抜けちゃった!?
そして、自分の顔の位置までわたしを下ろすと、お茶目な感じで微笑んだ。
「初めましてキュートリック、わたしはカティのお母様よ」
お母様――やっぱり、ママさんなのか。
「がぁ!」とわたしも挨拶をすると、ママさんはうれしそうに「可愛いわね」と笑いながら、わたしをぎゅーっと抱きしめた。
ふむ、スレンダーなママさんはアネットさんほどではないけど、そこそこ立派な胸をされていた。
とはいえ、圧迫するほどでもない。
これくらいなら、許容範囲だ。
それに、とても優しいハグだ。
お嬢様ほどではないにしても、なかなか良いハグ使いと言えよう(?)。
などと考えていると、パパさんが「まずは中で話そう」と提案してきた。
そりゃそうだ、お嬢様を立たせたままでは申し訳ない。
「がぁ!」とわたしはママさんの腕から抜け出した。
ん?
降りる瞬間、お嬢様が不安そうな顔をしているように見えた。
でも、地面に降り、お嬢様に駆け寄ると、どことなくほっとした顔で抱き上げてくれた。
なんだろう、ちょっと気になった。
――
居間に集まったお嬢様達は、この屋敷のメイドさんが入れてくれた紅茶を飲みつつ、話を始めた。
まあ、近況報告ね。
知らない人たちの話がバンバン出てくるので、わたしはすぐに飽きてしまい、お嬢様の膝の上でスコーンをかじっていた。
もちろん、お嬢様のスカートに食べかすが落ちないように、アネットさんにナフキンを布いて貰っている。
ふむ、なかなかうまい。
それに、頭の角の根本辺りをお嬢様が掻いてくださるから気持ちよい。
そう……そこそこ。
もうちょっと強めでも良いですよ?
「そうそう、カティ」とママさんがお嬢様に話を振る。
「大公様の茶話会に、あなたも参加することになっているから。
そのつもりでいなさいね」
お嬢様はそれはそれは、渋い顔をしたけど、それでも「はい」と了承した。
たぶんお嬢様、茶話会とやらに行きたくないんだろうなぁ。
それでも、不平をこぼさず頷かれるとは、ご立派で――あ、わたしの角の根本を掻く手が強くなってる。
やっぱりストレスなんだ!
でも、大変申し訳ないけど、これぐらいが気持ちいい!
最高ですお嬢様!
「なあ、ジェニー、カティにはまだ早くないか?」
とパパさんはママさんの腰に手を回す。
パパさん、発言の内容とその行動、関係有りませんよね!
体育会系パパのくせに、なんかエロくありませんかねぇ!
そんなパパさんに、しなだれながらもママさんははっきりと言う。
「早すぎないわ。
イザベル第一王女殿下を始めとするご子息、ご令嬢も参加されるのよ」
「殿下はカティより3つも上だよ。
他の子達だって、殿下と変わらないだろうに」
「いいじゃない、殿下はとても優しいから可愛がって貰えるわよ。
わたしもカティぐらいから茶話会に参加するようになって、お姉様方に可愛がって貰ったものよ。
むしろ、今のうちに場慣れしておいた方が良いのよ。
失敗しても、笑ってすませるし」
「そうはいうけど……」
お嬢様の力がますます強くなって行く。
んんん、ちょっと痛い?
でも、まだまだ痛気持ちよい?
時折、角を引っ張っているのもなかなか良い。
そうそう、根本の方が痒いのよ。
ママさんは話を続ける。
「それに、ジョセフ殿下との婚約話もあるのよ。
早いうちから、皆に顔が知られていた方が良いわよ」
パパさんが渋い顔になる。
「正直、ジョセフ殿下とのお話はあまり受けたくないな。
カティと合わない気がする」
「なに言ってるのよ!
こんな名誉な話、無いじゃない!
合う合わないなんて、結婚してしまえば――」
ん?
何か、頭の上でチクリとした。
さらに、何かが抜けた感じがした。
なんだろうと思っていると、上から悲鳴が聞こえてきた。
「嫌ぁぁぁ!
キュぅぅぅ!
嫌ぁぁぁ!」
「ぐわぁ!?」
何事、と見上げるとお嬢様が号泣していた?
良く見ると、お嬢様の右手に白く細長い物があった。
……あれって。
わたしは頭部に手(前足)を持って行くと、有るべき物がなかった。
「キュートリック!」
ハンカチを手にしたアネットさんが、それをわたしの頭に押し当てている。
気づくとわたしの肩越しから、赤い物が流れていた。
うぁ! 血まで出てた!
あまり痛くなかったから、気づかなかった!
「うぁぁぁん!」
お嬢様の鳴き声がさらに大きくなる。
パパさんが慌てた感じで、お嬢様から角を受け取ると、それをハンカチをずらしつつ取り付けようとしている。
いやいや、さすがに無理でしょう?
思った通り、差し込んだ角はすぐに取れてしまう。
それを見て、お嬢様の鳴き声はほとんど絶叫になった。
「がぁ! がぁ!」
わたしは慌ててお嬢様を宥める。
大丈夫ですよ!
わたしは大丈夫ですよ!
しかし、お嬢様は、うぇんぇん泣きながらわたしに謝ってくる。
これは困った!
そんな風におろおろしていると、突然ママさんが立ち上がった。
そして、お嬢様に近づくと、手を振り上げた。
ちょ!?
乾いた音が響き、お嬢様が呆然とママさんを見上げている。
ママさんはただでさえキツメの目をつり上げて、そんなお嬢様を傲然と見下ろしていた。
「なんですか、カトリーヌ!
侯爵令嬢ともあろう者が、赤ん坊のようにうぁんぁんと!
恥を知りなさい!」
お嬢様は下唇をぎゅっと噛んだ。
そして、わたしを抱き上げると、走り出した。
「ジェニー、何も――」
パパさんの声がお嬢様の背中の向こうから聞こえてきた。
――
「お嬢様、ご安心ください。
キュートリックの角は恐らく生え替わりの時期が来ていたのでしょう。
ほれ、奥から新しいのが生えて来ておりますぞ!」
「……本当だ」
お嬢様の自室で、お嬢様の膝に座らされたわたしの頭を確認していたオントワンさんがそう指摘すると、お嬢様はホッとした声を上げた。
わたしも安心した。
お嬢様が気に病むこともそうだけど、やっぱり角が片方取れたままというのは、格好良くないし。
嬉しそうにするお嬢様が、わたしをぎゅーっとしてくれるので目を細めていると、なんだか頭からぽろりと落ちた。
「あ、こっちも取れた」
お嬢様の声に手を伸ばすと、もう片方の角も無くなっていた。
うぁっ!?
うぁっ!?
ちょっと待って!
ちょっと待ってぇぇぇ!
お嬢様の手からすり抜けると、姿見に向かって駆けた。
そこに写っているのは――角を無くした間抜けなドラゴンの姿だった。
ガァァァン!
元々、小さな頭に対して角は大振りだった事もあり、なんというか、丸目の体に小さい頭がチョコンとする、酷くみすぼらしい姿になっていた。
「キュー?」
お嬢様が近寄ってくる。
いやぁぁぁ!
見ないでぇぇぇ!
こんなわたしを見ないでぇぇ!
わたしは慌てて、ベッドの下に潜り込む。
いやぁぁぁ!




