誰かにとって最高な日-即-
------骨組みだけが残りながらも、燃え続けるジムにて。
サイトは光沢のある赤い斧を握ったまま、戦意喪失し、地面に伏せていた。
(あれ......仕事内容は捕縛だっけ? 殺害だっけ? まぁいいか)
凱十が倒れたサイトに歩き寄り、杖を構える。
「とりあえず、トドメを刺せばいいか......」
そして、杖を振り被り、その鋭利な杖先を突き出そうとした時、サイトが避ける。
「っ!?」
(なぜ動ける? 僕の能力で記憶を消したはず......!)
凱十は唾を呑み込んだ。
「うぐぁ!!!」
サイトが全力で起き上がる。
すると、不思議そうに辺りを見渡した。
持っている物でさえ、自分の物でないかのように見つめる。
だが、一貫して怒りを宿したままだ。
(まさか......記憶がないのに、動けるというのか!? 有り得ない!)
凱十は警戒し、距離を取る。
「うがぁぁぁぐ!」
サイトは一瞬で距離を消して、横へ斧を繰り出す。
「なっ!」
凱十は焦りつつも、後ろに下がって回避し、白い光線を撃つ。
それに当たり、サイトが一瞬止まるが、また、凱十に向かって動き出した。
「うぎぃぃぃあっ!」
今度は乱れた斧の突き上げだ。
凱十は間一髪で避けるが、髪に掠り、そのいくつかが地面に散る。
「格好良くしてくれてありがとう」
(さて、どうやって攻略したものか......)
凱十は冷や汗を流しながら、勝機を見極めている。
サイトが動けている謎、それは......サイトの煩能『忿』は怒りを纏わせる故、能力で強化した物に触れ続けている限り、憤怒のエネルギーが体中を巡るからである。
つまり、今のサイトは怒りの赴くままに暴れる狂戦士と化しているのだ。
(かなり、厄介ではあるが、能力自体は効いてる......その隙を突けば......)
瞬間、そう思った凱十の頬が裂けた。
目をやると、サイトは左脚を振り上げている。
(なっ......見えなかった......怒りでリミッターが外れたのか!)
凱十は唖然としていた。
「ヴゥ......ワァウ!」
サイトが追撃の斧を仕掛ける。
今度の凱十はしっかりと攻撃を認識し、横へ飛び、サイトに杖先を放つ。
(勝機はここしかない!!!)
しかし、その杖は突き刺さることなく、砕かれた。
(はっ?)
その時、サイトはそれに合わせ、全身へ『忿』を纏わせていた。
滾る憤りの権化......修羅と成る。
身体は強靭で斧は強烈、鎧は頑丈、顔には悪鬼。
下の世界で厳しい罰を授ける赤鬼が地獄から這い上がってきたのだ。
いや、ここ自体、炎に包まれているのだから、凱十はいつの間にか地獄に突き落とされていたのかもしれない。
「ふざけるなよ!」
凱十が闇雲に『忘念』を放ち続けるも、赤鬼の歩みは止まらぬ。
そして、サイトが胸に重い蹴りを与え、凱十は回避する余裕もなく、後ろのスタッフルームまで弾け飛んだ。
立ち上がるも、眼前には今から地獄の刑を繰り出そうとする赤鬼が......
(っく......ここはしょうがない! 『忘念』......解除!)
記憶が一気に入り、脳内処理が追いつかなくなったサイトを後目に逃げる気だ。
しかし......止まることなく、斧は振り上げられている。
「な、なんで......」
直後、振り下ろされた斧頭に左肩を砕かれた凱十はその場に倒れ、意識を失った。
「なんでって......? 記憶の処理が始まる前に動いたからっな......っ」
脳のやられたサイトが泡を吹いて、地面に顔を打ち付けた......
------その少し前、田中は倒壊した塔の付近にいた。
(あいつらなら、この程度は倒せるはずだ)
と、田中は倒した協会員を集めて、縄で縛っていた。
しかし、急に空間を切り裂くような音が聞こえ出す。
「......ん? あれは......!?」
田中はあるものが飛んでくるのを見て、すぐに駆け寄り、抱え込んだ。
あまりの衝撃に後ろへ滑る。
腕に入っていたのは気絶した美付子だった。
(誰がやった? サイトは? いや、とにかく、生きているのは良かった......が)
「その余韻に浸る間もくれないのだな」
その直後、昂大が落ちてくる。
そして、家屋を踏み潰しながら、顔を出す。
「お前を倒せば。俺は真の最強に成れる!」
「ふぅ......とりあえず......死ぬか?」
田中が近くの家へ傷つけぬよう丁寧に美付子を置く。
「それはお前だなっ!」
「ルールはどうする?」
「ルール? 必要ないだろうっ!」
「じゃあ、そうだな......俺はお前を拳のみで捩じ伏せる」
そう言うと、田中が臨戦態勢に入る。
「嘗めるなよっ! 俺は無敵だぁぁぁぁぁ!」
昂大が木の幹のような右腕を振り抜く。
しかし、突如として田中が眼前から消滅したかと思えば、昂大の口から血が吐き出された。
「がっ......あぁ???」
昴大は混乱しているようだった。
自分の腹筋はダイヤモンドより硬く、何物でも通さないと思っていたが、今日その確信が打ち砕かれる。
(美付子があっさりやられたことから察するに属性は痴だ。おそらく、強いと思い込むことで強さに肉体がついて行くのだろう)
「流石、最強と呼ばれるだけはあるっ! だが、まだ足りない!」
昂大が下がり気味にサイドチェストを行うと、彼の筋肉は更に隆起して、2回りほど図体が大きくなる。
(ビンゴだな)
「俺はそれを......信じない」
田中はポケットに手を入れる。
建物の隙間風が田中の髪とスーツを裾を揺らす。
前進も後退もない......
「俺の筋肉に埋もれると良いっ!」
そこに
昂大が大雑把に両腕を体ごと引くと、一気に解放されたコルクのように拳を田中へ撃つ。
あるのは
しかし、田中は既に比類なき動体視力で見切り、跳んでいた。
跳躍のみ。
昂大は拳がコンクリートの地面を抉っているせいで反応出来ない。
田中が昂大の右肩を下で掴み上げて、体を加速させると、奴の後頭部に向けて、拳骨を繰り出す。
それを受け、昂大が頭を地面にぶつけると同時、周りのコンクリートと家屋に罅が入る。
「どうやら、俺の本気を見たいらしいな......っ!」
額から鉄の匂いを流しながら、昂大はのそりと体を起き上がらせる。
すると、昂大のふっくらとしつつも、ダイヤモンドを纏う、剛柔を兼ね備える筋肉が収縮され......否、凝縮されていく。
(最適化された筋肉は美しい.......っ!)
その筋肉は無駄が削ぎ落とされ、彫像のように、彫像以上に仕上がっていき、いよいよ、完成を迎える。
完成された肉体は肩に大きな重機を宿すまでに至った。
「お前にこれが見えるかなっ!」
瞬間、足を置いていた地面が消し飛び、昂大は音を置き去りにした......はずだった。
「うべべべべべべべべべっ!」
動き出す前に昴大へ隙なく容赦なく拳のラッシュを叩き込む。
(これ以上、被害を増やすわけにはいかない)
前に田中の煩能『不信』は相手の能力を無効化出来ると説明したが、細かく言えば誤りであった。
実際は能力を透過する事ができる。
ただ、これは防御面だけでなく、攻撃にも使用可能でどれだけ能力で守っていても田中の前では無力なのだ。
(この手のタイプは強いが、ある事柄にたどり着く時、一気に弱くなる。まさに諸刃の剣だ)
田中は連撃を止めない。
(なんで......だ。俺の筋肉は最強で矛をも通さぬ盾なのに......俺よりも小さく、年寄りの男が......なぜ!)
防御などまるで意味を為さない。
する前に弾かれ、叩かれ、撃たれるだから。
(諸刃だからこそ、逃げさせない。相手が武器を使っていたから負けたのだと都合の良い解釈をさせないように奴と同じ土俵で力を見せつける!)
拳の速度は加速し続け、ある一撃で昂大を吹き飛ばすまでに育つ。
この攻防で家屋は塵と化していた。
ただ、人は既に避難しており、悩みの種にはならなかった。
昂大に蓄積された衝撃は想像すら出来ない......だが、奴は建材の下から起き上がろうとして、戦う意思を見せる。
「がはぁっ......」
昂大の肉体と精神は......崩壊しかかっていた。
(俺は最強なんだ......! 誰にも負けない......! はずなんだ!)
「仲間を倒し、力を見せ、全力まで使った......やれることはやっただろう」
田中は昂大に近寄って、情けでもあるかのような目で覗く。
「くぅ.......! せめて、一矢報いてやる!」
その時、怒りで立ち上がった昂大の放たれし右腕は赤子のように無力なものと認識さえ出来た。
(一矢......か、倒す気がないな。その時点で......もう負けだ)
「発勁を食らったことはあるか?」
田中は繰り出された拳を戯れるように左手で止めて言う。
「白鶏は食ったことが......」
もう、その声には覇気も闘志も自尊さえも乗っていなかった。
「そうか」
田中はありったけの力と気を左拳に込め、昂大の鳩尾へ放つと、刹那......衝撃波とともに大爆発が発生した。
「がぶっ......ぐっ......!」
そこから、抵抗する間もなく昂大は1km先の建物まで吹き飛ばされる。
その場で倒れた昂大には前ほどの筋肉量はなく、萎み、意識を失っていた。
「お前の敗因は自分の強さを知ろうとしなかったことだ」
田中は勝杯としてショットを少し呑んだ。
しかし、その光景を見ている者が1人いた......生明である。
「あの昂大を無傷で倒すか......予想以上の怪物だな」
(まぁ、だけど。田中が塔へ向かうのも、昂大が田中に挑むのも、昂大が負けるのも、全て......想定済み)
田中はその異様な視線に気付き、右に振り返ると、生明と目が合った。
(生明 光輝......!)
田中の目は見開かれている。
「作戦が成功するまで寝ててね?」
生明は手を振りながら、棒状の赤いスイッチを押す。
その瞬間、田中のいた地面の下から突如、爆破の渦が発生し、田中が巻き込まれる。
瓦礫と爆炎が塔の周りを覆い被し、田中の生死を曇らせていた。




