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断ったら天使がついてきた

 ピッ、ピッ──。


 スマホの通知音がやけに響く夜だった。

 雨上がりのアスファルトが光を映し、俺の背中には、UVerEatsのバッグがずっしり重い。


 何百回も走った道。でも今夜だけは、胸の奥がざわついていた。


 赤信号で止まった横断歩道。

 エンジン音。遠くのネオン。


 ──そのときだった。


 クラクションが、世界を引き裂いた。


 「っ……!」


 視界が、真っ白になる。

 大型トラックが突っ込んでくる。避ける間なんて、なかった。


 でも次の瞬間、俺の体はふわりと浮かび、

 気がつくと──白い、何もない空間に立っていた。


 


「おめでとうございます、転生者候補様」


 声がした。振り返ると、そこにいたのは──


 銀の羽根を持つ女。

 白銀の髪に整った顔立ち、手には分厚い書物を抱えていた。

 ──美しかった。人間離れしていて、まるで芸術のようだった。


 


「あなたの魂は、異世界転生に適合しています。

 新たな世界で“英雄”としての人生を歩むことが可能です」


「……は?」


 混乱する俺に、天使は淡々と説明を続ける。


「スキルは“感情操作”、“言語習得”、“レベル強化”など複数取得可。

 転生後は、魔王討伐の使命を担いつつ、異性からの好意を得やすい“ハーレム体質”もオプションで──」


「ちょ、待って。なんだよそれ、ラノベかよ」


「ラノベは参考資料として非常に有効です」


「正気かよ……」


「では、こちらの転生承諾書にサインを──」


 目の前に差し出された、光る契約書。


 俺は、黙った。


 大学中退。夢も捨てた。UVerの収入だけで生きてる。この仕事は、体力と知識、そしてセンスが必要だった。俺にはその全てが無い。

 現実は、たしかにクソみたいだった。


 でも。


 

 そのときだった。


 視界の端で、何かが揺れた。


 道端で、買い物袋を抱えた老婆が足をもつれさせ──倒れかけた。

 後ろからは、自転車がスピードを上げて迫ってくる。


 「あ……」


 体が動いた。


 あの人、助けなきゃ──


 俺は、天使を見た。


「──断ります」



【静寂】


 「え?」


 「え?」


「……は?」


「だから、行かないって言ってんの」


「……本気で?」


「本気で」


「……理由は?」


「《《行く理由》》を、そっちが説明してくれよ」


(……チッ、最悪。よりにもよって、こういう面倒なのが……)


 俺は契約書を突っぱね、天使の言葉を無視して歩き出した。


 世界が割れて、光が弾け──


 次の瞬間、俺は現実に戻っていた。


 ◆


「だ、大丈夫ですか!? 救急車、呼びます!」


 老婆は震える手で俺の腕をつかんだ。


「……ありがとう……助かったよ……」


 その言葉が、心にずしんと響いた。

 誰かに「ありがとう」って言われたの、何年ぶりだろう。


 


「──見事でしたね」


 振り返ると、さっきの天使がいた。

 さっきより少しだけ、《《苦虫を噛み潰した顔》》で。


「異世界に行かない、というレアケースのせいで、転生記録課がパニックになったようです」


 スマホが震えた。


☆《スキル発現:成功》

☆スキル名:《共感同期エンパシーリンク


「……なにこれ」


「“他人の感情”と“後悔”に、触れるスキルです。

 通常は異世界に行く者にしか発現しないはずなのですが──あなたには、先に発動してしまったようです」


「……は?」


 そのとき、空から紙切れがひらひらと落ちてきた。

 鳩なのか鷲なのか分からない変な鳥が飛び去っていく。


 天使はそれを拾い、読み、深くうなだれた。


「……マジか……」


「どうした」


「転生拒否者にスキルが付与されたレアケースらしく……

 “使用完了まで監視”との指示が……」


「え、監視?」


「つまり、あなたがそのスキルを使い終えるまで──

 私があなたのそばにいなきゃいけないらしいです……ったく。」


「……それって、俺と一緒に……?」


「……そういうことですね。はぁ……面倒くさい」


 電信柱を蹴る天使。

 どこかやけっぱちなその姿が、逆に可愛かった。


「私の名前はラフィエル。あなたは?」




「朝……朝霧飛来あさぎりひらい……です。」


俺はそう答えた。


「朝霧飛来……」


ラフィエルと名乗った天使は、その名前をゆっくり繰り返すと、ため息をひとつ。


そして無言で近くの電信柱の前に立ち、


「朝霧飛来……私の仕事を増やした男の名前」


と呟いたかと思うと──

ポスッ、ポスッと、つま先で電信柱を蹴り始めた。


「ちょ、ラ…ラフィエルさん?」


恐る恐る声をかけると、ラフィエルはピタリと動きを止め、振り返った。


「何?」


その目が鋭く光って、俺は思わずビクッとなる。


けど──ふと思い出した。


「そういえば……俺、トラックに跳ねられたんじゃ……?」


「そうよ? 痛くないの?」


ラフィエルは小首をかしげて言った。


その瞬間左足の太ももが焼けるように痛みを発した。


「いってええええええええええ!!!!!」


俺は太ももを抑え地面を転げ回った。


「……。」


ラフィエルは冷たい視線を送ったが、また電信柱を蹴り始めた。


「ちょっ、ラフィエルさん!!!」


飛来の悲痛の叫びがこだました。


「おい!大丈夫か!?」


声の方を振り返ると、中年の男が顔面蒼白で駆け寄ってくる。──トラックの運転手だった。


「きゅ、救急車呼ぶから!!待ってろ!!」


運転手は慌ててスマホで救急車を呼んだ。


「……。」


ラフィエルはそんな様子を首だけを向けて見ると、


「ちぇっ。」


「え?舌打ち?今舌打ちした?」


痛みを堪えながら飛来は言ったが、ラフィエルは完全に無視し、さっきより強めに電子柱をつま先で蹴り続けた。


ピーポー ピーポー


やがて救急車が到着し、トラックの運転手が事情を説明すると、飛来はスイッチャーに乗せられ、救急車の中に寝かされた。


「●●病院で。了解。」


救急隊員が、そう連絡を取り、救急車のドアを閉めようとした時。


ヒョイ


と、彼女が当然のように乗って来た。


バタン。


ドアが閉まると、サイレンが鳴るのと同時に救急車は走り出した。


「朝霧さん。5分で着きますからね~」


「あ、はい。」


救急隊のその言葉より、飛来の目線は横たわる飛来の前に座っている彼女が気になって仕方なかった。


「ちょ、ラフィエルさん?」


「……。」


ラフィエルは聞こえないふりをしているのか、ずっと前を見ている。その目は、怒気か哀しみか……。


「ラフィエルさん!!!!」


痺れを切らした飛来は彼女に向かって叫んだ。


「朝霧さん?」


応えたのは―――救急隊員だった。


「朝霧さん。頭打ちました??」


と、救急隊員は手に持ったライトを、飛来の目をこじあけ瞳孔を確認した。


「ふっ。」


ラフィエルが口元を抑える。


「あ、今笑ったでしょ!?」


「朝霧さん?打ったね?頭。」


「打ってないです!!!!」


ラフィエルを見ながら飛来は答えた。その時


「見えてないですよ。」


ラフィエルが言った。


「え?」


「この方たちには私が見えないんです。」


「何言って?」


その時、飛来は不思議な感覚に襲われた。


ラフィエルと会話をしている瞬間、救急隊員の声、救急車のサイレンの音がどこか遠くに聞こえる。


そんな感覚が――


そして冷静さを取り戻す為、一度深呼吸をすると救急隊員に向かった


「頭、打ったかもです、」


と、言った。



 こうして、俺は異世界転生を──断った。

 でもなぜか、天使がついてきた。




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