未来の未来
「んじゃ、もう用済みだからずらかるわ。じゃあな」
田中が監獄を後にする。
「なぜ、悪人口調......」
錨銛はきょとんとしていた。
------田中は黒のSUVに乗り、竜成を乗らせて拠点へ戻っていく。
(竜成も強化することに変わりないが、最優先はサイトだな。あいつは......化ける)
何事もなく、辿り着くと、車から降りて竜成をチョップで叩き起こす。
「ぶへぇ!」
竜成の心身はともに痛めつけられていた。
そして、早く帰ろうと竜成がドアノブを触れようとした時、
「よっす!」
中からバタンとドアが開き、竜成は吹き飛ばされる。
竜成が痛そうに尻をつく。
そんなことをしたのは、紫髪の男だ。
「もう着いてたか。今後、世話になる」
「良いですよ〜そんな堅くなくて! で、そちらは?」
男は明るい笑顔で接する。
「ぐ......比舎 竜成です......」
(これが海の重さか......)
竜成は今にでも、倒れそうだ。
「礼儀正しくて良いね〜ボクは未来 夢夢! よろしくぅ」
夢夢は変なテンションで話す。
(あれ......どこかで見たような......)
竜成は思考を巡らせる。
「よし、じゃあ皆に会いに行くか。ただ、今回の歓迎会はなしだぞ」
「ええぇ......まぁ事情が事情なんでしょうがないですよねぇ」
なにも言わず、夢夢が竜成を背負う。
「ありがとうございます......」
「これは一種の敬意だよ。君たちは未来を背負う人材だからね」
夢夢は軽口ながら、そう言った。
(おぶられたの、いつぶりだろ......父さんが子供の頃によくしてくれたっけ。天国で元気してっかな)
竜成は昔のことを思い出していた。
ただ、その過去に戻ることは出来ない。
仲睦まじい親と子は二度と食卓を囲むことはないのだ。
2人は階段を靴の音を響かせて、降りていく。
田中が門のような大きな扉をスイッチで、眼の前には雨鴉と秋有が迎えてくれていた。
「2人ともおかえり......って、なんで『予視』ちゃんがいるの?」
「あ、分かっちゃいました?」
「『予視』......あ! タレントの!」
竜成は様々な番組の光景を脳裏に浮かべていた。
「一応、本職は煩能軍なんだけどね〜」
夢夢の本職は煩能軍であるが、その裏の顔は二足の草鞋を履くどころではなかった。
モデル、トレーナー、動画クリエイター、神崎新聞社の記者、予見者系(※そんなジャンルはない)タレントなど様々である。
「ボクって有名人〜」
夢夢は眼鏡を押して、おちゃらけている。
「竜成、その怪我どうしたの?」
秋有がおどおどと体を震わせながらも、訊く。
「わっ、君可愛いね......それはそうと、田中先輩、どうなんです?」
夢夢は後ろを向いて、興味津々に目を輝かせた。
「あー、なんだ。犯人たちを引き渡した後、竜成が獄長に挑んで、ボッコボコにされた感じだな」
「「えっ」」
雨鴉と秋有が硬直する。
「度胸あるなぁ! ボクだって闘おうとは思わないのに」
「なんか俺から言ったみたいになってるけど、違うからな......!」
「とりあえず、お前は治療されとけ。夢夢、行くぞ」
「はぁい」
田中が訓練場の扉を軽く開ける時に夢夢が竜成を下ろすと、雨鴉は唾を付けるなりして、治療を施す。
2人とも訓練場への一本道を通る。
「ふんっ.......」
男の声が小さく木霊する。
それは2人が場に近づく度、
「ふんっ......!」
大きくなっていた。
「ふんっ!!!」
中へ入ると、そこには斧を縦に振るうサイトがいた。
「はぁっ......っ、はぁっっ.......」
サイトの体は汗に覆われ、足元には濃い灰色が滲んでいた。
「サイト、お疲れのところ悪い」
「いや、全然.......田中さん? その人は?」
「ああ、そうか。ラジオ派だったな。こいつは簡単に言えば......」
「なるほど。ここに来たってことは、つまり......俺の訓練相手ってことですか」
サイトが田中の言葉に割り込み、口角を悪魔のように引き上げる。
「そういうこと〜じゃあ、始めま......」
夢夢が左腰に掛けた鞘から刀を引き抜こうとした、その時、
「ただ、狭すぎるから、工事をさせて貰うが」
そう言い、地面を拳で貫通させると、それを壁・天井まで伝播させ、綺麗な長方形になるよう破壊した。
すると、小さかった訓練場は5回りほど大きくなる。
端に立て掛けてあった藁人形と的は崩れ落ちている。
(相変わらず、えげつないね)
「そうだな......じゃあ、3分あげる。その間、ボクは一切攻撃をしないし、1度でも攻撃を当てたら君の勝利ぃ......! いいね?」
「俺の憤怒は最高潮だ。いつ始めていいぞ」
斧から1滴が落ちる。
瞬間、手から這い寄る『忿』が斧を呑み込んだ。
「凄い音がしたけど、何してるんだ?」
竜成が顔を出す。
「良いところに来たな、一緒に行く末を見守ろう」
竜成は無言で頷くと、田中と同じように端へ寄った。
「よ〜い、ドン!」
夢夢が手を叩くと同時、サイトが縦に真っ二つするべく切りかかる......しかし、紙一重で夢夢は右に移動して躱す。
すると、サイトは切り返しを狙い、下ろした斧を横に一閃。
しかし、夢夢。
右に半歩。
しゃがみ。
脚が来る前に、彼はそこにはもういない。
「2分」
夢夢はのそりと立ち上がる。
(っく......回避の度にいつにでも攻撃してきそうだ......!)
どういう原理か、夢夢の一挙手一投足は全て回避・攻撃に繋がるようになっている。
サイトが焦りながらも、体勢を立て直す。
そして、斧で突きを繰り出した。
それも夢夢にとっては回避するに容易かった。
「不思議か?」
「うん......いや、はい。サイトさんの攻撃は俺が反応出来なかったものだ。いくら、四天王が強いとはいえ、こんな動きが可能なのかなって」
「あいつの煩能『不定』は......未来を定める能力がある」
夢夢の本来の能力は眼鏡の具象化。
頭で攻撃しない限り、武器として使えない最弱性能。
しかし、諦めず、肉体・精神・能力を限界まで絞り上げることによって、彼は”未来”を手に入れた。
「1分」
ただ、能力は未来を覗くだけ。
戦闘能力は本人の力有りきである。
「ふんっ!」
サイトが負けじと袈裟斬りを仕掛けた。
この事象は攻撃が放たれる5秒前に夢夢が視た世界に存在している。
そして、余裕を持って、斬撃範囲の逆方向に夢夢が避けた。
「30秒」
すると、サイトの左脚が跳ね上がる。
その脛部分には『忿』を纏わせている。
攻撃は当たるかと思われた......が、夢夢は既にサイトの背後に移動していた。
「20秒」
サイトは振り返りざまに斧の側面で夢夢を捉えようとする。
その時、斧が夢夢の体からすり抜けたように感じた。
「10秒」
瞬間、夢夢は死を纏う。
「チッ!」
(兄のため、ニコラスのためにも負けるわけには......!!!!!)
サイトは急いで、赤鬼を呼び起こし、防御面では万全だと確信していた。
夢夢が日本刀に手を掛ける。
「0秒」
キン。
シュッ......!
刹那、サイトの両眼に入ったものは......頭が首からずり落ち、横絶える様だった。
夢夢は刀身の血を払って、鞘に納めた。
......だが、実際にはサイトは何もされずに、ただ、気絶しただけだ。
「何をした?」
「こうなるはずだった未来を見せて上げました〜」
「雨鴉がいるから、怪我の方が良かったんだが......致し方なしか。ただ、精神病にでもなったら、洒落にならんぞ」
「良いじゃないですか。これで強くなるかは本人次第ですし、ボクって意外と仲間思いなんですよ」
そう夢夢は耳打ちして、外へ出た。
「ふん」
(病に侵されれば、戦線離脱で生き残り、強くなれば、それで良し......か。合理的ではあるが、倫理的ではないな)
田中はあれが強者だと言わんばかりに竜成の肩へ手を置く。
「俺......いや、俺たちってまだまだ井の中の蛙だったんですね」
「いいや、井底之蛙が悪いわけじゃない。この事態は俺が平和ボケしすぎたせいで起こったんだ。全責任はどこまでも俺にある」
田中は何かを急いている様に見えた。
------廃工場にて。
「生明さァん、集まりましたァ」
幹部と思われる薄汚い白髪の老人が刀を携えて、そう言った。
(協会員はこれで全員なのか......俺が想定していたよりも多いな)
生明は前と同じように部品が外れて壊れた溶接機に体を乗せる。
「協会員ども! 集まってくれたこと......感謝する ! 呼び出したのは他でもない。単刀直入に言おう......」
言いながら、生明が一歩一歩、着実に。
陽気に潜む殺気......しかも純粋な。
「手駒を増やすために......監獄を落とす」
監獄は機密情報、簡単に割り出せるわけがない。
しかし、生明の言葉には謎の信頼性が孕んでいる。
(年単位かかろうとも、やって見せる......!)
「ただ......その間、煩能軍の攻撃が止むわけじゃない。だから、遊軍として幾らかのメンバーは動いてもらう」
その案にほとんどのメンバーはキレた。
「そこはボスがなんとかやれよ!」
「やりたかねぇ!」
「ビビってんなよ!」
その際、持ち込まれたゴミを投げつけられたりするが、生明は微動だにしない。
「じゃあ......今......死ぬか?」
刹那、圧倒的な絶望感が一同の心を抉り取る。
「お前らを監禁して、感情を殺し、自我さえも失わせることも出来るのに、わざわざ、自由にさせてるんだ。自分の存在に感謝しておけ。計画はまた連絡する」
それだけ吐き捨てると、生明と幹部連中は裏口から出ていった。
「イカれてる......!」
「入るんじゃなかった!」
今、後悔しても意味はない。
「はっはっはっ......! 凄い圧やんなぁ!」
(いつか、隣に立ちたいのぉ!)
ただ、その淀んだ空気の中、緑髪で関西弁の男が不敵な笑みを浮かべる。
今後、この男が煩能軍を揺らがすことになる。
それを知る者は誰としていない。




