誰かにとって最高な日-空-
「フッフッフ.....この機会を待っていたよ。本当は雨鴉を殺したかったけど、まぁいいや」
ニコラスの背中から顔を出したのは『煩能解放協会』のリーダー生明 光輝である。
(あいつは......家族の仇......!)
竜成に全てを焼きつかさんとする執念の炎が宿る。
漂う血の池、両親の骸、自身の無力感、のうのうと生きている犯人......そして、嗚咽するような後味、それらを呑み込み、咀嚼し、心の蓋に閉じ込めた。
「てめぇは絶対に許さねぇ! 家族を返せ!」
竜成は我を忘れて、右拳を引く。
「誰だ、お前」
いつもの自分を形創らずに言ったそれは......自然だった。
(は?)
竜成が唖然とする。
覚えていないのか、本当に覚えていないのか。
そう考えているうちに黄色に光沢を帯びた針が飛んでくる。
そして、竜成の体は無数に穴が空く。
あの時と同じように......いや.......前とは違う。
「くっ......!」
「へぇ......顔と心臓のは弾いたか。案外、動けるね」
この感嘆もこの驚愕もこの気楽さも全てが紛い物だ。
「俺はまだぁっ......死んでねぇぞ......!」
ニコラスは能力でなく銃を選択し、発砲する。
その引き金を引く手は弱々しかった。
「お前は無視だなっ......ん?」
その時、奥から足音が聞こえる。
それは手を振る雨鴉と付き添いの平井だ。
「皆〜大丈夫かぁ! 怪我してたら、私が治療......」
雨鴉はこの地獄絵図を見て固まり、黙り込んだ。
平井も息を呑む。
ニマァッ。
仮面の奥に押し込められた生明の口が引き攣る。
(やばい!!!)
竜成は動こうとするも、脚にも穴があり、それどころではない。
ニコラスの射撃さえも通じない。
刹那、生明が雨鴉の眼前に移動し、能力で生成したナイフで喉を掻き切ろうとした。
その一殺那、激しい金属音とともに攻撃が弾かれる。
生明のナイフが衝撃で砕け散る。
「おぉ!!!」
生明の声に歓喜が宿る。
......それは爆傷でそこここが穿通するスーツを纏う男。
爆破と瓦礫に押し潰されたはずの田中 正俊である。
息切れをしているが、姿勢は崩れていない。
「遅れてすまない」
その手にはナイフと静かな怒りが握られている。
「マサちゃん!」
「田中ざ......」
「「「田中さん!!!」」」
そして、田中は竜成らの命運さえも握っていた。
「田中か......キツいねぇ」
生明は緊張しい演技をしながら、新たなるナイフを造り出し、前へ加速した。
しかし、それより速......いや、捷く、田中が生明の肉体に刃を走らせる。
輪郭が未だ捉えれぬ生明の黒々とした格好から紅き血が無数に流れ出る。
(やっぱり、今は勝てないか......)
そう鑑みた生明が右の手で指を鳴らす。
すると、焼肉店を除く3方向からタイヤが地面に擦れる音がする。
「ヒャッハー、ここで殺せば幹部だぁぁぁ!」
それと同じくして、その方から別々に3台のトラックがこちらに向かってくる。
運転手の目は狂ったように竜成たちを捉えていた。
「じゃあ、また会おう」
生明が建物の上を介して、この場から去っていく。
「くっ、待て!」
(いや、今行けば竜成と秋有が確実に死ぬ! ここは犠牲を払うべきではない!)
田中は生明を追おうとするのを止めると、
(そうだ。それが良い......まぁ、ニコラスを殺れたことと比べれば、幹部3人程度どうとでもなる)
生明が田中を目で追うのを止めた。
田中は拳を3つ放ち、トラックを破壊する。
「「「あぶっ......」」」
これにより乗っていた雑魚どもと戦火は鎮まった。
ただ、終わってはいない。
小火が後ろで消えようとしていた。
命という灯火が。
「ニコラスさん!」
秋有が顔を覗かせて、ニコラスの体を揺らす。
そう、この2人はバディだった。
それも竜成とサイトよりずっと長い。
「トキウ......無事で良かった。タツナリも無事じゃなさそうだけど、生きてて良かった。他のあいつらもな」
ニコラスは作り笑顔で振舞う。
「雨鴉さん! どうにかならないんですか!?」
竜成は自分のことを放り出して、ニコラスを気にかける。
「無理よ......心臓を刺されちゃね......」
雨鴉の能力は思い込まねば、実現しない。
つまり、ニコラスの死は確実である。
(会ってから、1日しか経ってないけど、こんなのあんまりだろ......? ニコラスさんはすぐに寝るし、運転荒いし、すぐに撃つ......でも、常にいの1番に他人を助けようとするその姿に......俺は......)
竜成は涙を我慢した。
当の秋有の目には大粒の涙が溜まっている。
「ニコラスさん......!!! あぁ......ダメですよね......こんな泣いてちゃ」
秋有は目を擦って、涙を拭う。
「トキウ......お前は泣き虫で臆病で引っ込み思案だが......お前の人生はお前の好きにしたら良いんだ。泣くのが悪いわけじゃねぇ。問題なのはその後、どう生きるかだ。強く生きろ」
ニコラスが秋有の頭に手を置き、軽く揺らした。
その手の力は徐々に弱まっていく。
彼の温かさももう時期無くなってしまう。
「ぐすっ......ニコラスさぁん......」
秋有は子供っぽく泣きじゃくる。
老若男女問わず、そう泣きたい時だってある。
醜いとか格好悪いとか関係ない、泣けば良いんだ。
「なぁ、皆。サイトに会ったらよ、伝えてくんねぇか? 先に逝ってるってよ......じゃあ、お先」
その言葉を最期にニコラスが目を開けることはなかった。
『睡』を背負ったニコラスは永久の睡眠を手に入れた。
「ニコラス......ゆっくり、休め」
田中は静かに敬礼をしていた。
------少し経ち、田中と平田が車をあのジムに回す。
すると、近くの電柱に腰掛けるサイトがいた。
田中が車のドアを開けて、サイトに歩く。
「あ、田中さん。美付子さんは無事ですか? 田中さんの方に吹っ飛ばされたと思うんですけど」
「無事だ。元本部勤務を嘗めるなよ」
「良かった! それなら......」
「だが、ニコラスが死んだ」
田中から出された残酷な一言はサイトの頭を曇らせた。
「は? .............俺が殺します」
冷静なる忿怒がサイトを蝕む。
「今のお前には無理な相手だ......だから......日々精進しろ。俺を越えるほどに」
田中が背を向けると、サイトがその背中にしがみつくように立ち上がって、車に乗り込んだ。
一同は心に突っかかりを残しながら、拠点へ戻る......その時にはもう、太陽が顔を出していた。
今回のことを受けて各々が動きを見せる。
「......どうする? これから」
博物館のスタッフルームにある長机に平井と寿司トリオが顔を合わせていた。
「「「強くなるしかないだろ」」」
3人共々、両腕を首の後ろに回す。
「そう。だよね......」
平井の眼鏡が曇り始める。
「仲間のために逃げ出す訳にはいかない」
「でも、強さって言っても色んなのがあるよね」
「確かに......そうだな」
(個々の強さじゃ、ダメだ。幹部には勝てない......)
「なら......コンビネーションを極めませんか?」
平井の決意は硬く、
「連携か......」
「ありだと思うよ」
「じゃあ、どんな状況でも対応出来るようにしようか」
寿司トリオの意志は高かった。
(死んでも、能力者は守る!)
(俺たちももっと強くならないと!)
(せめて、一矢は!)
(次は誰かを守れるようにならなくちゃ!)
その時、平井の曇りは晴れていた。
(昔もそうだった。皆を助けられない......もっと医療の力があれば......)
雨鴉は拠点の入口付近の椅子に腰掛けており、机を強く殴り、自分の弱さを嘆いた。
「ふんっ! ふんっ!」
訓練場にて、サイトが斧を振り上げ、下ろす。
「ニコラス......お前の仇を取ってやる。協会全員......鏖だ」
サイトは胸にそう決める。
斧には怒りが集まっていた。
田中は駐車場に出て、外の空気を吸っていた。
早朝らしく、その風は肌寒い。
そこに美付子が顔を出す。
「美付子。今回の仕事はキツかったろう」
「本部の時よりずっと......ね............私はもうこの仕事を辞めようと思う」
「メンタルがやられたか?」
田中は怒るでもなく、冷静に聞いた。
「いや、怖いのよ。死ぬのが......」
「死ぬこと自体は仕事をする上で知っていたはずだ」
「ええ、でも聞くのと見るのじゃあ......ね」
「そういえば、お前。お子さんがいるそうだな」
田中が死んだ目で見つめる。
美付子の頬に汗が走った。
「それはどういう......」
回答次第では......と、そう考えていた。
「育ち盛りの子供はな、お母さんがいないと悲しいんだ。だから、存分に遊んでやれ。俺たちのことは気にするな、お前はお前の人生を歩め」
その一言を聞いて、美付子の体が軽くなる。
「......っ! ありがとう......!!!」
美付子は泣きながら、感謝しながら、悶えながら、この支部から去っていった。
竜成は裏口の階段に座す秋有の隣にいた。
「私......ニコラスさんに恩を返せてない......」
(そりゃ、辛いよな。俺よりも長い時間、ニコラスさんと過ごしていたんだ)
「いや、恩はまだ返せるよ。ニコラスさんが天国できっと見てくれているから」
竜成はオレンジがかった天を見る。
「だけど、私、弱いから足手まといだし、どうやって......?」
「そりゃ。当然、強くなることは1つの恩返しだ。でも、それだけじゃない。人を救うんだ! どんな規模でも良い。救ったという事実が大事なんだよ」
「......確かに。ありがとうね、竜成君」
目に涙を浮かべる。
「竜成でいいよ! 偉そうなこと言ったけど、俺は今まで人を救えたことなんかない。だから......一緒に成長していこう!」
竜成が手を差し伸べると、
「うん! 竜成!」
秋有はそれを受け取った。
橙色の空が秋有の笑顔を照らす。




