飛べないあひると翼の折れた天使
夕暮れの池。
水面は金色にゆらゆらと揺れていた。
葦の葉が風に揺られ、さわさわと優しい音を立てている。
帰りそびれた一羽の小さなあひるがため息を吐く。
あひる「はぁ・・・僕も空を飛びたいな」
水面に映る自分の姿は、小さくてぽってりと丸い。
どれほど一生懸命羽ばたいても飛べない。
そのたびに、遠くを渡っていく鳥たちの姿が胸に刺さった。
その時だった。
池のほとりに、ふわりと白い光が舞い降りた。
天使「やぁ」
振り向くと、そこには白い民族衣装のようなを格好をした青年が立っていた。
しかしその背の翼は片方が折れ、羽根が何枚も抜け落ちている。
「君は・・・天使なの?」
「ああ。でも、戦いの最中に怪我をしてしまってね。
この有様さ」
天使が肩をすくめる。
折れ曲がった翼は夕陽に照らされ影となる。
「痛そう・・・」
「もう痛くはないよ。でも、飛べなくなってしまったんだ」
あひるは水面を見つめ、小さく頷く。
「そっか・・・僕も飛べないんだ」
「君もか」
「うん。飛べない鳥だって笑われる」
冷たい風が吹き、葦がざわめく。
「俺も似たようなものさ。天使のくせに飛べないのかって罵られたよ」
「酷いよ、君は戦って怪我をした勇敢な天使なのに!」
夕焼けの赤が、あひるの瞳に揺れる。
炎が宿ったような瞳に、天使は一瞬目を真ん丸くすると微笑んだ。
「・・・君は心が優しいんだね。そうだ。俺達、友達になろう」
「友達?」
「ああ。飛べない天使と飛べない鳥。いいコンビだと思わないか?」
夕陽が二人を包む。
池の水面が、きらりと光った。
「うん、うん!いいと思う!君がいてくれたら僕は心強いよ」
それから二人は、毎日池のほとりで話をした。
夜には星を見上げ、昼には雲の形を数えた。
たわいも話をいつまでも続けた。
飛べなくてもいいって少しだけ思えた。
そんなある日のこと。
朝霧が薄く立ち込め、池が白く煙る。
あひるがぽつりと言った。
「君の為なら、僕は自分の羽を全部あげる」
天使は驚いて振り向く。
「僕は羽があっても飛べないけど、君なら飛べるだろう」
迷いの無い真っ直ぐな声。
天使はゆっくりと首を横に振った。
「友達を傷付けるなんてできない。その気持ちだけで充分さ」
霧の中を、とぼとぼと歩き出すあひる。
その後ろに、白い羽が一枚落ちていた。
「なぁ、その羽、もらってもいいか?」
あひるが振り向く。
「うん」
その瞬間、羽がやわらかく光り出した。
水面がきらめき、霧が一気に晴れる。
あたり一面が光に包まれた。
羽は天使の折れた翼に吸い込まれるように溶け込み、
美しい翼に変わった。
「これなら飛べる」
天使の足が、ふわりと宙に浮く。
「わああ!良かったね!空を飛べるようになったんだね!」
自分のことのように喜ぶあひるに天使が提案する。
「君も一緒に行こう」
「僕も?いいの?」
天使は思いました。
あひるの優しさが魔法となって飛べる翼に変わったのだと。
「もちろんさ。君の羽のおかげで俺は飛べるようになったのだからね」
天使はあひるを抱き上げ、背中に乗せる。
触れている部分だけが温かい。
風が二人を包み込む。
ぱしゃんっ。
池の水音が響く。
それは新しい始まりの合図だった。




