ドラゴンとはいえ、物事には限度が有ると思う!
「行くぞ!」
馬上にいるパパさんの、その腕から放たれたわたしは、二度ほど羽ばたいただけで二百メートルは先にいた野ウサギまで到着する。
そして、後ろ足でその背中をがっちりと掴み、動きを封じた。
野ウサギは必死に必死に暴れるものの、ドラゴンフットおよびドラゴンクローにはかなわず、草原の草に頬をすり付けるのが精一杯だった。
乗馬して駆けてきたパパさんが、降りると「よし、これで五匹目だな」と近寄ってきた。
そして、わたしの足の下から野ウサギを取り上げると、素早くその喉を切り裂き血抜きをする。
初めは獲物とはいえ、こういう動物を捕まえるのに抵抗があり、なかなかアタック出来ずにいたけど、一度やれてしまえば、案外平気になっていた。
これは、ドラゴンとしての性質に引っ張られているのか、それとも、覚えていないだけでもともと、こういう事が平気な中学生だったのか、分からない。
それでも、わたし自身が傷つけたり、殺したりは出来ていない。
ただ捕まえるだけだ。
結局はパパさん達がトドメを刺すので、やっていることは同じだけど……。
どうしても、自分の爪をウサギに食い込ますとか、怖くて出来ない。
そういう所はやっぱり女子中学生だったんだろうなぁ、と思う。
パパさんがわたしを腕に乗せ、器用に馬に乗る。
そして、馬を走らせた。
心地よい風がわたしの頬を撫で、気持ちよさに目を細めた。
ちらりと視線を向けると、風になびかれた金色の髪が、馬が駆けるのに合わせてふわりふわりと揺れていた。
その表情は玩具の飛行機を持って走る子供のようにキラキラだ。
こんな顔を見せられると、(仕方がない、もう少しつきあってあげるか)なんて思ってしまうのは、わたしがイケメンに甘いからなのだろうか?
そんなことを考えていると、何かを見つけたのか、パパさんは馬の速度を落とす。
そして、指を前にさして言った。
「キュートリック!
次はあれに挑戦してみよう!
少し大きいが、何とかなるだろう」
「……」
そこには、大型の犬が一匹、木の陰で伏せの形をしていた。
ひょっとしたら眠っているのかもしれない。
ただ、やや尖った耳は辺りを警戒しているのか、ピクピクと動いていた。
犬――というか、狼かもしれない。
しかも、近所にいたゴールデンレトリバーより大きい。
当然の事ながら、鷹狩りの鷹と同じか、やや大きいぐらいのわたしより、遙かにデカい。
「……」
「大丈夫だ、キュートリック!
わたしの竜よ!
お前ならいける!
行くぞ!」
パパさんは大きく腕を振りかぶると、振り抜いた。
わたしはスーッと上昇すると、曲線を描きつつ離れていく。
パパさんがぎゃあぎゃあ叫んでいるが気にしない。
わたしはお嬢様のドラゴンですもの、ご主人様の元に帰らなくてはならないのだ。
しばらく空を行くと、何人もの護衛騎士さんや使用人の人達に囲まれながら、お嬢様が敷物の上でお茶をしているのが見えた。
急降下すると驚かすと思うので、軽く旋回して存在をアピールしてみる。
あ、お嬢様が手を振ってくれた。
その隣で、アランさんが鷹狩り用の手袋を準備しているのが見える。
いや、別に地面にも降りられるんだけどね。
とはいえ、せっかくなので軽く羽ばたきながら減速しつつ、アランさんの右手に降り立った。
イケメン騎士さんが妙に嬉しそうなんだけど、何故?
「キュー!
こっちこっち!」
お嬢様が下で両手を広げている。
可愛い!
アランさんが屈んでくれたので、ぴょこんとお嬢様の胸にダイブする。
愛らしいお嬢様はわたしを優しく抱きしめてくれた。
幸せぇ~
「ところでキュートリック、旦那様はどうした?」
とかアランさんが訊ねてきているけど気にせず、お嬢様の薄い胸の中でまどろみ始めた。
ああ、これこれ!
特にお嬢様なんだけど、ぎゅっとされている中で眠るの、本当に心地よいのだ!
しかも、春の暖かな風がわたしの体を優しく撫でてくれるとか、どんだけ天国なんだろう。
よしよし、お昼前に一眠りしよう、などと決心すると、なにやら騒々しい蹄の音が聞こえてきた。
「おい、キュートリック!
勝手に飛んでいっちゃ駄目だろう!」
うるさいなぁ~わたしはお嬢様に頬ずりしつつ、無視を決め込む。
なおも、ぎゃーぎゃー言うパパさんに、お嬢様が「お父様!」と叱りつける。
「キューはお眠なんです!
静かにしてください!」
「し、しかし、カティ」とパパさんはお嬢様を愛称で呼びながらあたふたする。
「キュートリックは今度の鷹狩りで……」
「しーっ!」
お嬢様に窘められ、パパさんはようやく沈黙した。
っていうかパパさん、わたしを鷹狩りに出そうとしていたのか……。
ドラゴンをそんなものに出していいの? と一瞬思ったけど、ルールはともかく、鷹を持った人たちの中に一人だけドラゴンっていう、俺スゲェェェって展開に惹かれる気持ちは分からないでもないな。
この世界ではどうかは分からないけど、小説の中の貴族にはドラゴンを力の象徴とか守護神とかそんな扱いをしていた作品もあったし。
わたしが人間として転生していたら、ドラゴン・テイラーとかやってみたかっただろうし。
まあ、竜を扱う側ならともかく、扱われる側になりたいかと言えば、正直微妙だけどね。
なんて考えていると、静かになっていたパパさんが、声を落としてお嬢様に話しかける。
「鷹狩りにキュートリックを連れて行けば、○○○でもその話題で持ちきりになり、カティへの注目も弱まるぞ」
?
また、○○○か。
○○○が話に出ると、わたしを抱くお嬢様の腕に力が入る。
何となく場所のようだけど、何かあるのかな?
そんなことを考えていたら、角の根本辺りがむず痒くなってきた。
なので、前足でカリカリしてると、お嬢様も一緒に掻いてくれた。
う~ん、お嬢様優しい。
幸せぇ~
――
あれから一週間後、○○○に向かうことになった。
あれからパパさんやお嬢様の話から推測するに、○○○というのは王様が行る場所、つまり、王都の事らしい。
そして、お嬢様は王都が好きではないとのことだ。
「人がいっばいだし、道の両端いっぱいに石で出来た建物が建っていて、冷たい感じがして嫌なの」
などと、馬車に乗ってもお嬢様はボヤいていた。
要するに、都会が嫌いって事なのだろう。
そういえば、お嬢様は草原でお茶をしたり、林の中を散歩するのが好きだ。
洗練された所作をされているので、田舎者とか野生児とかそういうものとは縁遠いけど、自然を愛する素敵なお方なのだ。
対面の座席に座るメイドのアネットさんが、困った顔をする。
「まあまあ、お嬢様。
久しぶりに、マーカスお坊ちゃまにもお会いできるではありませんか?」
ん?
誰のことだろう?
見上げると、愛らしい眉を寄せながらお嬢様は言う。
「お兄様には会いたいけど、それでも、嫌なものはイヤなの!」
え?
お嬢様にはお兄様がいるんだ。
知らなかった!
いや、それどころじゃないか。




