誰かにとって最高な日-是-
------はたまた、少し前。
竜成らは紫電を前に跪かされていた。
紫電に相対するは、秋有が顕現させたであろう灰色の執事『不正知』。
「いつも、守ってもらえて大層恵まれてんなぁ!」
紫電が嫉妬を募らせる。
(流石にやばいな......!)
(痛ってぇ......)
(どうしよう!?)
その度に3人は様々な重圧でへし折れそうだ。
そんなことはいざ知らず、『不正知』は拳を構えている。
「かかって来いよ」
紫電が合図を出したからかは分からないが、『不正知』は一瞬にして間合いを潰す。
(速いっ)
「かはっ......!」
紫電が両腕でボクシング流の防御をするうちに『不正知』の右拳が放たれていた。
紫電は衝撃で靴底を擦りながら、後退する。
その隙に『不正知』が繰り出した右の横蹴りが腰に炸裂する。
「ふぅぅぅぅぅ.......!」
衝撃を和らげようと紫電が地面を転がる。
その際に押し潰そうと『不正知』に縦の重力を繰り出す。
しかし、それでも身軽な動きで、『不正知』は追撃の踵落としを入れた。
しかし、紫電は頭をズラして躱すと同時に立ち上がる。
「やるじゃん......!」
紫電は左の親指をそっと唇に押し当て、それを舌で舐める。
(いいぞ......このままなら......!『不正知』はトキウがパニックに陥れば陥るほど......強くなる! 今は最高潮と言っていい!!!)
ニコラスが口から血を吐き出すも、笑顔は保ったままだ。
『不正知』が拳を構えたと同時、
「力の重さを味わえよ!」
紫電は手を翳し、重力で作られた砲撃を放った。
ただ、その僅かな空気の歪みを捉え、『不正知』は右に回避すると、目にも止まらぬ速さで駆け寄って、右の横蹴りを横腹へ繰り出す。
「ぐぅぅぅぅ!」
紫電がガードするも、あまりの威力に悶えながら、吹き飛ぶ。
それに合わせて距離を消すと、『不正知』が顔面に向けて、左拳を叩き込む。
「レディの面を傷つける奴はクズだぜ」
しかし、そういう当人はギリギリのところに掌を挟み込んで、直撃を免れている。
その直後、空いている右手に重力を圧縮した球を作り出し、それを『不正知』にぶつけようとした。
『不正知』は反応し、後ろに下がるが、左膝の一部が消し飛んだ。
「てめぇが大きいダメージを与えるんなら、こっちはチマチマと攻撃してやるよ!」
紫電はコンパクトへ縮めた重力弾を無数に放り出す。
『不正知』が持ち前の戦闘能力で全弾を避ける。
だが、そこの横に待ち構えていたのは拳を引く紫電であった。
その瞬間、拳が直撃したかと思えば、刹那、『不正知』は吹っ飛び、近くのコインランドリーの薄い壁を破壊し、店内に侵入する。
「どうよ! 拳に重力を乗せた重力拳は!」
紫電は笑みを隠し切れていない。
(流石にキツいか......)
ニコラスはそう思わざるを得なかった。
(ん? なんか、若干だけど体が軽くなってるような......? もしかして......あの2人の戦いが関係してるのか?)
しかし、その中でも竜成はある突破口を見つけ出そうとしていた。
「あらら、もう壊れちゃったのかな?」
紫電の表情には余裕さえ伺える。
ゆっくりと『不正知』の方へ寄ろうとした。
その時、1つの礫が紫電を襲う。
咄嗟に右腕で防ぐも、バッサリと切れている。
瞬きすると、目の前で左胸に穴の空いた『不正知』が左拳を出していた。
衝突は確実かと思えたが......拳が止まる。
黒雲は這っているのに、敵が憎くも笑っているのに、その拳の時間だけが止まって見えた。
「重力をただ圧縮させた即席技だけど使えるね、これ」
紫電はこの戦いで成長を遂げようとしていた。
3幹部の中で最も警戒するべきは紫電だったのだ。
『不正知』が続けて、腹に右アッパーを仕掛ける。
紫電が横による力で自分自身を後ろへ行かせ、相手の隙を突いて圧縮重力の光線をかました。
それにより、『不正知』の水月にはぽっかりと空間が出来ていた。
だが、『不正知』は感情で作られた自動操縦可能な人形に過ぎなく、痛覚は当然としてない。
目的に従い、動き続けるしかないのだ。
秋有を守る、ただそれだけに従うのである。
それが『不正知』の存在価値であり、存在意義。
『不正知』が当たらないのを正知で拳、足の乱打を放ちまくった。
戦い方はこれしか知らないんだ。
(私と張り合えると思ってたけど、つまんな。もう、終わらせよか......なんて、お前は無駄な存在なんだろうな)
紫電の宿るは嫉妬でも喜びでもなく、失望だ。
「消え失せろ」
直後、繰り出された重力の波動砲が地面を抉りながら、『不正知』を消滅させた。
(不思議になんの感情も湧かないな、さて、あの3人は......)
紫電は焼肉店の方を向こうとした時、眼前に黒いメリケンサックが映る。
「消え失せろ? それはお前だろうが!」
咄嗟に躱そうとするも顔面へその一撃を貰う。
「がはっっぁ!」
その威力は『不正知』を遥かに超えている。
鼻血が垂れ、目もやられ、紫電の顔面はボロボロだ。
地面へ転げ回り、10数mで止まる。
「てめぇら! なんで動ける!」
「お前の能力は常に意識を持たないといけねぇって考えてたんだよ。さっきの戦いの時、どんどん重さが緩むのを感じて、そう確信したんだ」
竜成は入ってすぐなのにも関わらず、目紛しい成長を経験している。
その目つきはベテランそのものだ。
「なるほどね......私自身ですら、その欠点は知らなかったな」
しかし、すぐに紫電の広くなった瞳孔が縮こまる。
「『睡』!!!」
店の換気扇の後ろに身を隠していたニコラスが能力を発動させ、丁度、紫電を軸にした緑の円を書き出す。
「流石、元軍人だ。足音がしなかった」
紫電が極寒の極地に入る。
紫電はその円を軽く抜け出すと、ニコラスに向けて重力砲を発する。
ニコラスは横っ飛びで回避して、銃を乱射した。
紫電が重力壁で防ぎながら、竜成へ重力の球を重力で押し出して加速させた。
竜成は動きにおぼつきがあるものの、何とかして避けて見せる。
(力が無いなら、泥臭くても良い。とりあえず、粘るんだ!)
竜成が地面にある空き缶や石を拾い上げ、投げつける。
「鬱陶しいな。ハエが」
その物体を止める紫電が竜成1人に対して、重力弾・重力球・重力砲その全てを用いた。
ハエは本気でやらないと、逃げてしまうのだから......
(まずい......!)
突如として竜成の脳に埋め尽くされたのは......死。
「「「うおっしゃらぁぁぁ!」」」
しかし、気絶していた寿司トリオ全員が身を起こし、そして、挺し竜成を庇った。
「な、なんで......」
竜成は顔に血が飛び散り、困惑する。
「お前は全員に期待されてる......なら、ここじゃ死ねねぇだろうが......」
「流石に気絶したままはカッコつかねぇからな......」
「仲間助けるのに理由は要らねぇ......!」
寿司トリオは3人共々、致命傷を食らい、地面に伏せた。
「ちっ」
紫電に舌打ちと同時にニコラスの射撃が始まる。
重力壁で防ぎつつ、重力弾で応戦する。
ニコラスも軍人の動きで弾を回避し、狙いを定めて撃つ。
(俺だってやってやる......!)
そこには竜成の投げた空のペットボトルや木片も含まれている。
「ちょこまかと......ん」
その時、重力砲を打とうとした紫電の背中にあるものが張り付く。
それは『不正知』の左腕だ。
『不正知』は完全に消滅するまで使命を全うする!
『不正知』が最後の足掻きとして、髪を引っ張り、紫電に地面に落とした。
「でかした! 『睡』!」
ニコラスが緑の円を完成させる。
紫電は立ち上がって、後ろに下がろうとしたが、少し手が円に触れてしまい、その場に膝から崩れ落ちた。
(一瞬、触れただけでこれか......! 体が言うことを聞かない!)
全生物、睡眠と堕落には抗えない。
その頃、1歩......踏み出す男がいた。
比舎 竜成である!
竜成は全力を振り絞って、紫電に殴り掛かる。
(どこを間違えた......!? いや......違う)
紫電はなんとか重力壁を作り出すも......出力の低い状態で竜成に破られないわけがない。
「うぉらぁぁぁぁ!!!」
そして、この場にいる全ての思いを引き継ぎ、その想いの強さを紫電の心臓に叩き込む!
「げはぁっ......!」
減速したとはいえ、直に食らった紫電は遥か遠くの地面まで運ばれ、
(家族も友達も恋人も他人ですら私から離れていって、妬ましかったんだ、幸せに過ごす奴らの顔が。それでも、私が私を捨てきれなかったんだ.....生まれ変われるのかな......私)
紫電は上に手を伸ばしたまま、目を閉じた。
「お......おぉ? おぉ!? 勝ったんだな!!! よっしゃぁ!!!」
ニコラスが雄叫びを上げて、喜ぶ。
「っ......勝ったんだな......!」
竜成には密かに達成感が体を伝う。
「あれ......? もう、終わってる? かふっ」
秋有は身を屈めながら、血を吐き出すが、手の力が抜ける。
誰もが、この戦いが終わったと思った。
「ぐふぃっ......は?」
突如、ニコラスの心臓が光沢がある黄色い爪のような何かに貫かれた。
辺りの静寂が自身の鼓動にすり変わる。
全身に降りかかる悪寒が、その場にいた全員に知らしめた、戦いは終止符が打たれたのではない......これからなのだと......
ただ、この絶望感、竜成は1度味わったことがある。




