第16話 市民演奏会
イル・スオーノの春季演奏会当日。
いくつかのトラブルを乗り越え、とうとうこの日を迎えられたことに胸を撫でおろす。
特に大雪の日は交通の不便さに手を焼かされたし、ティトくんの魔術練習場の確保にも苦労した。
私自身、火や水といった属性の魔術は全く使えないわけではないけれど、あまり得意じゃない。
魔法は“イメージ”が先にある。けれど、ティトくんが使うのは『魔術』だ。魔術は呪文によって発動させるし、火や水が基礎になるので、制御方法を伝えるのが難しい。それで、一度だけ本当にボヤになりかけて慌てて消火したこともあった。
(ティトくん、来年になったら入学するんだっけ)
魔術学校に入ると聞いて、ちょっと羨ましかった。子どもの頃に読んだ本の影響もあって、ずっと魔術に憧れていた。杖を使ったり、箒で空を飛んだり――そんな夢を思い描きながら、黒いフード付きローブを深く被る。
演奏会は前回と同じく午後だったので、レリオさんに「市民団体の演奏会を聴いてみたい」と率直にお願いした。実際に、演出するのは一曲だけ。演奏会を聴くのと、ほとんど変わりはない。
レリオさんはあっさりと頷いて承諾してくれた。一緒に聴いてみたい、と言われたときは焦ったけれど、彼の分のチケットがないことを伝えたら、すんなり諦めてくれた。
(本当は、フリー入場もできるんだけどね)
椅子席は有料だが、立ち聞きは自由だ。
しかも今回、エジュオさんの新曲があるため、椅子席は早々に完売した。ティトくんのお父さんによれば、かなりの人数が押し寄せる見込みらしい。
ということで、私は挨拶は辞退した。顔バレしたくない理由を、魔法演出をマネることは不敬罪になりかねないと誤魔化した。それでも演出直前の説明だけは、観客を混乱させないためにする。
――もしかしたら、噂の奇跡のような演出を見ることができるかもしれない。
そのあとに会場を暗くする。
私の魔法はすでに市民のあいだで尾ひれ付きの噂になっていた。
中には「聖女マルタエルの再来」なんていうものまである。現役時代のシグリードなんて手に追えるわけがないのに。
「皆さま。本日は春の息吹が感じられる良き日に、イル・スオーノ春季演奏会にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
普段はラフな格好のティトくんのお父さんも、今日ばかりはビシッとしたフォーマルスーツ姿だ。他の団員たちも華やかな衣装に身を包み、会場は満員御礼。立ち聞きの人が押し寄せて、場内は熱気で満ちていた。
さっそく1曲目が始まる。
最初から全員の呼吸を合わせて奏でだす。やがて、弦楽器が跳ねるように歌いだした。それに合わせてビオラやチェロが下支えして、フルートとオーボエが空気を切り開き、春の澄んだ風を呼び込む。
2曲目は、優しく伸びやかな一曲。穏やかな日差しのもと、ヴァイオリンのメロディと一緒に歩いていくようだ。
中盤のMCでは、メンバー紹介と軽い挨拶なのだけど、場慣れした団員たちがボケや宣伝を交えて観客を笑わせる。こういうところは、宮廷楽団にはない自由な空気が新鮮で、楽しかった。
そして、3曲目は明るくリズミカルなテンポをヴァイオリンとチェロが誘導する。フルートとオーボエの華やかなユニゾンが、春の光のような輝きを放ち、キラキラと弾ける曲だ。
続く4曲目は、チェロ、コントラバスの安定した土台の上に、ビオラのハーモニーが重なる。高音の主旋律が、春の空をドラマティックに彩っていく。
いよいよ、私の出番だ。
舞台横のパーティションへ、こっそり移動。ここなら、舞台も観客も程よく見ることができる。
外はもう太陽が傾いてきかけてきた。少し早い夜の帳だが、厚手のカーテンによって会場は静かな暗がりに包まれる。
楽譜ライトが灯り、全員の視線が交わる。
小さく頷き合い、曲が始まった。
1stヴァイオリンの孤独なソロ。
頼りなげに揺らぐ旋律に合わせ、小さな光球をいくつか生み出すと、呼吸するように明滅した。
次第に歩き出したヴァイオリンに、チェロとビオラが寄り添う。
やがて、フルートが優しく包み、オーボエが迷わぬように曲を導く。
音が重なって厚みを増すほどに、光も多彩に変化し、舞台の上に色の層が重なっていった。
観客の反応が気になる。
クルブス家の演奏会で否定的な人がいたから、なおさら身体が固くなっていた。
けれど、馴染みのなかった光演出をまるでいつもの光景のように、会場は受け取っている。
否定の空気も、ざわめきもない。
初めて見る光演出のはずなのに、まるで自然な「音の一部」としてそこに存在していた。
――受け取ってもらえて初めて命が吹き込まれる。
ふいに、エジュオさんの言葉が、ふいによみがえった。
光をじっと見つめる人、演奏をじっくり聴く人、全体を俯瞰して感じている人。
それぞれがこの空間と対話して、五感を通して楽しんでいた。
――受け取ってくれた人の中に、一瞬でも魂が宿る。
曲を聴き、思いを受け取り、それを光に変換する。
作曲家の思いや演奏者の表現を、私が受け取って感じなきゃ、浮かび上がってこない。
それらを曲に重ねることで、光の雨を降らせたり、虹をかけたり、変幻自在に音楽を更に魅せていく。
私の魔法演出も曲や物語と一緒で、誰かにこの光景を見てもらって生まれ出るものがある。
喜びも、悲しみも、愛おしさも、私が曲を演出することで、さらに付加価値がつくのなら。
――それはきっと、とても素晴らしいことなんじゃないかな。
目のまえが急に晴れた。
流れ星が落ちていく。
天井から、光の尾を残しながら儚くも飛び散って消える。
ソロから始まったこの曲は、壮大なメロディーを奏でていた。それはまるで、世界を祝福するかのような音。
ようやく、わかった気がする。
私が願ってきた“楽しい空間”が、こんなふうに誰かの世界と重なっていくことが、ただただ嬉しい。
曲が語りかけてくる。
一人で歩いてきた道も、誰かと手を繋ぐことで違う景色へと変わる。
そして、その先で、私を待つ人がいるのだと。
会いたいと願い、声を交わしたいと想って、共に歩んでくれるかもしれない。
あぁ、だから、エジュオさんは言ってくれたんだ。
“一つひとつの光に、喜びや悲しみ、君の想いそのものが宿っているように見えたんだ”
小さな光の鼓動が少しだけ大きく変わり、意思を持ったように脈を打つ。
それは確かに光り輝く、私からあふれ出た命の色。
私の想いが、感情が、光の色になって、みんなに見えているんだ。
――そして、それを受け取ってくれた人の中にも、宿ればいいと願いかける。
曲が終わりを迎える。
余韻のなか、ヴァイオリンの弓が静かに降ろされる。
薄暗い世界へ戻っても、胸の光だけは消えなかった。
拍手が1つ、2つと小さな波紋が。大きなうねりをともなった波を起こす。
万雷の喝采と歓声に、春季演奏会は大いに盛り上がる。
こうして魔法演出は、初めて大勢の市民の前で披露され、ドルガスア国の歴史にまた新たな1ページを残した。




