第109話 返しの位置
ルウナは《ロックホーン》へ向かって、ゆっくり歩いていく。
俺も少し後ろからついていった。
近くで見ると、《ロックホーン》は山羊に少し似た四足のMOBだった。
灰褐色の硬そうな毛に覆われ、胴は低く詰まっている。肩から前脚にかけてが太く、岩場を踏む蹄も大きい。
ただ、普通の山羊とは頭部がまるで違った。
額から太い一本角が斜め前へ伸び、その途中には銛の『返し』のような鋭い突起が斜め後ろへ向いている。
どうやらルウナが狙っているのはあそこらしい。
《ロックホーン》はもうこちらを見ていた。それでも――その場からは動かない。
ルウナが一歩ずつ距離を詰めていく。
さらに近づいたところで、太い前脚がわずかに地面を擦った。
ルウナがすぐにしゃがみ込み、今いる場所へ持っていた杭を差し込んだ。
「それ、何に使うものなんですか?」
「測るときの基準になるんです」
ルウナが杭に触れると、その上に小さな印が浮かんだ。
「今の位置を残しておくと、ここからあとどれくらい近づいたら突進するのか比べられるので」
ルウナはすぐに立ち上がった。
募集で頼まれていたのは角を振る前にどこが先に動くのかを見ることだ。
「この辺りに出る《ロックホーン》ですが、あの角の返しを狙うと……たまに外れるんです」
ルウナが一本角の途中から横へ伸びている返しを指す。
「同じように狙ってるつもりでも、当たる場所がずれることがあって……。避けながらだと私がずれてるのか、あっちの動きが違うのか分からなくて」
「それで外から見てほしいってことですね」
「はい、そうなんです」
ルウナがもう一歩前へ出た。
《ロックホーン》の前脚が今度は大きく地面を掻き、一本角が低く下がる。
「――来ます」
《ロックホーン》が地面を蹴った。
俺は角だけではなく、頭から肩までを広く見る。
ルウナは一本角をぎりぎりまで引きつけて横へ抜けた。巨体がその脇を駆け抜け、数歩先で大きく首を振る。
横へ伸びた返しが枝を引っかけた。
バキッ――と、乾いた音が響く。
「……ん?」
何かが動いた気がした。
「何か見えました?」
「違和感はあります。でも、どこが動いたのかまではまだ……」
「じゃあ、もう一回お願いします」
二度目は首から角の付け根を見る。
《ロックホーン》の突進をルウナが横へ躱す。
巨体がそのまま数歩先まで抜けた直後、頭が大きく振り返され、一本角の途中から伸びた返しがルウナのいた場所を横薙ぎに払った。
「……やっぱり何か変ですね……」
「そうなんですよね。分かりそうですか?」
「いや、まだですね……。もうかなり近いので一回倒しましょうか。また次で見てみます」
俺も短剣を抜き、二人でHPを削った。
最後はルウナの大斧が胴へ叩き込まれ、《ロックホーン》が光の粒子へ変わっていく。
「気になっているんですが、ソロだとわからなくて」
「次はより頭側の動きを中心に見てみますね」
「お願いします」
二体目の《ロックホーン》を見つけると、さっきと同じようにルウナが距離を詰め、前脚が動いたところで杭を置いた。
今度は最初から首と角の付け根だけを見る。
突進をルウナが躱した直後、首が振られた。
――違う。
何かが首より先に動いている。
「もう一回お願いします」
二度目。
角の根元から目を離さない。
一本角が俺の目の前を横切った瞬間、返しの位置がわずかに持ち上がったように見えた。
「あ――」
見えた。
一本角そのものが根元から少し捻れ、それにつられて返しが弧を描いている。
首を振ったあと、角はすぐに元の向きへ戻った。
「ルウナさん、角です」
「……え?」
「体や首じゃなくて、角そのものが一瞬だけ動いてます」
「それで返しの位置がずれてるってことですか?」
「たぶん。振る前に上がって、すぐ戻るから分かりにくいんだと思います」
「では、戻るタイミングも分かりますか?」
「見てみますね」
三度目の突進。
今度は動きを知っている。
ルウナが横へ抜けるのに合わせて一本角が捻れ、返しが持ち上がった。そのまま首が振られ、少し遅れて角が元へ戻っていく。
「今です――!」
ルウナが踏み込んだ。
巨大な大斧が頭上まで持ち上がる。
狙っているのは太い一本角じゃない。横へ突き出した返しだけだ。
大斧が振り下ろされる。
キィン――。
澄んだ高い音が岩場へ伸びた。
一瞬、太い角ごと砕いたように見えたが、一本角は残っている。
その脇から切り離された返しだけが飛び、岩の上を二度、三度と跳ねていった。
「……すご」
あれだけ大きな斧で本当にそこだけ落としている。
「今の……見てるだけでもちょっと気持ちいいですね」
「ふふ、分かってくれますか?」
《ロックホーン》がこちらへ向き直った。
「あ、まだ終わってなかった」
俺も短剣を構える。
返しを失った《ロックホーン》は同じように首を振ったが、今度は一本角だけが空を薙いだ。
「返しがないと、だいぶ動きが違って見えますね」
俺が言うと、ルウナは《ロックホーン》を見たまま答えた。
「ですよね。こういう違いが分かると、ちょっと嬉しくもあるんです」
残ったHPを二人で削り、最後はルウナの大斧が胴へ叩き込まれた。
《ロックホーン》が光の粒子へ変わり、足元に落ちた素材を拾う。
―――――
【ドロップ】
・ロックホーンの硬皮×3
・ロックホーンの角片×2
・ロックホーンの返し×1
―――――
「あ、ちゃんと返しも出てますね」
「はい。部位破壊できたときだけ確率で出ることがあります」
「すみません、もう少しやってもいいですか?」
「もちろんです」
そこからも何体かの《ロックホーン》で同じやり方を試した。
最初は合図が遅れて大斧が返しの先を掠めることもあったが、俺も少しずつ角が戻る瞬間を見分けられるようになった。
最後には俺が声を掛けるのとほとんど同時に大斧が落ち、返しだけが綺麗に地面を転がった。
「だいぶ合わせやすくなりました」
「俺も見るところが分かってきました」
ルウナは杭を拾ってポーチへ戻し、ウィンドウに角の動きを短く入力していく。
「それも残すんですね」
「一応。気になったので」
入力を終えると、ルウナがウィンドウを閉じる。
「これで今日の練習は終わりです」
「練習?」
「はい。実は本番がありまして……」
ルウナから一枚の画像が共有された。
岩場に立っていたのは、《ロックホーン》とはまるで体つきの違う巨大な四足獣だった。
馬に似た長い脚と高い肩。
灰褐色の胴は引き締まり、胸と首には厚みがある。
頭も馬に近く、その立ち姿にはどこか高位の獣らしい威厳があった。
ただ、その額から伸びた角は異様だった。
「長っ……」
太い一本角が長槍のように斜め前へ真っ直ぐと伸び、その途中から巨大な返しが反対方向へ沿うように返っている。
「これ、返しだけでも私より大きいかもです」
「え……返しだけで?」
思わず隣のルウナと見比べる。
確かに小柄なルウナ一人より長そうにも見えた。
「ロックホーンとは全然違うMOBなんですね」
「はい。似てるのは角の感じくらいでしょうか。だからソロで練習するならちょうどいいかと思ったんですが……結局ザンさんに手伝ってもらって良かったです」
画像の端には名前が表示されている。
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《岩嶺モノセロス》
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「この辺りに出るレアボスで、三日後に討伐が予定されているんです」
「へえ、なるほど。だからこんなに強そうなんですね」
ルウナは画像を見たまま続ける。
「この前の《夜熊ヴァルゴン》で一緒になった人から声をかけてもらいまして。その人のクランで部位破壊できる人を探してたみたいなんです」
長い返し部分を指す。
「今度はこれを壊します」




