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記録課・セファリア

飛来が眠った病室の夜。

ラフィエルが報告書をまとめ、端末に触れると、水晶盤が光る。


「監視報告、第二件目──記録開始」


その声に、

光の向こうから、凛とした女性の声が届いた。


「了解。こちら、記録課・セファリア。報告をどうぞ、ラフィエル」


「……対象は、共感スキルを二件使用。心身への負荷は高いが、精神汚染の兆候はまだ見られません」


「ふむ。観測通り、進行中ですね。

黒瀬時雨と同様の特性を保持──いずれ、臨界点を迎えるかと」


「彼は……彼は違います」


ラフィエルが食い気味に言った。

ほんのわずか、セファリアのまぶたが動く。


「違う?ラフィエル。あなたがそう断言する根拠は、記録にありません」


「……ありません。でも、私が見ているのは“記録”ではなく、“彼”です」


「その感情、記録しておきます。

──報告、以上ですね?」


光が消える寸前、セファリアの声が、かすかに柔らかくなった。


「……あなたの“選択”が、かつての彼と違うものであることを祈ります。観察を続けてください、ラフィエル。」



光のない空間に、光の糸だけが浮かんでいる。


その糸は一本一本が人間の“生”と“記憶”を記した記録線であり、天界における絶対の情報網。

その中心で、静かに瞳を伏せる女がいた。


──セファリア。


白銀の髪に、氷のような青の瞳。

その佇まいは美しいというより、荘厳で、どこか“人ならざるもの”の気配を帯びていた。


彼女は天界における「記録課」の統括者。

すべての魂の流転、その因果、その選択、その帰結を記録し、管理する存在である。


静寂の中、セファリアは一冊の“記録書”を開いた。


ページの端が、微かに焦げている。


「……また、“変異”が起きているわね」


声に感情はない。だが、その手は確かにわずかに強く、ページをめくった。


記録書に記された名──


《葵》

そして

《黒瀬時雨》



「共感スキル《Empathy Link》、第三適合体……」


ページがひとりでにめくれていく。

本来なら固定されているはずの記録が、まるで誰かに上書きされているかのように揺らいでいる。


「……アステル。やはりあなたね」


氷の瞳が細められる。


天界から堕ちた天使、アステル。

かつては記録課の一員でもあり、セファリアの“後任候補”として育てられていた男。


その彼が、今や記録を歪め、共感スキルを“支配の道具”として利用している──。


「葵は継続捜索。……黒瀬時雨の記録は、一時凍結処理。外部観測による補完を要請……。」


セファリアは指を鳴らす。


記録線のひとつが、地上へと伸びる。


その先にいるのは──

ラフィエルと、朝霧飛来。


「……彼が、“見る”世界。聞く声。触れる痛み。すべて記録しましょう」


セファリアは目を伏せた。


「記録とは、世界を残すということ。記録とは、嘘を許さないということ。そして記録とは、選択を見届けるということ──」


ページの最後に、まだ書かれていない一行があった。


“共感が、世界を救うか、それとも破壊するか”


その問いの答えが記される時、物語は転がり始める。



セファリアが記録書を閉じた、その瞬間。


どこか遠くから、音とも振動ともつかぬ“うねり”が伝わってきた。


……ザザ……ザ……。


空間が歪む。


記録の間に、存在しないはずの“空白”が現れる。


その“空白”に、セファリアはひざまずいた。


「……エン・ソフ様」


そこには、姿などない。ただ、**圧倒的な“存在感”**だけがあった。


気配でも、言葉でもない。“観測できない理解”がセファリアの意識に流れ込む。


──【選択】──


「……はい。“彼”は動きました。三人目。朝霧飛来の選択により、因果がまた、わずかに変わっています」


──【まだ早い】──


「……承知しました。ですが、アステルの動きは想定より早い。セカンド・シフトに入る可能性があります」


──【“彼女”がいる】──


セファリアの青い瞳が微かに揺れた。


「……ラフィエル。……あなたは、ほんとうに」


──【問いの鍵】──


“エン・ソフ”は、それ以上、何も語らなかった。いや、

もとより語ってなどいない。ただ“そうである”という真理だけが、場に残された。


空白が、溶けて消えた。


セファリアは静かに立ち上がると、記録書を閉じ、つぶやく。


「──世界は、今、選ばれようとしている」


そこへ、またあの鳩とも鷲とも言えない鳥が一枚の紙を落として言った。


「横断歩道にて、少女を助けようとした者。異世界転生を希望。転送完了。職種。勇者。」


と。


(本当に彼だけは特別なのね……。)


そう思うと、セファリアはその書類をまた承認済みケースに置いた。


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