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●問いをかける小著(短編集、裏)

河童巻きダンシング

作者: 黒十二色
掲載日:2026/02/05

 河童巻きダンシングを始めたのは、一人の少女だった。


 昼下がり、何もない川沿いの草原で、雑木林を背景に踊りだした。


 左手に棒状のものが浅く握られていた。


 河童巻きだ。


 身体も河童巻きもよくしなっていた。


 私のほかに一人の観客もなかった。


「なんとなく。踊る気は(なかった)。気づいたら(踊っていた)」


 私のインタビューに答えながらも、踊りはやめなかった。


 手に持っていたのは本当に河童巻きだった。他のものかもしれないと疑っていたので、これは意外だった。


 何の意味があるのかと問いかけたが、少女は全く答えず、踊り続けた。


 健康的な汗を飛ばし、ポジティブな表情を見せ続けていた。


 驚いたことに、意味などなかったのだ。


 そのように解釈するほかない。


 しばらく観察して、私は気付いた。


 この踊りには型がなかった。


 現在の河童巻きダンシングは、ポーズが決まっていて、動きのタイミングも精密に設計されている。古代の踊りの再現だとされていて、一定の根拠もあったはずだった。


 ところが、その洗練された古代の踊りとされるものは、発生した瞬間から成立していたわけではないことがわかった。


 ★


 もう半日、踊り続けている。


 同じ型を通るときもあったが、ほとんど次の動きが予測できない。


 フリースタイルだ。


 どこを数秒切り取っても同じ動きにはならない。


 原型の再現に躍起になっていた私たちを嘲笑うようでさえあった。


 しばらくすると、農民が一人やってきた。彼女が踊っているのを見つけた。


 その農民は一度その場を去り、仲間を連れてきた。


「なんで河童巻きを?」

「この子はどっから来たんだ?」

「何のための踊りなのかしら」


 ひととおり疑問を口にした人々は、草の上に座って観客になった。


 少女は変わらず河童巻きダンシングを続けた。


 厳しい労働を癒す楽しみとしながらも、彼女の変幻自在のダンスに羨望の眼差しを送っているように見えた。


 彼女のまわりに、人が集まりはじめた。


 人だかりが次の人だかりを生み、彼女をみるために階段がつくられるようになった。


 ああそうだ。この階段状の土盛りが洪水を防いだことがあったから、河童巻きダンシングの創始者の正体が治水の神だと言う研究者もいた。この瞬間にそれが否定された。


 ただ踊っているだけの人間だった。


 夜になり、彼女は踊りながら雑木林のほうへ消えていった。


 とんでもなく面白いものをみた後の余韻のようなものを残して、彼女は去った。


 その時、私は役人たちが観客たちに声をかけているのを見つけた。


「彼女は誰ですか?」

「いつから踊っていたのですか?」

「何が目的かわかりますか?」

「なぜ河童巻きなのですか?」


 観客たちは、わからないと返すばかりだった。


 観客たちのなかに、小さな笑いが起きた。


 よくわからない人が、延々と踊っていたことに、役人が踊らされている。それがまた面白いと思ったようだ。


 役人のうちの何人かは、恥をかかされたと思ったのだろう。赤面しながらその場を離れた。


 ★


 翌日、同じ場所に行ってみると、すでに彼女のステージができていた。


 河童巻きダンシングで盛り上がっている。


 昨日と違うことが一つだけあった。


 巻かれているのはキュウリではなかった。鮮やかなオレンジ色の、あれはニンジンだ。


 観客の一人に事情をきいてみると、とんでもない奇跡が起きたのだという。


 どこからか飛んできたニンジンスティックが、キュウリスティックを押し出し、中身が入れ替わったのだという。


 その証拠にと言われ、指さされた草の上を見れば、酢飯のついたキュウリスティックが一本、転がっていた。


 興奮した観客の話がどれほど信じられるものなのかは疑わしいのだが、もし本当だったとしたら、私はとんでもないミスを犯したことになる。


 キュウリスティックの居場所をニンジンスティックが奪い取り、そのうえで彼女がリアクションをとらずに踊り続けるなんて出来事を、どうしてリアルタイムで目撃できなかったのだろうか。


 時間渡航装置の無駄遣いにもほどがあるではないか。


 私が歯ぎしりを禁じ得ないでいると、観客に紛れていた役人たちが、急に大声を出した。


「やめろやめろ!」

「中止中止!」

「ここで何をしている!」

「集まるな集まるな!」

「散れ散れ散れ!」


 それでも彼女は河童巻きダンシングとニンジンのコラボをやめようとしなかった。


 役人は彼女を捕まえようとした。


 しなやかなダンスのまま、ひらりひらりと回避し続けた。


 観客たちは、役人たちもダンス劇の登場人物になったと大はしゃぎしていた。


 これに憤った役人たちは、かわりに観客を捕らえはじめた。


「なんだよ!」

「あたしが何をしたっていうの!」

「俺たちはただ、踊りを見ていただけだ!」


 激怒する観客たちに対して、役人たちは「我々に逆らうのか!」と叫びながら暴力を浴びせた。


 それでも彼女は踊りを続けた。


 混乱のなかで、やがて観客の中から、彼女の踊りを真似する者があらわれた。


 役人たちは、自分たちだけでは収拾がつかなくなったと判断した。


「本日から集会を禁止する!」

「集まった者たちには罰金を科す!」


 そう言い残して去っていった。


 ★


 役人たちが前日の敗北を受けておこなったのは、看板の設置だった。


 集会の禁止が告げられているのかと思ったら、すこし違った。


 看板をみてみると、それは河童巻き禁止令であった。


 役人たちは、ただ踊っているだけではあそこまで大きな騒ぎにならなかったと考えたようだ。


 河童巻きさえ取り上げれば、人々を統制できると甘く見た。


 朝焼けとともに現れた河童巻きダンシングの少女は、やはり河童巻きダンシングを始めた。


 待っていたとばかりに役人が草むらから飛び出してきた。


 ただし、役人の格好をしておらず、ただの村人のふりをしていた。


 彼女は、お構いなしだった。


 ポジティブな表情をくるくると変化させ、河童巻きの舞を続けている。


 とにかくやめさせたい役人は、彼女を罵るように、


「食べ物を粗末に扱うとは何事だ!」

「河童巻きを振り回している理由を説明しろ!」

「意図がわからない。危険な意図がないことを証明しろ!」


 それでも彼女はやめず、どんどん観客が集まって来そうな空気になっていく。


 役人としては敗北を続けるわけにはいかない。


 なんとしても彼女を止めたい。役人たちは人差し指を突き立て、次々にまくしたてる。


「あなたのためを思って言っている」

「誰も貴様の踊りには興味がないみたいだぞ」

「これ以上続ける場合は、我々の職務を妨害する行為とみなす」


 その後も、役人たちは、あの手この手で彼女を責め立てた。


 全く効果はなかった。


 この日もたくさんの観客があらわれた。彼女を真似するたくさんの河童巻きダンサーたちは、昨日よりも多くなった。


 いつも苦しめてくる税金取り立て役人たちは、村人たちの敵だった。決して屈しない河童巻きダンシング少女は、もはや華麗なる反抗の象徴となったのだ。


 ★


 数日後、彼女は姿を消した。


 その後もどこかで河童巻きダンシングを続けているのかもしれないし、もうやめてしまったかもしれない。


 結果として起きたのは、拡散と整理だった。


 そこかしこで、河童巻きらしきものを握って踊り続ける人々が爆発的に増えた。


 どこを歩いても河童巻きダンサーだらけである。


 そうした踊りはだんだん洗練され、権力に対抗する意味付けをされ、みんなで踊れるように単純化されていく方面もあれば、他人に真似できない技巧を組み込む方面もあった。


 ここに至って、現代に河童巻きダンシングとよばれることになるものの原型が形成されたと言ってよいのであろう。


 しかしこれらは、真の河童巻きダンシングと認めてよいものなのであろうか。


 私には、そうは思えない。


 河童巻きダンシングとは、彼女が踊りはじめた、その姿勢そのものだったのではないかと思えるのだ。


 私は、行商人からキュウリや米、海苔を買い取り、河童巻きを作った。


 それを振り回して踊り始める。


 彼女の意図を探りたかった。


 彼女の踊りを、その自由さを思い出しながら。踊り続けた。


 人はなぜ踊るのだろう。


 きっとそこに踊る余裕があるからだ。人生を歩むうえで、踊ることなんて必要ではない。


 踊りだけではない。いろいろなものがそうだ。


 人生にとっての余剰であり、余白を埋めるものである。


 やらなくたって何ともないことである。


 しかし、そこに自然に立ち上った遊びを求める心は、否応なく余韻となって人々に伝播してしまう。


 意味をさがすことに、何の意味もなかった。


 踊っているうちに、気持ちよくなってきた。


 私は流れに乗っただけだ。それなのに、それがこんなにも楽しい。


 運動不足を解消するためでもない。自分の能力をアピールするためでもない。人類の限界を突き詰めるためでもない。窮状を訴えるためでもない。商品を宣伝するためでもない。信者を増やすためでもない。人を扇動するためでもない。安寧を祈願するためでもない。


 ――なんか楽しい。


 それ以外に理由はない。


 やがて体力の限界を迎えた。私はとても気分がよかった。


 声を裏返しながらターンして、なんとなしに、河童巻きを空に放り投げた。




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