「じゃあ、その辺りから考え直した方がいいかもね」
「ザンさんがいたことが関係してるってこと?」
「まだ分からない。でも今まで試してない条件ではあるでしょ」
りあはCROアプリを開き、フレンド一覧を表示した。
一週間前に増えたばかりの名前が一つある。
その名前の上で、りあの指は止まっていた。
ここまでで第四章(おまけ回 2つ)が終わりです!
ここできりが良いので、ここまでの登場人物を一度まとめたものを載せようと思います。
その後、第五章に入ります!




