誰かにとっては最悪の日
木造の焼肉店にて。
「何名様ですか?」
「2日前に10人で予約した田中だ」
「あ、田中様ですね。でしたら、あちらのお座敷へどうぞ」
田中は店員から会計票を受け取ると、奥の座敷へ靴を脱いで、上がった。
皆も同じような所作で入っていく。
一同は座布団に座る。
グラスとジョッキを掲げている。
「じゃあ、今から親睦会をしまーす。新しく入った竜成と仲良くしてやってくれ。あと、じゃんじゃん注文して、元を取れ。まぁ、とりあえず......」
「「「「「乾杯!!!」」」」」
グラスがコツンと一斉に当たった。
そして、竜成が自己紹介することなく、親睦会は始まる。
皆はわちゃわちゃと注文を取リ出すが、その中には上にいた人たちがいた。
「あの、田中さん......紹介が軽すぎるのも気にはなるんすけど......なんで、上の人たちもいるんですか?」
竜成は耳打ちする。
「そういや、言ってなかったな......煩能軍には2つの軍があってだな。1つは俺たち、能力者の軍。2つは非能力者の軍だ」
「非能力者の軍? それって......」
「ああ、上の博物館の連中だな。能力がなくても、実務で支えてくれる奴が必要なんだよ。あ、ただ1人だけ違う奴が......」
ペラペラと長い話を展開しようとした時、竜成の隣へあの受付で糸目の女性が酒の入ったジョッキを手に持って来る。
「竜成君だっけ? よろしくね。私は受田 美付子。一応、ベテランよ」
おっとりした喋り方とは裏腹に行儀が悪いのか、竜成の肩に腕を起きながら、酒を呑んでいた。
(酒臭い......)
竜成は反射的に鼻を摘んだ。
「こいつがさっき言ってた奴で、お前と同じ装備型だ。知りたいことがあれば、博物館の休憩時間中に寄るといい」
田中はというと、始まって数分でジョッキを7杯ほど呑み干していた。
(ダメだ、この2人......)
「元本部勤務だったから、腕は立つ方よ」
「......そういや、本部についてあんまり聞いたことないんすけど」
「まぁ、腐ったリンゴどもの群がりだわな。思い出すだけでも、怒りが募る......美付子と本部の愚痴でも言い合いたいから、別の席に行ってくれ」
「はっはい」
(圧が凄いな......)
竜成が別の席へ移動するも、そこでは異様な光景が目に入る。
「ぐがぁぁぁぁぁ.......!」
「次は何を焼くべきか......
「マグロを食わせろ!」
「なら、頼めよ!」
「めんどくせぇんだよ!」
壁にもたれかかって寝るニコラスと明らかに1人前だとは思えないほどの肉を焼くサイト、それに寿司の取り合いをするガイドらが3名だ。
「サイトさん、この状況はなんです?」
竜成は困惑を隠せない。
「安心しろ。こういう時、ニコラスはいつも寝てるし、こいつらは肉嫌いな寿司トリオだ。俺が言うのもなんだが、多分、あっちの女子たちに混ざった方がいい」
確かにその方が良さそうだと竜成は思い、もう1つ奥のテーブルへ行くと、雨鴉と秋有、眼鏡を掛けた女のガイドが1名いる。
「あ、タツちゃん。あっちは暑苦しかったでしょう?」
雨鴉が隣の空いた座布団を叩き、座るように促した。
その通りに竜成は座ったが、顔には赤が宿っている。
「いや、まぁはい......あ、塩タン貰っていいですか?」
気を紛らわそうと竜成が切り出した。
「どんどん食って、どんどん強くなりなよ!」
雨鴉は幾枚かのタンとその他の部位を網からトングで取ると、取り皿を出して、そこに置く。
山盛りだ。
「多っ......」
竜成は見上げて、箸を持つ手を止める。
「ほら、トキちゃんも!」
「私はちょっと......あ」
雨鴉は遠慮なく、秋有にも同じようにもりもりと積んだ。
「秋有、もし、食べれないなら少しぐらい食うよ」
そういう竜成はどこか悲しげだった。
なんとなくではあったが、理解していたのだ。
いつも通りの日常には戻れないことに......
両親が仏になり、竜成の心には抜けきれないほどの棘が刺さっていた。
そんな竜成を支えているのは奴への復讐心だけである。
だから、同い歳の同僚を見ると、その頃に引き戻される感じがして、懐かしく、そして、悲しく思ってしまうのだ。
「大丈夫ですか?」
それを感じ取ったのだろう。
秋有が机に手を乗せて、顔を近づけてくる。
「うわっ......!」
その拍子に竜成は頭を壁に打ちつけた。
「もう、ほんとに......念の為に唾付けよ」
雨鴉は舌に指をやった後、竜成の頭へ擦りつける。
「ありがとうございます......」
「竜成くん、私は平井って言うんだけど......」
奥に座っているガイドの女が竜成に話しかける。
「ヒラちゃん、するタイミング......絶対に今じゃないわよ」
「えっ......でも、挨拶はしとかなきゃですよね!」
「ほんと、前向きなんだか
ゴォォォォォォォォォォン。
その音は騒乱も静寂も掻き消し、辺りを轟音で呑み込んで、一同の耳の中を巡り巡り木霊させた。
ドゴァァァァァァァァァン。
更にはもう1つ、先とは違う新たな災いが咲き始める。
「きゃぁぁぁぁ!」
「なんだ、なんだ!?」
「嘘だろ......?」
店内の幸せは焦燥感に成り代わった。
田中が急いで、店のドアを殴り開ける。
......目の前には上半分が崩れ、下にある住居を壊さんとしている塔と全てを燃やし尽くす轟炎が左にある建物に広がっていた。
「倒壊してるのは塔かい?」
田中の顔に緊張が走る。
「親父ギャグ言ってる場合ですか!」
「そうだな......これはちとやばいな。俺は前方、お前と美付子は炎の方を!」
そう言うと、田中は一気に地面を蹴り上げて、最速で駆け抜ける。
「「了解ッ!」」
それと同時にサイトと美付子が息ぴったりで走り行く。
店内はパニック状態に陥っていた。
驚愕する者、泣き崩れる者、喚く者、通報をかける者が辺りを埋め尽くす。
そんな中、竜成らは佇むことしか出来なかった。
喉が震える。
心が揺らめく。
恐怖が胸を締めつける。
(俺には、まだ力がない......だけど、この人たちはなんとしてでも守り抜く!)
竜成は1人成長しようとしていた。
そして、圧倒的強者の背をなぞらえようと藻掻いている。
ただ......そんな状態になってもニコラスは腹を出して眠っていた。
------ある家屋の屋根にて。
「さて、ここからだ。存分に楽しみ尽くすといいよ。この夜に誰が死ぬことになるのかな......興味深いね」
解放協会のリーダー生明 光輝は仮面の奥で笑い、この結末がどうなるのかを楽しんでいた。
------その時、田中は既に塔の眼前にいた。
(火薬の臭いはないが......なにかに押し潰されたような跡がある。要警戒か)
上着からナイフを1本取り出すと、倒れている塔と同じ高さまで跳躍する。
そして、拳を壁へ向かわせて全部を粉砕すると、細々とした瓦礫をナイフで切り、被害を消滅させた。
(犯人らしき者は見えない......逃げられたか。いや、遠隔操作の出来る能力を持っている可能性があるな)
華麗に着地しながら、辺りを見て、思考を巡らせた。
------一方、燃え盛る建物にて。
「ここはジムか!」
中に飛び込んだサイトが鼻と口を塞ぎながら、声を発した。
「しかも、怪我人がいるわね。夜だから少ないとはいえ、流石にこんなあっつい炎に当てられちゃあね」
「消火器と担架、どちらともないです」
「じゃあ......とりあえず、運びましょうか」
美付子は女性とは思えないほどの怪力で2人を持ち上げると、安全に外へ放り出す。
サイトも同じく動き、少ししたら、全ての怪我人を運び終えた。
「雨鴉を呼んで来れる?」
「分かりました。では、番を頼みます」
サイトが振り返って走り出そうとした瞬間......
ドゴァァァァァァァァァン。
豪炎が空気を裂き、爆風が2人の髪を大きく揺らす。
場所は焼肉屋のすぐ後ろだった。
しかし、駆けようとしたサイトの歩みを複数の跫が止める。
「そう易々とは行かせてくれないわけだ」
そこには多くの武器を向ける者どもがいた。
「人間は雑菌の塊」
「故に排除は揺らがん」
一番前には2人のマスクを付けた男が刀の刃を向ける。
-----それは田中の方でも同様だった......
「お前ら程度、烏合の衆に過ぎないな」
ただ、強そうな奴が3人もいる。
「俺の名は巻宮 総二郎! お前と闘えるのをずっと待っていた!」
白髪に褐色肌を携える巻宮は不敵に笑った。




