第25話 準備
廊下にはみ出した魔術道具、薬草と本が混ざった独特の匂い。雑多に聞こえてくる声がどこか懐かしく、温かさが広がっていく。
ようやく帰ってきたのだ、と実感がこみ上げた。
「みんな、久しぶり!」
「ハルカ!」「ハルカたそー!」
第四班の研究室に顔を出すと、ワッとみんなが集まってくれた。
彼らが遠征から帰ってきたことは知っていたけれど、侯爵家対応の準備に追われ、なかなか研究室に足を運べずにいた。
けれど、挨拶も終わり、宮廷楽団の派遣メンバー選出も一段落ついた今、ようやく戻ってくることができた。
そして、入室して早々に私は机に突っ伏す。
「もう、疲れたよー」
「あっちこっちと飛び回ってるんだってな」
シルヴィオくんがポーションの瓶を置き、「飲むか?」と悪戯っぽく笑う。
これが飲みやすい栄養ドリンクだったなら、一息で飲み干していたかもしれない。
丁重にお断りをいれて、ほんの少しだけ愚痴をこぼす。それが許されるのが、この場所だ。
けれど、グタグタ言っていても仕方がないので、本題にさっそく移ることにした。
四班による各貴族家での魔法演出の割り振りは、シルヴィオくんを中心に、全員の意見を聞きながら進めていく方針だ。
テーマに合わせて、班員たちの出来ること、挑戦してみたい案を吸い上げていく。足りないところは、他班の人も巻き込んでOKとレリオさんから承諾済みだ。そうじゃないと、手が回らない。
「で、あとは昇竜灯だな」
「間に合いそうかなぁ」
「んー…どっか広いところで試験しねぇと、なんとも言えねぇな」
建国祭のメインイベントは“昇竜灯”という、紙製の袋に火を灯し空へ飛ばす、ランタンフェスティバルだ。
城下町の中心に夕方ごろから人々が集まり、盛大に行われる、毎年の恒例行事。
紙には願い事を書いて、この国が平和であり続けることを薄明竜に祈るそうだ。
ちなみに昨年、私が来た時に行われなかったのは、先代聖女の喪が明けていなかったためだ。
(あの頃は、右も左もわからなかったなぁ……)
そこで私は、前から作っていた新しい演出が使えると思い、アレクに相談してみた。
もちろん、即座に許可が下りた。是非ともやってほしい、と言われたので、製作は続行中だ。
四班ほぼ全員で取り組んでいたのと、遠征中も研究を重ねていたようなので、理論上はできそうなところまできていた。
あとは実地試験を重ねられるかどうか、そこが問題だ。
「でも、市民の皆さんが驚くところ見てみたいですよねー!」
「だな。そういや、ハルカ。市民演奏会の演出したんだってな」
「へっ!?」
なんで四班メンバーが知っているの!?
「団長がしょんぼりしてたぞー。ハルカちゃんに嘘つかれた、って」
「うっ……」
アレクの作戦会議の後にちゃんと謝ったのに。
あとで、もう一回、丁寧に謝りなおしたほうがいいのかもしれない。
「私だって、レリオさんには悪いことをしたと思ってるけど……。って、そうだ! シルヴィオくん。魔法のマントって作れるの!?」
「はっ?」
元を辿れば、アレクが持っている変身マントさえあれば、あんな嘘をつく必要もなかった。
毎回、ドキドキしながら馬車に乗ることもなかったし、もっと自由に動けたはず。
それに、マントがあれば城下町にも気軽に行ける。
「あのなぁ……第一級指定魔術具を、そうホイホイ作れるわけないだろ」
「第一級指定魔術具?」
変身マントも含めて、作ることを制限されている魔術道具を指す。
確かに、あれさえあれば、偽装工作は簡単だし、犯罪もたやすい。だから、厳格な管理下におかれている。
作成した場合は、王家の刻印が必須。逆に無断で作成した場合は、重罪となり極刑と多額の賠償金、両方が科せられる。
もちろん、製造方法も厳しく管理されていて、容易に作ることはできない。
アレクはそんなことを気にせず使っているけれど、それは“王子様特権”というモノに他ならない。
(――あれ? 式典のときの私の偽物って一体どうやったんだろう?)
てっきり似たマントを使って化けていたと思っていたのだけど、違ったのだろうか。
シルヴィオくんにそのまま聞けば、彼は大きくため息をついて「それなぁ……」と困った顔を浮かべた。
偽物はやはり変身マントを使用していた。
そして秘密裏に作られていたため、解析するまでかなり時間を要したらしい。
作成する際に刻まれる魔術式は、複雑だけど癖が混じりやすいところから、作成者は特定しやすいそうだ。
だから当初は、術式さえ解読できれば、すぐに犯人を捕まえることができる――と予想していた。
ところが、最大の問題が生じた。マントは、王家の刻印が押されて、初めて真価を発揮できる代物。
その刻印が、巧妙に偽造されて印字されていたのだ。
これは国のセキュリティ管理を揺るがす大事件。偽造印作成だけでも、国家反逆級の罪になる。
すぐさま、調査をしなければならないことなのだけど、なぜか遅々として進まない。
「大方の目星はついてるんだけどな」
それでも、決定的な証拠がない限りは動けない。
現在はその刻印の解析に、レリオさんが全力を注いでいるそうだ。
私の誘拐事件の裏側に、こんなに複雑なものがあったとは思いもよらなかった。
逆に言えば、それだけ犯人にとっては重要な局面だったに違いない。
本当にシグリードに助けてもらえて良かった。
「あの事件のおかげで、殿下から色々と頼まれてるし」
笑顔でゴリ押ししてくるんだよなぁ、とシルヴィオくんはぼやく。
私もそれに対しては大きく賛同する。
(建国祭が終わったら、絶対、カレーパーティーを開いてもらおう)
私は心に固く誓う。
四大侯爵家の演奏会をフォローするだけでも大変なのに、建国祭の演出までやるんだ。
それくらいのご褒美があってもいいはず。ついでに、白米の存在も聞いておきたい。
きっと、シルヴィオくんも気に入ると思う。
いっぱい食べて笑って、また一緒に研究を重ねていきたい。
「さっさと黒幕捕まえて、建国祭、頑張ろーな」
「うん」
シルヴィオくんは力強く笑う。
やっぱり、彼には笑顔がいちばん似合う。
準備はこうして進んでいく。
それは、私の知らない裏側でも同じことだった。
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