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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! 〜愛しさゆえに光の演出(ステージ)を創り出す〜  作者: 綾野あや
第2部

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幕間3

(ウィリオット視点)

 


「ウィリオットこそが王にふさわしいのに、なぜ、アレクシウスばかり!」


 ガシャン――!


 大輪のバラが生けられた花瓶が、床に叩きつけられて粉々に砕け散った。

 ぶちまけられた水が、絨毯を濡らしシミを広げていく。じわりじわりと柔らかな毛を侵食していく様は、自分のように思えた。


 自分の母親は、現国王の後妻だ。

 名家クルブス侯爵の娘として、蝶よ花よと愛でられて育った生粋の令嬢。当然ながら、プライドは高く、何より格下のものを忌み嫌った。自分が何よりも一番でなくてはならない――それが彼女の信条だった。


 なのに、最初に王妃として選ばれたのは、最下級の貴族の娘だった。

 

 当時は、かなり衝撃的な事件だったらしい。

 だが、王妃として相応しい人柄と実績だったそうだ。財政に苦しむ地方領地の活性化、不作に陥った際には、食糧庫の解放まで行った。聡明でとても美しく、彼女こそが“竜の聖女”だとさえ言われた。

 当然ながら、生まれた子どもは天使のように愛らしく、ドルガスア王家の未来は約束されたようなものだった。


 ところが、不慮の事故に巻き込まれ、急死。

 

 国民の多くは嘆き悲しみ、王も廃人寸前にまで追い込まれたという。

 そんな王を救ったのが、自分の母親だ。


 だからこそ、己は特別だとますます思い込むようになり、自分の息子も同じだと感じていた。


「あんな下賤の息子よりも、ウィリオットのほうが優れているのに、なぜわからないの! あぁ――私の可愛い可愛いウィリオット。特別高貴な血筋の生まれ」


 ――だから、王の座がふさわしい。


 白く細い手が蛇のように巻き付く。

 抱きしめられているはずなのに、冷たく、身体の芯から凍えるような恐怖を感じていた。

 愛されているのに、愛されていない。けれど、母親の気持ちには応えたい。

 母親を失った兄よりも、愛され続ける自分になりたかった。


 勉学に励み、魔術を研鑽し、ヴァイオリンも兄に負けないくらい弾きこなしたかった。

 けれど、兄が有能であればあるほど、自分の劣等感が際立っていく。

 調弦しても音は狂うばかりで、いつしか、自分にとっての「正しい音」がわからなくなってしまった。

 

 そして、自分の行き場のない思いの矛先は、同列のものに向かう。

 兄の母親は理想の“聖女”だったが、本物の“竜の聖女”は王室の隅に引きこもっている凡人。

 名ばかりの人間に苛立つようになってしまった。

 まるで、自分たち兄弟を写す鏡に見えたからだ。


「……チッ」


 誰もいない馬車の中で、悪態をつく。

 あの女も――ハルカも、同じだと思っていた。

 召喚された際、驚きを隠せなかった。城下町にいる民と変わらない、普通過ぎて、つまらない女に見えた。

 反抗することもせず、ただ怯えて嘆くばかり。

 期待をしていたわけじゃない。ただ、前と同じだと確信できたから、落胆したのだ。


 だというのに。


 ――私、やってみたいです。


 お飾りの分際で、なぜ足掻く。

 貴族を使って、己の力の無さを見せつけたかったのに、なぜ恵まれる。

 どうして、守護竜にまで愛される。


「クソが」


 あの笑顔が腹立たしい。

 不服だが、兄のところへ報告に行かないわけにはいかなかった。燃やしたはずの楽譜が生きていた。おそらく、兄の仕業だろう。つくづく、抜け目のない人だ。


 そうして――執務室の上にあったマント。

 これが、何を意味しているのかわからないはずがなかった。


「残念だよ、ウィリオット」


 覚悟は出来ているか。

 そんな兄の問い詰めるような目に、言い返す言葉はない。

 当然だった。計画を立て始めたときから、ずっと――ずっとわかっていた。優秀な兄ならば、いずれ真実に辿り着く。

 そうして、落胆するのだろう。母親の期待にも応えられず、兄の夢ばかり邪魔をする不出来な弟を持ったことに失望するに違いない。


「王妃の差し金か?」


 思わぬ言葉に耳を疑う。

 同時にその揺れる瞳には、そうであってほしいと願うような気持ちが隠されていた。

 母親のせいならば、まだ、庇える手段はある。そんな風に言っているようにもみえる。


「……いいえ。全て自分で計画したことです」


 手が震えた。

 ほんの一瞬、兄の優しさにすがりつきたくなったからだ。

 どんなに毛嫌いしても、心の底から憎むことができなかった。


「ウィリオット、君には僕の右腕になってほしかったよ」


「ご冗談を。俺がいなくても、なんでも出来るでしょう?」

 

 幼き日々がよみがえる。

 兄に勝てずに悔しいと泣いた日、あのとき何と言っただろうか。

 

「……弟の前では、カッコいい兄でいたかっただけさ。国造りはカッコいいだけじゃ務まらない」

 

 そういって兄は苦笑した。

 

「…………」

 

 あぁ、そうだ。

 あのときも同じことを言われたじゃないか。


 ――お兄ちゃんだから。弟を守るために、頑張ってるんだよ。


 兄は自分のことを愛していてくれていると、わかっていたから。

 だから、直接、兄を狙うことができなかったのだ。敵わないからではない、たった一人の兄に嫌われたくなかった。


「処遇については兄上にお任せします。どのような処分でも覚悟の上です」

 

「……わかったよ」

 

「兄上」

 

 迷った末に、名前ではなく“肩書き”で呼んでしまった。

 けれど――

 

「なに?」


「……俺はずっと『王子』ではない、『兄上』が見たかった」

 

 気づいていた。兄はあの“聖女”の前では、仮面を外して笑っていた。

 それが寂しかった。でも、ようやく――兄にそれを許せる相手が現れた。

 

(……だったらもう、いいじゃないか)

 

 小さく息を吐き、兄に背を向けた。

 もう、言い足す言葉はなかった。

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