瞋じない者
今から数十分前、ある宝石店にて。
いつも通り、黒色の塗装がされた店の中には煌びやかなジュエリーをガラス越しへ並べている。
今日も多くの人が買いに来ていた。
しかし......
突如として、側面に置いてある窓ガラスが割れる。
すると、赤いフードに緑のキャップを合わせる男と黒のフードを着ながら、ガスマスクを付けている男が入ってくる。
「キャアァァ!!!」
近くにいた女性が叫ぶと、それに感化された人たちが混乱し始めた。
「お宝さん、こんにちは!」
「そして、邪魔者さん、さようなら!」
ガスマスクの男の手から灰色の霧が発生する。
吸い込んだ人々は震えながら倒れていく。
その間にガラスは全て割れていた。
キャップ男はハンマーを手に持ち、顔にはマスクを付けている。
「へっへっ!」
「ザクザクだぁ!」
2人は宝石類を黒のバッグに詰め込んで、店を出ると、近く路地裏へ入っていった。
(さっきの音はこいつらか!)
「止まりなさい!」
巡回中の1人の警察官がその道を塞ぐ。
しかし、
「能力ゲッチュしてから出直してきな!」
キャップの男が足から出した何かで地面を白色に塗り替えると、まるでベルトコンベアに乗った物のように前へ加速する。
そして、その勢いままに警察官を蹴り飛ばし、そこから走って逃げる。
この街はもう、てんやわんやだ。
------田中たちは隣町のビルが立ち並び、車の通りが多い区域を走っている。
「ぐがぅあ〜......」
田中がハンドルを握る黒塗りのSUVに見知らぬ金髪の男が後ろの座席を全て使って寝ていた。
「なんか流れ的に訊けなかったけど、後ろの奴誰だよ」
竜成が小声で田中に訊く。
「ニコラス・ハルバー、アメリカ人。これぐらいで良いか? あと敬語な」
「まぁ、名前が分かりゃあ良い......ですよ」
(踵落としは勘弁だな......)
竜成はその言葉に従った。
「伝えておくが、警察によると、犯人は2手に分かれたらしい。だから、こっちも別々で行動する。お前はニコラスと一緒にいろ」
「この人って強いんですか? 全然、そう見えない......です」
「強くはない」
田中がきっぱりと言う。
「えっ?」
「だが、優秀ではある。この世界は強さが全てではない。現にこういうシチュエーションでニコラスの右に出る奴を見たことがないんだ」
「田中、さんって人を褒めることなんかあるんですね」
「まだ、会ってから数時間ぐらいだろうが......とはいえ、珍しいのは確かだな。それだけ、ニコラスに助けられているということだ。主に精神的にな」
田中は近くにあった30分200円の駐車場に入ると、機械から出た駐車券を手に取り、ブレーキを踏んで、車を止めた。
「情報はもう伝えてあると思うが、ガスマスクの方は俺がやる。片方はお前らに任せる。料金が400円になる前に終わらせるぞ」
そう言うと、田中が竜成の視界から消えた。
(速っ!)
「んあっ? もう着いたか? ......んじゃ、俺たちも行くか。え〜っと......」
ニコラスが車からぬるりと出てくる。
「竜成だ」
「あぁ! そうだそうだ、タツナリ!」
ニコラスがにかっと笑う。
「ある程度の痕跡があると言っても、無闇に探して見つかるかどうか......」
「ぶっちゃけ、俺からすれば、田中さんに任せりゃモーマンタイだと思うけどなぁ......今は猛烈に寝てぇ」
(なんで、こう......変な人たちしか居ないんだ!)
「それは仕事が終わってから......」
「あ、いた」
「えっ」
竜成が奥を見ると、そこには1人になって逃げるキャップの男がいた。
「やっべ、見つかった......!」
気付いたキャップ男は能力を使って滑りながら、車道を移動する。
人々はブレーキを踏むも、たちまち、制御が効かなくなり、滑るように近くの店や車に衝突する。
「あの感じ......合ってるってことだよなぁ!?」
ニコラスが腰のベルトに掛けてあるものを取り出した。
それは......アサルトライフルだ。
瞬間、弾丸の嵐がキャップ男を襲う。
不思議なことに発砲音はしない。
「銃ってマジかいな!」
キャップ男は上手いように車や標識を能力で利用して、その襲撃を回避する。
「あれ、どうやって追うんだ?」
「だりぃけど、車で行くしかねぇな!」
2人は急いで元の位置まで戻ると、車に乗り込んだ。
ニコラスが運転し、キャップ男を追う。
車内はがたがたと揺れ、今にでも倒れそうだった。
「もうちょっと、ゆっくり出来ないのか!?」
「すまぁん! じゃねぇと、寝ちまうんだわ!」
キャップ男が急に曲がったり、店の駐車場に侵入したりしたが、それでも、ニコラスは標的の影を見失わなかった。
「しつけぇなぁ!」
(これなら、いつかは逃げれ......)
その時、運転席の窓からニコラスと銃口が顔を出すと、
(嘘だろ......!)
他の車の隙間を縫った弾丸がキャップ男に攻撃する。
幾つかは掠ったようで、そこからは血が流れた。
すると、キャップ男が2人へ向き合う。
「ん? なんかこっち向いたぞ。ちょっ、まさか!」
ニコラスが焦燥感に駆られる。
急にキャップ男が減速したかと思えば......能力を発動し出す。
「うおっと、やばいねぇ! こんなことならもっと寝とくべきだったな!」
「そんなこと言ってる場合じゃ......!」
車が白い面に乗り上げると、途端に制御は利かなくなり弧を描くように蛇行して、3階もあるアパートの壁に突き刺さる。
(やったか?)
キャップ男が禁忌を放つ。
大破した車のドアが開く。
そこからは血塗れの2人が出てきた。
「眠気が飛んじまったじゃねぇか......!」
「痛ぇ......」
(けど、あの時と比べれば......!)
能力者への恨みをトリガーに竜成の右手には、もうメリケンサックが嵌められていた。
------一方、田中は宝石が入ったバッグを持っているガスマスクの男を追跡していた。
路地裏のようだ。
(なんだこいつ!? バイク使ってんのに追いついて来やがる! 人間じゃねぇ!)
ガスマスク男が道で奪ったバイクで走り出すも、田中は壁を交互に蹴って、奴と同じ......いや、それ以上の速度を出していた。
「おい、止まれ。無駄な抵抗はしないことだ」
田中は依然、冷静だ。
(いずれ、追い付かれるなら......殺っちまうしかねぇよなぁ!?)
ガスマスク男は仲間と同じ選択を取って、バイクを急に横で止める。
「どこの誰だか知らねぇけどな。俺のガスマスク、何のためにあると思う?」
それを訊いた田中も足を静止させた。
「感染予防とかか? 最近、インフルエンザがえぐいもんな」
「違ぇよ!!! それなら、普通のマスク使うっての!!! はぁ......答えは俺の能力が毒ガスを出すもんだからだよ!!!」
ガスマスク男の手から灰色の霧が放出される。
「ほう」
霧に包まれた田中の気配がパタリと消えた。
「どうだ!? 無愧の力は!?」
(この毒ガスは即効性&即死性が備わっている! フルパワーで出したのなら、死は免れない!)
無愧......他人の目を憚らず行動する者である。
「無愧なんて信じない......
しかし、田中はいつものように立っていたのだ。
(毒の耐性でも持ってやがるのか!? それでも、長くは持たないだろ!)
ガスマスク男は毒ガスを出し続けるが、
そして、俺は......お前を信じない」
まるで、空気に刀を振り下ろすように思えた。
「なんで、効かな......」
瞬間、田中の隙を掻い潜ったラリアットが飛ぶ。
速すぎるあまり、ガスマスク男の両眼から田中が消失する。
(力が違いすぎる......!)
その一撃を受けた敵は壁に全身を打ち、ノックアウトだ。
「あっちは順調だと良いが」
田中 正俊、42歳。
『日本煩能軍フクシマ支部長』かつ『対能力者最強』
煩能『不信』......能力の内容を信じないことで相手の効果を無効化する。
そんな男が早くも、1人を確保した。
------ニコラスの方に戻り......
アパートの駐車場で3人は向かい合う。
「今回は見逃してくれよ〜......な? 宝石は仲間が持ってるわけだしさ!」
キャップ男は逃げるでもなく、2人へゆっくりと近寄った。
「とはいえ、みすみす見逃すわけには......」
「俺の睡眠時間を取ったのは罪だぜぇ?」
ニコラスが竜成の前を立つ。
そして、容赦のない乱射を繰り出した。
「危なっ! なぁ、平和にやろうぜ......!!!」
キャップ男は辺りを白一色にして、回避へ徹する。
途端、急に方向転換してニコラスに突進を仕掛ける。
弾けるような音がしたが、
「名声稼ぎか?」
ニコラスは案外、冷静に判断し、銃を盾にして防いでいた。
「いいや? ただの好奇心だよ。やっぱり、戦闘は肉湧き血躍るね!」
その時のキャップ男の声色は恍惚としていた。
明らかに強盗向きの性格ではない。
(血湧き肉躍る、だろ......!)
竜成は心の中で突っ込む。
「元軍人のフィジカル......嘗めんなよ!」
ニコラスが銃を腰に掛けると、左腕を引き、勢い良く突き出した。
「止まって見えるぜ!」
だが、キャップ男はすり抜けるように回避し、3連撃をニコラスの胴体に打ち付けた。
「隙ありだな......」
ニコラスが手をかざすと、その場所に緑色の円が出来上がる。
能力か......食らいたい気持ちもあるけど......なんか、やばそ)
ただ、それすらもキャップ男は後ろに滑って、影響を消す。
「忘れてんなよ!」
竜成が拳を固め、横からキャップ男の間合いに入ると、右手を放つ。
「遅せぇなぁ!」
キャップ男が能力によって勢い付けた裏拳で竜成を吹き飛ばす。
「うぅっ......!」
あまりの威力で竜成が6m先の鉄柵へめり込む。
「タツナリ!?」
(マジか......勝ち目ねぇな。能力でワンチャンあるかも知れねぇが、当たる確率はほぼゼロだ! 鬱陶しい動きしやがって)
やいやいと反復横跳びするキャップ男が頭に浮かぶ。
ニコラスは銃を拾い上げて、撃つ準備を整える。
(背中から受けてこれか......! だけど、まだ動ける! ここで動かなきゃ、何のために能力を得たか分からくなっちまう!)
「ニコラスさん......まだ、行けっぞ!」
血に包まれている竜成が声を張り上げる。
「お、生きてたか......ひとまず、逃げるぞ! あのボロ車で......!」
「ニコラスさん。俺に一旦、任せてくれよ」
「良い策......何を言うかと思えば......」
(今まで振り返れ......答えは必ずある!)
「とりあえず、見ててくれよ! なぁ、敵さんよ。そのキャップ、ちとだせぇぞ」
顔つきの変わった竜成が手をくいっと戻して、相手を挑発した。
「見る目ねぇな! ブランド物だぜ?」
それを見たキャップ男から薄ら笑いが漏れる。
そして、竜成の方へ滑って加速していく。
(見てたから分かる! 能力は加速じゃねぇ! バナナの皮みたいに摩擦が消えてんだ......!)
「ガッ......」
その間にキャップ男が竜成の鳩尾へ届いていた。
防御すらままならない。
が、意識をギリギリで保った。
(ただ、滑った後には能力を切ってた。つまり、奴は能力発動中、常に等速直線運動だから止まれねぇ!)
竜成は一瞬にして、答えへ辿り着いた。
だが、竜成は拳を構えるだけでなにもしない。
(やっぱり、ダメージが深いか!)
ニコラスはいつでも撃てるよう、アサルト銃の弾を補充していた。
(拳を放つんじゃ、間に合わないんなら......拳を......置く!)
そんなことはいざ知らず、キャップ男が竜成の眼前まで行き、右拳を振り抜こうとする。
当たる寸前、避ける動きも見せない竜成の腕がある高さで止まると、なぜか物凄い衝撃とともにキャップ男は吹き飛んでいく。
(はっ?)
キャップ男は近くの車に衝突して、助手席に座り込みながら、意識を失った。
本人ですら、理解出来ていない。
「なっ......! なにをしたんだ! タツナリ......!」
「拳を突き出しただけですよ。ただ、相手の能力を利用しましたけど」
「なるほどな、あの速さが仇となったわけだ。タツナリ、すげぇなぁ。じゃあ、後は捕縛だけだな」
ニコラスは竜成の左肩を軽く叩くと、キャップ男の方へ向かっていく。
すると、ニコラスの後ろに一つの人影が現れる。
2人が警戒してその方を向くと、
「......ニコラス、竜成、よくやってくれた」
そこに居たのはガスマスクの男を引きずる田中だった。
住民1(なんかうちの壁壊れてんやけど......)
住民2(なんか外で喧嘩してるんやけど......)
住民3(なんかうちの車壊れてんやけど......)
※なお、被害総額は田中が自腹で立て替えました
意外と苦労人な田中であった




