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石の記憶  作者: 羽柴るい
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石の記憶 ぶたさん日和

ぶたさん日和

「よっ稲垣、調子どないや?」

 

昼休みの休憩室。

 

缶コーヒーを片手に、同僚が気楽な調子で声をかけてくる。

 

「資格勉強、進んどる?」

 

「……まあ、それなりに」

 

陽一は曖昧に笑って返した。

 

けれど本当は、それどころではなかった。

 

問題集は思うように進まず、模試の結果も微妙。

 

昇進に必要な資格。

 

会社は「期待してるぞ」と軽く言うが、その言葉が余計に焦りを大きくしている。

 

――それどころちゃうねん。

 

陽一は心の中だけで小さく呟き、ぬるくなった缶コーヒーを飲み干した。

 

 

その日の夜。

 

稲垣家の食卓には、生姜焼きと味噌汁が並んでいた。

 

テレビでは、芸人が大声で騒いでいる。

 

「陽一、ちゃんと食べや」

 

「食べてる」

 

そう返しながらも、陽一の頭の中は資格試験のことでいっぱいだった。

 

「そうや」

 

美空が突然、思い出したように立ち上がる。

 

「今日な、ええもん買ってん」

 

戻ってきた美空の手には、小さな置物が乗っていた。

 

緑と紫が混ざった、丸っこい石のぶた。

 

「……なんでぶた」

 

「可愛かったんやもん」

 

美空は当然のように言う。

 

「フローライトやって。ほら、この顔」

 

ぶたは、なんとも言えない顔をしていた。

 

笑っているような、ぼんやりしているような。

 

どこか気の抜けた表情。

 

「陽一の机に置いたら癒されるんちゃう?」

 

「いらんて」

 

「置いとくだけやから」

 

半分押し付けるように、美空はぶたを陽一へ渡した。

 

真也は味噌汁を飲みながら、

 

「また増えたんか」

 

と苦笑している。

 

 

結局、そのぶたは陽一の机へ置かれることになった。

 

資格のテキスト。

 

問題集。

 

飲みかけのコーヒー。

 

その隅に、石のぶた。

 

 

数日後。

 

陽一は机へ突っ伏していた。

 

「……あかん」

 

問題が頭へ入ってこない。

 

時計を見るたび、試験日だけが近づいてくる。

 

苛立ったまま顔を上げると、ぶたがいつもの顔で座っていた。

 

丸っこくて、妙に呑気な顔。

 

陽一はしばらく睨むように見つめる。

 

「……お前、なんちゅう顔しとんねん」

 

ぶたは当然、何も言わない。

 

その間の抜けた顔を見ているうちに、陽一はふっと息を漏らした。

 

「……なんかアホらしなってきたわ」

 

肩の力が、少しだけ抜ける。

 

 

それからだった。

 

勉強の合間、ふとぶたを見る時間が増えた。

 

帰宅して机へ向かうと、最初に視界へ入る。

 

疲れた夜も。

 

眠い朝も。

 

ぶたは変わらず、同じ顔でそこにいた。

 

 

「……なんやよう見たら可愛いやん」

 

ぽつりと呟いた自分に、陽一は少し笑ってしまった。

 

 

そして試験の日。

 

数週間後。

 

陽一は届いた結果通知を見つめたまま、しばらく動かなかった。

 

――合格。

 

深く息を吐き、椅子へ身体を預ける。

 

机の端では、ぶたがいつもの顔で座っていた。

 

焦った夜も。

 

投げ出したくなった日も。

 

ずっとそこにいた、小さな同居人。

 

陽一は指先で、ぶたの丸い鼻を軽くつつく。

 

「……さんきゅ」

 

ぶたは相変わらず、どこか気の抜けた顔で笑っていた。

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