第34話 光昇る
「これが……花火か」
シグリードが、夜空を仰ぎながら呟いた。
「そう。私がいた世界で、お祭りといったらこれが上がっていたの」
打ちあがるたびに、身体の芯が震える。
夜空に浮かぶ大輪の花。
祭り特有の喧騒と興奮を飲み込むように、華やかな光の雨が降り注いでいく。
シルヴィオくんたちと作ってきた花火が、無事にお披露目できて、内心ではほっとしていた。
魔石を砕いて、発光する素材と術式を組み合わせ、砲弾として打ち上げる。
最初は、魔術士団内で収めたかったのだけど、やはり、大砲を使わないワケにはいかなかった。
騎士団の人たちと何度も相談を繰り返して、ようやく実地試験から実装へとこぎつけた。
実験はすべてサプライズ演出のため、昼間にしか行えなかった。だからこそ、夜になって真価を発揮できたことが、何より嬉しい。
元の世界のように何十発も打ち上げることはできない。
それでも、こうして数発、問題なく上げられただけでも成功だ。
「すごいな……とても綺麗だ」
「ふふっ、良かった。頑張った甲斐があったよ」
花火はすぐに終わってしまったけれど、ランタンと重なり合う景色は、手を伸ばせば届きそうな星空のようだった。
シグリードは、その消えてなくなってしまった空を、ずっと見上げ続けている。
願いを聞いているのか、それとも、この国の守護を改めて決意しているのか。
わからないけれど、その凛とした横顔に、思わず見惚れてしまいそうになる。
ランタンは、後からやってきた人の手によって、次々と夜空飛び上がっていく。
最初に放たれた願いは、すでに高く、小さくなっていたけれど、それでもなお、上へ上へと昇り続けていた。
ふと、城壁が視界に入った。
燃えるランタンが屋根に落ちぬよう、騎士団や冒険者ギルドの人たちが警備にあたっている。
城壁もそのポイントとして使われていることを思い出した。
「アレクも……この景色、見てるかな」
建国祭の総責任者として、あっちこっちに飛び回っていることは知っている。
私は演出担当だったけれど、アレクは城下町でのイベントから侯爵家の演奏会まで、人員の配置や予算管理まで全てに目を通していた。
予定通りに進むはずもなく、他署間の軋轢、スケジュールの遅延、伝達ミス、経費の増加。問題をあげたらキリがない。
それらすべてを統括し、こうして成功に導いた。
本当に、万能の王子様だ。
(……でも。本当は、強がっているだけ、なんだ)
辛い時ほど笑みを崩さず、冷静に振る舞う。
この国を背負うと決めた“ドルガスア竜王国第一王子”は、すべてを抱え込み、孤独に奮闘している。
それが、自分の責任だと知っているから。
――君は僕を“アレクシウス”にしてしまう。
今にも泣きそうな声音。
誰にも見せることができない、彼の素顔。
私だけに見せてくれた、秘めた想い。
まだ、応えることはできないかもしれない。
それでも――。
「……会いに行ってくるといい」
シグリードが、穏やかに諭してくれた。
「えっ、でも、どこにいるかわからないし」
「……あちらの方だな」
城壁の方へ視線を向け、彼は歩き出す。
私も慌てて後を追った。どうやら、魔力の波長で場所が特定できるらしい。
人ごみの中を縫うように進んで、城壁の入り口までたどり着く。
そこは、アレクと初めてデートしたときに訪れた、城壁の塔だった。
「ハルカ、俺は先に塔に戻っている。アレクシウスと帰ってくるといい」
「えっ、でも……」
「ここから見る景色はアイツに譲る。その方がいい」
そう言って、シグリードは私の背中を軽く押した。
振り返れば、淡く微笑む彼の瞳。
私の気持ちをすべて理解したうえで、全幅の信頼を寄せるその眼差しに、私は静かに頷いた。
暗い螺旋階段を、一段ずつ上っていく。
そのたびに、今までの思い出がよみがえっていく。
初めてここに来たときは、ずっと緊張していた。
隣にはキラキラの王子様が横にいて、ご褒美にブレスレットまでプレゼントしてくれて、彼の特別の場所に連れてきてくれた。
まるで少女漫画のヒロインみたいだと、自惚れてしまいそうになるくらいに。
あれから季節は巡り、アレクと一緒に過ごす時間も増えてきた。
笑顔も、怒っている後ろ姿も、呆れた声に、優しく頭を撫でてくれる手。
そのすべてが積み重なって、気づけば、かけがえのない存在になっていた。
隣に歩きたい。
それは、あのときと変わらない。
一緒に頑張っていきたいんだ。
「アレク!」
「ハルカ!? どうしてここに」
驚き振り返る姿に駆け寄って、シグリードが教えてくれたことを説明した。
すると彼は、目を見開きつつも納得したように「……そうか」と呟いた。
城壁から見下ろす城下町は、息を呑むほど美しかった。
ランタンの灯りが、ひとつ、またひとつと浮かび上がり、淡いオレンジ色が濃紺の空を埋め尽くしてく。
ゆらゆらと揺れる灯りが、温かな空気を運んでくれる。
涙がこみ上げるほどに優しい光景だった。
「……ハルカとこの景色を見れて良かった。すごく、特別に見えるよ」
「うん」
とくん、と心臓が小さく跳ねた。
誰よりも特別だと言われた日のことを思い出して、頬が熱くなる。
アレクは空を見上げたまま、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「僕は王として足りないことばかりだ。でも……ハルカとなら、補える気がする」
その瞳に映るランタンの火は、燃えあがるような情熱を秘めていて、吸い込まれそうになる。
「それに、僕は欲張りなんだ。聖女としての君だけでなく、ひとりの君を……隣に望んでしまう」
彼を照らすランタンの光。
その差し出された手に導かれて思わず重ねそうになる。
けれど私は。淡く微笑むだけにした。
「……アレク。私、この国と、みんなと……一緒にこの先も歩いていきたい。今は、それだけじゃダメ、かな」
気持ちに応えられないわけじゃない。
ただ、もう少しだけ“聖女”として、彼と共に並びたかった。
「その言葉だけで、今は十分だよ。ありがとう」
晴れやかな素顔の微笑みは、何よりも温かな光に満ちていて。
そばに居ることを許された気がした。
ランタンの先にある竜の塔。その窓から淡い光が見えた。
彼があそこで待っている。
その安心があるから、私は揺れる想いを抱えたままでも、前に進める。
光は昇り続ける。
揺れる心ごと、この国の未来へ――。
第2部 Fin.
この物語は、数億光年遠く離れた冥王星から書いているようなものです。
無限に広がる小説世界の片隅で、私が紡いだ物語。
そんな作品に出会い、ここまで読み進めてくださった方へ。
そのあなたの心に、一瞬でも魂が宿ったのなら、これほど光栄なことはありません。
どのような形でも構いません。
一言・アクション・感想など、伝えていただければ幸いです。
第三部の幕を開けるために、声を届けていただけたなら、とても嬉しいです。
また、この物語のバトンを誰かに届けたい、と感じていただけたなら。
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ご愛読、本当にありがとうございました。
この物語の光が、あなたの手に届き、また次へと紡がれていくことを願って。




