閑話1:雪の日に
第2部 15~16話の間の話。
雲一つない青空の下、辺り一面の銀世界はキラキラと輝き胸が躍る。
誰も足跡のない真っ白なキャンバスを見ると、いくつになっても、身体がうずうずしてくる。
「っ、えい!」
ズボッ。
長いブーツをもらっていて正解だった。
脛のあたりまでうまって、思わず、にんまりと顔が緩む。こんなに積もるとは予想外だったからだ。
周りを見渡せば、城内のメイドや執事、騎士の人たちが総出で雪かきをしていた。
ドルガスア国は、大雪に見舞われることは少ないらしい。だから、昨日から降り続く雪は、物資の滞留を招き、雨よりも厄介だとロレッタさんが溜息をこぼしていた。
でも、それはそれ。
やっぱり、雪というものは、なんていうか童心に帰ってしまう。
ウインタースポーツは、あまりやったことがないけれど、校庭で走ったり、雪だるまを作ったりした記憶は鮮明に残っている。
ということで、さっそく厚手の手袋を借りた私は、一人で雪玉を作って、大きくしていくことにした。
「ハルカ様? なにを――やっているんですか?」
門番のオットーさんが声をかけてきた。
彼は比較的、フランクに接してくれるのでありがたい。相方のアイオスさんは、眉間にしわを寄せて仕事を放棄するな、と視線で訴えてきてるけれど、無視していた。基本的にこの二人がいるけれど、なんだかんだと仲がいいコンビなのだ。
「雪だるまを作ろうと思って。こんなにたくさんあるし」
「いいですね! 手伝います!」
「オットー、何を言ってるんですか。仕事をしなさい」
「別にいいじゃないか。どうせ、立ってるよりも動いていた方が、身体もあったまる。一人で作るよりも、大勢で作った方が大きなものもできるだろう?」
ねぇ? と顔を向けられて、思わず笑ってしまう。
何歳か年上なのだろうけれど、無邪気に笑ったり、気さくに声をかけてくれるお兄ちゃんみたいな存在だ。
出会った当初は、ガタイが良くて体育会系っぽいから、ちょっと苦手だったけれど、今では世間話もできる仲になっていた。
「アイオスは作らないのか?」
「私が作ると思いますか?」
「えぇ~……じゃあ、ハクメイに頼みますか。ハルカ様」
「さすがに、それはちょっと」
シグリードが作っているところは見てみたいけれど、さすがに悪い気がする。
とりあえず、作り始めていくと、小さな雪玉も転がしていけば、結構な重さになり重労働になってくる。
着こんでいる分、体温がこもりやすくて、身体が熱くなってきた。
そうこうしているうちに、気が付けば、オットーさんが腰の高さほどある巨大な雪玉をこしらえて、自慢げにアイオスさんを煽る。
最初は「はいはい」と冷めた目で見ていたけれど、小さな雪だるまをいつの間にか足元に作っていた。
アイオスさんも何だかんだで面白い人だ。
「ハルカ様、そろそろ合体させましょうか?」
「はーい」
私側の入り口横に置いた雪玉の上に、私が作った雪玉をオットーさんは軽々と持ちあげて置く。
あとは、少し首の部分に雪を足したり、木の枝で手と顔を作れば完成だ。
「おーっ、いい感じじゃないですか」
「ですね! 久しぶりに作ったけど、やっぱり楽しいなぁ」
ちょっといびつだけれど、そこが味というか。我ながらいいできだと思う。
オットーさんと顔を見合わせて笑えば、ちょうど、お昼の交代時らしい。代わりにやってきた門番も「いい出来ですね」と褒めてくれた。騎士団の方でも、雪合戦をしたりと、はしゃいでいたそうだ。
それからすぐにロレッタさんがお昼を持ってきてくれて、お昼休憩時間となった。
*
私が住んでいた場所では、雪は『積もるもの』ではなく『消えるもの』だった。朝に作った雪だるまが昼には泥水に変わっているのが当たり前で、少し切ない気持ちにもなっていた。だから、あんなに大きな雪だるまが出来て嬉しかった。
扉を開けて、まだ雪深く残る世界へ、息を吐く。
午後になっても雪は白く、重く、そこにある。これなら、ずっと憧れていたあの『光の風景』が作れるかもしれない。
お昼の時にロレッタさんには、必要なものを頼んでおいたので、あとで届けてくれる手はずになっている。
オットーさんにも使いたい道具の場所を尋ねたら、持ってきてくれる上に手伝ってくれるそうだ。雪かきのおかげで、午後の鍛錬はお休みになったらしい。彼がいるなら、すぐに終わりそうだけど、人手があることに越したことはない。
半ば諦め気味にシグリードに頼んでみたら、本人は嫌そうだけど手伝ってくれることになった。
バケツに雪を詰めて、ひっくり返す。単純作業だけど、シグリードがやってるところを見ると、ちょっと面白い。
いつもおろしている髪を一つにまとめているところも新鮮でいい。けれど、その手に持つスコップが絶妙な違和感を与えてくれる。絶世のイケメンがスコップとバケツを抱えているというだけで、こんなにもシュールな絵を生むんだ。
「ハルカ、さぼってないでやれ」
「はーい」
シグリードが作ってくれた、小さな雪山をくり抜き、そっと小さな蝋燭を入れる。
これを庭園から竜の塔までの道に沿っていくつか作ることにした。それは、冬の寒い時期にテレビで見たことがある光景。
温泉街のささやかな余興として作られた景色は、寒いのに温かい。そんな幻想的な世界だった。
三人でやっていたのが、いつの間にかアイオスさんも参加していて、夕暮れになるころには道沿いに灯篭が並んだ。
あとは、魔法でロウソクにそっと火を灯す。
最初は何のために作っていたのかわからなかった男性陣。けれど、一つ、二つと明かりを灯していけば全体像が見えてきたのか、彼らの吐く息が、大きく白く立ち昇る。
それは小さな灯り宿。
白い雪のなかに、オレンジ色の柔らかな光がゆらゆらと揺れて、温かな光となって目に映る。
壁を薄めに作ったおかげで、外側からも光がもれて床におかれたランプのようだ。
辺りが静かに冷たくなればなるほど、そのぬくもりがより美しく映える。
声もなく見つめてしまうのも、雪と炎が包んでしまうからかもしれない。
「まぁ……」
ロレッタさんの声に振り返れば、彼女も口を覆ってその光景を愛おしむように見つめていた。
シグリードも門番の二人も、自分たちのやってきたことに満足そうに笑う。
橙色の光の道は、ささやかながらもいつも以上に雪が柔らかく見えた。
「ハルカ様、これは……?」
「雪灯籠っていう、元の世界にあった催し物でね。これだけ雪があったらできそうだなぁって。シグリードとオットーさん、アイオスさんも手伝ってくれたんだ」
「いやぁ……最初は何を作ってるのか、さっぱりだったんですけどね。さすが、ハルカ様。これは美しい……」
「騎士団を食後に呼んできてもいいでしょうか? 皆にも見せてあげたい」
もちろん、と答えれば彼らも眩しそうに微笑む。
夕食後に集まる約束をして、一旦解散した。
それから、完全に日が沈み、辺りが真っ暗になったところで、竜の塔の前には人だかりができていた。
「ハルカ」
「あっ、アレク」
その中から、ひときわ輝く金糸の髪。手にはカップを3つ持ってきていた。
「これ、温まるよ」
そういって差し出してくれたのは、温かな赤い液体――グリューワインだ。
ふわりと香るアルコールとスパイスの匂いが鼻孔をくすぐる。冷たい空気をやわらかく溶かすようだった。
「ロレッタが厨房に頼んでくれてね。いつの間にか、ここに来るならと皆に振舞ってくれているんだよ」
「ハクメイも飲むだろ?」
私の隣に並んでいたシグリードも受け取る。
立ち昇る白い湯気が手を温めて、一口飲めば体の芯から熱がじんわりと広がる。
騎士団の人だけではなく、いつの間にか話が広がって、楽団員やメイドたちまで集まってきていた。
「綺麗だね……」
「ありがとう。シグリードも、手伝ってくれてありがとうね」
「あぁ。お前らしい光景だな、これは」
星が瞬く夜空。
それを写し取ったように、地上の白銀が光を返す。
冷たい空気をロウソクの炎が温かなものに変えて、人々の息もどこか熱い。
橙色の灯りが、静かに雪を溶かしていく。
隣にあるぬくもりを感じながら、ドルガスアの冬の夜は過ぎていった。




