第22話 貴族の明暗①
ドルガスア竜王国の東西を流れるフォルツァ川は、交易の重要な中継地点。
生活必需品から隣国産の嗜好品まで、数多の商品が行き交う、ドルガスアの重要な動脈になっている。
その川を中心に領地を治めているのが、これから向かう四大侯爵家の1つ――レガッツィ家だ。
アレクの計画は、毎年建国祭で開催される演奏会を中止し、宮廷楽団員と魔術士団員を限定的に各地へ派遣することだった。
国が音楽文化を独占していると見られるなら、むしろ貴族や市民に開放する。
ウィリオット王子の指摘を真正面から受け入れた、柔軟な作戦だ。
(独占したいわけじゃない。大切にしたいからこそ、思いついたんだろうな)
とはいえ、いきなり全面開放するわけにもいかない。
そこで、四大侯爵家のみに限定してして『お試し派遣』することになった。
なぜ四大侯爵家だけなのかというと、彼らこそが我が国の貴族社会のトップ層であり、他家の動向を左右するほどの絶大な影響力を持つ。
現にクルブス家が抗議したから、それ以下の貴族たちも次々と国への協賛を取り止めた。
(でも……ダーヴィットさんが反対したのもわかる)
宮廷楽団員にしてみれば、建国祭での演奏は年に一度の花形イベント。
それを取りやめてしまうなんて、反発は免れない。
そこもアレクは織り込み済みで、団員のほとんどが貴族であることを持ち出した。
「話は聞いているよ。アレクシウス殿下は、また随分と思い切った提案をしてきたね」
応接室に通された途端、レガッツィ侯爵はニヤリと口角を上げた。
「旦那様。ハルカは聖女様。砕けた口調はお控えくださいませ」
「いいじゃないか、エレナ。君と聖女様はずいぶんと仲がいいんだろう? なら、問題ないじゃないか」
なぁ、そうだろう?と軽く肩をすくめる。
エレナさんの夫であるレガッツィ侯爵は、赤髪のよく笑う快活な人だった。
「確かに貴族屋敷で演奏会を開けば、商談に持ち込みやすい。この前のウィリオット殿下に突っ込まれたときは、どうなるかと思ったけれど……。いやはや、さすが万能の王子様の名は伊達じゃない」
さすが、河川交易で名を馳せているレガッツィ侯だ。
アレクの真意をあっさりと見抜いた。
――貴族とは、矜持と“利”を求めるものだ。
つまり、四大侯爵家で演奏会を開催することで、利益を提示すれば、協賛を中止した貴族たちも戻ってくる。
宮廷楽団員たちの家も恩恵にあずかれるのなら、溜飲を下げざるを得ない。
(こういう経済的な流れは、全然わからないからなぁ……アレクはすごいな)
それに大ホールではなく、四大侯爵家が所有する小ホールで演奏することは、演奏者にとって大きなメリットがある。
ズバリ、目立つのだ。
通常のオーケストラ演奏とは違って、少数精鋭の演奏会になるため、奏者個人の露出度が高い。
個々の技量が問われる分、それだけ注目度が高まるし、奏者としても名が売れて、パトロンになることもできる。そうしたら、ソロコンサートだって夢じゃなくなるのだ。
(それにエレナさんが、魔法演出付きの演奏は勉強になる。って言ってたんだよね)
魔法によって音が視覚的に見えることで、音の表現方法や演奏幅が向上して、とても為になるとか。
実際にエレナさんの演奏を聴くと、以前より深みが増して、旋律に色と煌めきが感じられるようだ。
「さて、聖女様が訪れたのは、当家の演奏方針の確認だったかな」
「はい。建国祭までは半年ほどありますが、今回は異例続きなので早めに準備を、と殿下からのご意向です」
四家同時に行われる演奏会。
各家がどんな演奏会をしたいかによって、派遣メンバーの選出が大きく変わってくる。
魔術士団もそれは同じで、繊細な演奏会に炎魔術の専門家を連れてくるわけにはいかない。
「それはもちろん、エレナを主体とした弦楽四重奏を予定しているよ。ウチはパトロンはいないからね、宮廷楽団からは選りすぐりを頼みたい」
「なら、メンバー選出はエレナさんにお願いした方がいいですか?」
「他家の動向次第かしら。私はどなたとでも合わせられますもの」
エレナさんは自信たっぷりに言う。
彼女らしい発言に頷きながら、打ち合わせはスムーズに進んだ。
*
数日後、次に向かったのはブロット家だ。
ブロット侯爵とは初めての対面になるため、エレナさんに同行してもらい、どんな人か聞くことにした。
「“氷壁の伯爵”と呼ばれる方よ」
「氷壁……ですか?」
曰く、ブロット侯爵が治める地には鉱山がある。冬季閉山中に良質な金属加工を行うことで、領地を発展させてきた。
雪のように白い肌、冬空のような瞳。長身で痩躯、淡い金糸の髪を持つ、美丈夫。
優れた経営手腕とが美貌が重ねなれば、数多の女性が憧れるのも頷ける。
しかし、ブロット侯爵は“無口・鉄壁・冷徹”の三拍子。打っても響くことはなく、取り付く島もないところからつけられた、通称だそうだ。
「そんな人と打ち合わせなんてできるのかな……」
すでにいくつかの提案はもらっていて、その書面は驚くほど精密で驚きほどだった。
テーマや派遣してほしい楽器演奏者、予算、規模に至るまで無駄なく整理されている。
通達を出して間もないはずなのにここまで仕上げてくるとは、アレクも「彼らしいなぁ」と言ったのも納得だ。
「問題ないと思うわ。ブロット侯爵は、無駄なことがお嫌いなだけよ」
そうして着いたブロット侯爵邸は、シンプルだけれど洗練された屋敷だった。
案内するメイドや執事も完璧な所作で、思わず自分が場違いな気分になるほどだ。
実際に挨拶を交わしたブロット侯も、エレナさんの説明通り、精巧な人形のように綺麗な男性だった。あまりにも整いすぎているところから、冷たさすら感じる。
打ち合わせ中も淡々としていて、自分でもこれで合っているのか不安になってきた。
「では、当家のパトロンを紹介させてもらう」
現れたのは、男性のヴァイオリン奏者と女性の鍵盤奏者だ。
ヴァイオリニストの方は、四十代くらいだろうか。ブロット侯よりだいぶ年上で、円熟した様子を感じさせる。
逆にピアノを弾く女性の方は、私よりも少しだけ年上の人で、華やかで可愛らしい。年齢差のあるパトロン2人組だけど、不思議と違和感はなかった。
(なんでだろう?)
途中、ブロット侯が席を外した際、その理由がわかった。
「侯爵様、だいぶ楽しそうですね」
「だな」
「えっ?」
ふふっと笑った女性にヴァイオリニストが深く頷く。
きょとんとした私に、二人はにこやかに説明してくれた。
「侯爵様は誤解されやすい方ですが、実はただの口下手でして」
「ゆえに演奏会の宣伝が大の苦手でしてな……。今回の企画は、まさに渡りに船。通達が届くや否や、すぐに我々へ相談を持ちかけてくださったのです」
表情が乏しいのも、話し方を考えすぎるせいだという。
内緒ですよ、と女性が茶目っ気たっぷりに口元へ人差し指を添えた。
これからの打ち合わせを進める上での、私へのささやかなアシストだったのかもしれない。
エレナさんも初聞きだったようで、私たちは互いに顔を見合わせて笑いあった。
(同じ侯爵家でも、全然違うんだな……)
ブロット家の演奏会は、ピアノとヴァイオリンが織りなす静謐な世界。
だけど、その静けさが胸にしみる、どこか優しい旋律を思わせた。




