〇ース・ベイダー日本転生(仮)EP9
〇ース・ベイダー日本転生(仮) 第9話:10歳の疾走、心の残響
Ⅰ. 2016年、小熊の秋の予感
2016年、小熊市。前年の焼けつくような夏とは異なり、澄み切った秋の空気に包まれていた。陽射しはまだ温かさを残しているものの、風には微かな冷たさが混じり、夏の熱狂が過ぎ去った後の静けさが街全体を覆う。アスファルトを揺らめかせていた陽炎は姿を消し、色づき始めた落ち葉が風に舞っていた。
佐藤陽菜は、通学路の電柱に貼られた公共広告をぼんやりと眺めていた。デザインは過剰なほどに形式的で、文字一つひとつが軍隊の行進のように整然と並び、地方都市の穏やかな風景には不似合いなほどの威厳を湛えている。時折耳にする「帝国の栄光」という言葉も、陽菜の耳にはまだ意味をなさない、遠い国の歌のように聞こえた。
隣を歩く幼馴染の青山零は、そんな陽菜の心の内など知る由もなく、新しい漫画雑誌の話に夢中だ。
「陽菜、今週の『週刊少年銀河』読んだか?『宇宙海賊ブラックホール』の最終回、やばいぞ!」
零の明るく、前向きな声が、秋の静かな空気に溶け込んでいく。その無邪気な笑顔を見ていると、陽菜の心に生じた小さな違和感は、すぐに消えていった。
だが、陽菜は知っている。零が時折見せる、大人びたような、あるいはどこか遠い目をする瞬間を。それは、彼が9歳だった前年のクラス対抗リレーで体験した**「閃光」**の感覚を、まだ言語化できずにいるからだと、陽菜は漠然と感じていた。それは単なる足の速さの向上ではない。世界がスローモーションのように感じられる、知覚が研ぎ澄まされた瞬間。零の無意識下に小さな波紋を残したその感覚は、身体が風のように軽くなるような、あるいは周囲の景色がゆっくりと流れるような奇妙な感覚となって、彼の日常に静かに浸透し始めていた。
Ⅱ. 運動会の舞台
今年の運動会は、子供たちの無邪気なエネルギーが溢れる場であるはずだったが、どこか不気味なほどの「完璧さ」が漂っていた。応援の掛け声は形式的で抑揚がなく、子供たちの笑顔の裏には、画一的な印象があった。
零は、足は速いものの「クラスで2番」という位置にいた。彼の親友である高戸英一が「クラスで一番」の座を占めていた。零が足の速さを求める本当の理由は、**「クラスで一番」**になることで、自分自身の存在を誰かに認めてもらいたいという、幼いながらも切実な願望だった。
「零、今日のバトンパス、マジで速かったな!まるで手に吸い付くみたいだったぜ!」
高戸の純粋な尊敬の眼差しが、零の心を温める。高戸は零の力を「努力の賜物」と信じていた。その信頼に応えたいという思いが、零をさらに駆り立てる。しかし、陽菜の目には、零の「速さ」に宿る「異質さ」が、ぼんやりと見えていた。それは、努力や練習だけでは説明できない、奇妙な流れのようなものだった。
組体操の練習中、その不穏な空気はさらに色濃くなる。何段もの「タワー」や「ピラミッド」が組まれる中、子供たちの緊張感、指導者の焦り、そして保護者の不安が入り混じっていた。
「もっと綺麗に!もっと高く!」
コーチの厳しい声が響き渡る。ミスをした子どもが、大人から厳しい言葉を浴びせられ、萎縮する様子が陽菜の目に入る。
Ⅲ. 陽菜の視点
運動会のクライマックス、何段ものタワーやピラミッドが組まれ、歓声と緊張が入り混じる独特の空気感を醸し出す。零は、その「体育会系特有の熱血漢」の気質を存分に発揮し、組体操の中心的な役割を担っていた。
そして、その瞬間、予期せぬ出来事が起こる。
最上段でバランスを崩した生徒が、バランスを失い、タワーが崩壊する。
歓声は悲鳴に変わり、土埃が舞う中で、崩れ落ちた人間の塊と、うめき声、そして立ち尽くす子供たちの呆然とした顔が、陽菜の目に焼き付く。頭部や頸部を負傷した児童の姿は、陽菜の心に深い衝撃を与える。
多くの大人や子供たちが混乱し、立ち尽くす中、陽菜は迷うことなく行動を起こす。
「先生!救急車を呼んで!」
彼女は怪我をした生徒のもとへ駆け寄り、心配そうに声をかける。その行動は、運動会の勝敗や見栄えよりも、目の前の命を優先するという、彼女の根源的な優しさと**「本当の強さ」**を示す。
陽菜は、事故の瞬間、零の顔に一瞬よぎった衝撃と、どこか深い罪悪感のような「影」を敏感に察知する。零は、無意識のうちにその片鱗を使っていたかもしれないという感覚に戸惑い、自分の「速さ」や「力」が、この事故に繋がったのではないかという漠然とした恐怖に囚われていた。陽菜の純粋な行動は、この混乱の中で、零の人間性を繋ぎ止める**「錨」**として機能する。彼女の存在は、後に彼を包み込むであろう暗い影との対比を際立たせる重要な役割を担うことになる。
事故の後、零は深い内面的な葛藤に陥る。前年のリレーで経験した「閃光」の感覚が、今回の事故と無関係ではないのではないかという疑念が、彼の心を支配する。
「零くん、大丈夫?」
陽菜の言葉に、零は深く頷く。
「僕の速さって、何なんだろう。もしかしたら、誰かを傷つけるための力なのかな」
零の言葉に、陽菜は優しく、しかし確固たる言葉を投げかける。
「零くんの速さはすごいよ。でも、本当の強さって、速さだけじゃないと思うんだ。誰かを助けたいって思う気持ちとか、みんなで力を合わせることとか……そういうのが、一番強いんじゃないかな?」
彼女の言葉は、零の心に深く響き、彼の内なる葛藤を和らげた。この対話は、二人の絆を一層深め、陽菜が零にとってかけがえのない**「精神的な支柱」**となることを示唆した。
Ⅳ. 秋の夕暮れ、未来への静かな誓い
運動会は、高揚感と同時に、どこか重い空気を残して終わった。組体操での事故が、子供たちの純粋な熱狂に冷や水を浴びせた形となった。校長先生の言葉は「帝国の栄光」や「大和魂」といった言葉を強調し、子供たちの安全への配慮よりも、集団としての規律や達成感を称賛する内容に終始した。
運動会が終わり、零と陽菜は連れ立って家路についた。秋の夕暮れが、二人の背後を長く伸ばす。零は、今日の出来事について、混乱と罪悪感を陽菜に打ち明けた。
「零くんは、誰かを傷つけるために速くなったんじゃないよ。零くんは、いつもみんなを助けようとする、優しい零くんだよ」。
彼女の言葉は、零の心に深く響き、彼の内なる葛藤を和らげた。
零は、陽菜の言葉に救われたような気持ちになりながらも、心の中にはあの「閃光」の残像が鮮やかに焼き付いていた。それは、彼がまだ知らない、遠い未来への、静かな問いかけのように感じられた。彼は窓の外に目を向けた。広大な秋の夜空は、無限の可能性と、未知の挑戦の両方を秘めているように見える。まだ子供の無邪気さは残っているが、彼の非凡な未来の微かな影が、既に彼の人生に忍び寄り始めていた。
彼の内面に、運命の種が静かに芽生え、成長の予兆を告げていた。
予告:第10話 優越感の檻、零の飛翔
2017年、青山零は11歳になった。
「足が速い」という才能は、いつしか零にとって、クラスメイトからの優越感と、それを失うことへの恐怖に変わっていた。
それは、零の**"力"**がもたらした奇跡なのか、それとも…。
光と影が交錯する中で、零は、本当の強さとは何か、人の優しさとは何かを知ることができるのだろうか。
11歳の零が、優越感の檻を抜け出し、本当の自分を見つけるための旅が、今、始まる。