第32話 建国祭
建国祭当日。
まずは国王陛下の挨拶から始まった。
謁見の間には、ズラリとドルガスアを支える人々が集まり、王の言葉に耳を傾けている。今年一年の労いから、国内外の情勢に触れて、その上でドルガスア国の指針を伝えて発展を願う。
その際に、魔法演出について言われた時は正直、緊張が走った。
自分が関わってきたことが、こうして国の政策の一部として語られる。その事実に、今さらながら驚いてしまったんだ。
確かにアレクの元でやってるから、考えてみれば当然の話なんだけど、イマイチ、実感が伴っていなかったところがある。
というのも、建国祭の準備期間は、どこか文化祭のような気分で過ごしていたからだ。
国を挙げてのお祭りと学校の行事を一緒にするのは、自分でもどうかと思う。
それでも、ワクワクする気持ちは一度も冷めなかった。忙しくても、どこか楽しいという感情だけはずっと胸に残っていた。
各侯爵家をめぐり、魔術士団と宮廷楽団の調整を行い、イル・スオーノとの打ち合わせを重ねる。他にも細かな問題は山ほどあって、決して楽ではなかった。それでも「お祭り」という言葉は、どこか人を熱くさせる。
開催日を待つ期待に胸が躍り、隣で誰かが笑っているだけで、心が満たされていく。
この空間にいられることが、すごく幸せだと感じていた。
とはいえ、この二日間はかなりのハードスケジュールだ。
「ハルカ様。まずはブロット侯爵家でございますね」
城内の聖女の部屋で、ロレッタさんに化粧と服を整えてもらう。
今回は多くの貴族に挨拶をするため、それなりに華やかな装いが求められた。コルセットは苦手だし、高めのヒールも正直歩きにくいから、できれば避けたい――けれど。
「あぁ、悪くないな」
「っ……あ、ありがとう」
シグリードにそう褒められると、気恥ずかしくなってくる。
彼のほうが何倍も格好いいのだから、なおさら、ドキドキしてしまう。
建国祭に合わせた彼の装いは、動きやすさを重視した準正装の騎士服。濃紺の地に白い縁取り、金の刺繍が施され、華やかさと品格を兼ね備えている。彫りの深い顔立ちも相まって、本物の騎士そのものだった。
「ハルカ、手を」
差し出された大きな手に、そっと自分の手を重ねる。それだけで胸が高鳴った。
さぁ、お祭りの始まりだ。
城壁から高らかにトランペットの音が響き渡る。
ドンッ、ドンッ。
騎士団によって放たれた祝砲が、空に轟いた。
ドルガスア国の権威を示す、毎年恒例の合図。白く立ち上った煙は、すぐに風に溶けて消えていく。
まるで、音も色も何事もなかったかのように。
それでも誰もが、これを建国祭の始まりとして受け取ったに違いない。
余韻もなく乾いた響きは、祝砲でありながら、どこか武力を思わせた。
私はそれを見届けてから、シグリードと一緒に馬車に乗り込んだ。
ブロット邸は、すでに多くの人で賑わっていた。
招待客の選定は各侯爵家に一任されている。ホールの規模も違えば、演奏会後の商談内容も異なる。ならば、その判断は侯爵自身に委ねるほうが合理的だ。
ブロット侯爵は、商人よりも自分の領地の貴族を招待したようだ。客人たちの身なりは整っており、物腰も柔らかい。年齢や性別もまちまちで、建国祭を楽しみに首都へ訪れた観光客のようにも見える。
「聖女様、お越しいただきありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。本日の演奏会、楽しみです」
そうして始まったブロット家の演奏会は、優しいピアノの旋律にヴァイオリンが花を添え、客席の表情をほころばせていく。
ブロット侯爵も普段の冷徹な表情から一変して、舞台を愛おしむように見つめていた。
ふわりと伸びるパステルカラーの光の帯。
そこから生まれた小さな花が、私の手のひらへと舞い落ちた。
実のところ、各侯爵家の魔法演出の最終調整は、第四班の各リーダーたちにお任せしていた。
城下町のメインイベントの方が手がかかってしまい、なかなか貴族邸にまで手が回らなかったというのもある。そんな事情を察して「それならば当日のお楽しみにすればいい」と言ってくれたんだ。
だから、曲目や演出の流れは把握していても、視点はほとんど観客と変わらない。
そしてレガッツィ家では、その魔法演出が、ひと際冴えわたっていた。
エレナさん中心ということもあって、チェリストのマウロさんやミディーナなど、演出経験の豊富なメンバーが揃っている。その結果、演奏と魔法が完全に溶け合っていた。
弦楽四重奏は、一人一人の個性が際立つ。
だからこそ、メインのときは単独スポットライトにしたり、個性にあった演出が施されていた。けれど、4全員で音を重ねる場面では、弓を角度で動かし弦を鳴らしてシンクロさせる。スモークの幻想的な演出と相まって、まるで別世界に迷い込んだかのようだった。
誰もがうっとりと音楽に身を委ねる。
――けれど、翌日のアルベリーニ家は、さらにその上をいった。
異国情緒溢れる屋敷では、魔法演出に加えて香りまでもが用いられていた。
シタールやタブラという打楽器が加わり、チェロやヴァイオリンがリズミカルに絡み合う。そこへ甘いオリエンタルなお香の香りが広がる。
まるで中東の世界に紛れ込んだかのようで、思わず自信が揺らぎかけた。
アルベリーニ侯爵の発想力に、ただただ圧倒される。招待客たちも、羨望の眼差しを向けるしかなかった。
さらにフルーツジュースまで振る舞われ、その人心掌握力には、私も白旗を上げるしかない。
「素晴らしい……これが魔法演出」
「あの楽器も良いな、販売ルートを作ろう」
称賛の声が次々と上がり、商談の申し込みが途切れることはなかったという。
一方で、クルブス侯爵も負けていない。
小編成オーケストラながら迫力満点の演奏に加えて、シルヴィオくんの頭脳が加われば、私のお披露目式典にも引けを取らない完成度だった。
クルブス侯爵は終始ご満悦で、私に対しても終始にこやかだった。
「この度の演奏会、聖女様のご尽力あってこそ。今後、我がクルブス家は、ぜひとも聖女様の活動に賛同させていただきたい」
これには私も「はぁ、そうですか」とため息交じりで返したかった。
けれど、きちんと微笑む。
ちょっとだけ、アレクを意識して口角をあげたのは私だけの秘密だ。
そうして2日間はあっという間にすぎて、いよいよ私が演出をする城下町のメインステージの時が近づいてきた。




