第14話 共通の音色
馬車に揺られること数分。
この時が一番緊張感が高い。変装しているとはいえ、顔立ちまでは誤魔化しきれない。
(今のところ、バレる気配はないけれど……)
こういうときこそ、アレクの魔法のマントが欲しくなる。
(シルヴィオくんが帰ってきたら、絶対、作ろう)
固く心に誓いながら、マフラーに顔をうずめる。
――秘密の作戦は、今のところ順調だ。
服装は下級の使用人服、さらにマフラーと帽子も被って、身体のラインや顔を目立たせないようにする。
帰宅ラッシュに紛れてつつ、認識阻害魔法をシグリードにかけてもらい、て門の外へ出る。
城下町までの乗合馬車は対面式だから、シグリードを盾代わりにして、私はその隣で深く身を沈める。エジュオさんは、私の正面に座ってもらう。
さらにバレたときに備えて、エジュオさんの『使用人証明書』も申請済みだ。できる限りの手は尽くしているはず。
それでも、不安はぬぐいきれない。
けれど、このスリル。
まるでスパイ活動の最中みたいで、ほんの少しだけワクワクしてしまう。
――なんて言ったら、怒られるかな。
やがて、夕暮れの城下町が視界に広がった。
雑多な喧騒が耳に届き始めると、張り詰めていた緊張感も少しずつほどけていく。
馬車を降りると、私は大きく息を吐いた。
大勢の人で賑わう温かな空気が、まるで「おかえり」と迎えてくれる。
人の群れに紛れる安心感を胸に、思わず頬が緩んだ。
これからは“聖女”ではなくなる。
そう思うだけで、足が自然と軽くなっていく。
冒険者たちのお互いを労う声や子どもと母親の会話、店じまいや酒場の開店準備を上げる音。
この街の“音”のひとつひとつが、耳から胸へと沁みこんでくる。
市民団体の人は、こういった人々の集まりだ。
吟遊詩人や音楽学校の学生、雑貨屋の店主に爵位持ちの三男坊。
身分も職業も異なる人々が、ただ音楽を奏でたい一心で集まっている。
宮廷楽団とはまた別の音楽への情熱を感じられて、その温度がまた心地良かった。
「ハル姉ちゃん!」
「ティトくん、こんばんは」
「こんばんはー!ねぇねぇ、今日も教えてくれるでしょ!」
市民ホールの練習室に入ると、元気な声が飛び込んできた。
名前はティト・ウベルティくん、10歳の魔術士の卵だ。
コントラバス奏者である彼のお父さんに紹介されたときは、びっくりした。以前、冒険者に絡まれていたあの少年だったのだ。助けたあとに、魔術について聞いてきたから何となくは顔を覚えていた。
けれど、まさかこんな形で再開するとは。
そして、私が魔法演出で参加すると聞いて「弟子にしてください!」と真っ先に駆け寄ってきた。
もちろん、最初は丁重にお断りした。そもそも私が使っているのは「魔法」で「魔術」じゃないからだ。
呪文を唱えずに使う。その一点だけでも、根本的に違う。
だから、誤った知識を教えるわけにもいかなかったんだけど……困ったことに「魔術士のハル」である以上は、断る理由として使えなかった。
結局いまは、大慌てで魔術の勉強をしつつ、基礎中の基礎だけをティトくんに教えている。
「すまねぇなぁ、ハル。子守りをさせちまって」
「いえ!私も楽しいですし、勉強になるんで大丈夫です」
ティトくんのお父さんは、この市民団体「イル・スオーノ」の代表を務めている。
本業は、上流から中流階級向けの小売店で、気風が良く懐深い人だ。
だからこそ、エジュオさんとも仲良くやれているというか、彼を気性ごと受け入れてくれたんだと思う。
私とシグリードの事情を説明したときも「聖女様のマネっこができるのか! こいつぁ、すげぇ!」と豪快に笑って受け入れてくれた。
こうして、私は竜の聖女の“魔法演出のマネ”ができる「魔術士」としてここにいる。
ちなみにシグリードは、冒険者仲間の「ハクメイ」であり、同時に魔術の師匠として同行している、という設定だ。
今回の魔法演出は、私の“魔術士としての経験値を積ませるため”という名目になっている。
「春季演奏会までは、そんなに時間もねぇからな、そろそろ合わせ始めるか」
今回は第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの弦楽器だけで9名。フルートとオーボエ奏者が1人ずついる。
冬の時期のため、これだけの人数が集まった。おかげで、音の厚みが膨らむ、室内オーケストラ編成ができる。
メンバーは職業も年齢もバラバラだけど、全員の技術力は高いと思う。宮廷楽団にいたおかげで、耳がすっかり慣れてしまったというか、同じ楽器でも人によって表現する音が全く違うことがわかってきた。
元の世界では、クラシックのクの字も知らなかった。
けれど、この国の音楽はJ-POP調でもあるから、耳馴染みがあって、私にとっては親しみやすい。
そして、その音楽性が技術の差を生む原因でもあった。
私が聞いてきたクラシックは、何というか「響かせる」イメージがあって、全体の調和で魅せるイメージだ。
それに対して、この国の音楽はそのハーモニーも必要だし、単独での指や弓の動きの機敏さも求められる。例えるなら、野球やサッカーみたいに、チームの総合的な能力と個人の卓越したセンスが必要だ。
だから、高い技術力が求められるんじゃないか、という気がしていた。
(ミディーナやロベルトさんって、やっぱりすごいんだ)
そんな難しい音楽を笑顔でやってのける宮廷楽団の凄さを改めて感じた。
そして、その高い技術水準が一般市民の楽団にもあるから、この国の音楽水準の高さにはただただ感服しかない。
だからこそ、今回の騒動の大きさが身に染みてわかってきた。この高い技術力を発揮するためには相応の作曲家が必要だ。これで、エジュオさんが引っ張りだこだった理由がよくわかる。
そして、春季演奏会で披露するのは全部で5曲。
私の魔法演出は最後の曲を飾ることとなった。そして、それはエジュオさんの新曲だ。
最初に、楽譜をなぞるだけの演奏を聞かせてもらったけれど、繊細なイントロから始まり、少しずつ音が重なり、やがて大きな力強いサウンドに切り替わる。
それはまるで、孤独に立ち向かい、空を見上げて手を伸ばし、見果てぬ先を見つめる曲。
聴きながら、胸を締め付けられるような、切なくも温かい気持ちがこみあげてきた。
誰かに優しく頭を撫でられているような不思議な感覚。何故かわからないけれど、涙がこぼれて抑えるのに必死になってしまった。
どんな演出がいいか、心のなかで様々なイメージが浮かび上がってくる。
聞いたときに感じたままにしようか、それとも、イル・スオーノの皆がイメージしたものにしようか。考えるだけで、熱くなってワクワクしてくる。あくまで「竜の聖女のマネ」だから、本気は出せないけれど、それでも十分楽しい。
「じゃあ、1曲目からいくか」
みんなが合わせだしたので、私とティトくんは少し離れたところで机を借りて座学の時間。
初級魔術の本を参考に少しずつ学んでいく。
「んーと、魔素は目に見えないけどあって、それを術式で固めるんでいいんだよね」
「そうそう、そんな感じ。それで、術式はどんな風に固めたいのかっていうのを想像するの」
私は「光よ、円を描け」と右手の指先に意識を集中させる。ポッと光球が現れた。
「うー……っ」
ティトくんも自分の人差し指を見つめるが、なかなか光は出てこない。
シグリードの見立てでは、ティトくんはそれなりに魔力量があるようだ。あとはコツさえつかめば、上達が早いだろうと言っていたので、私と似たタイプなのかもしれない。
「光よ、円を描け!あっ、見て、ハル姉ちゃ……!」
小さくロウソクのような明かりが灯る。
が、すぐにパチンと消えてしまった。
しょんぼりとする仕草に、ふいに魔法を使い始めた自分と重なって見える。あのときも、なかなか上手くできなくて試行錯誤の繰り返しだった。
でも、諦めたくなかったんだ。
この手に宿った魔法だけが、私の唯一の存在証明になると必死だった。
「大丈夫だよ。ちゃんと見てるから」
でも、そんなことはなかった。
自分が思っている以上に、周りの人は気にかけてくれる、助けてくれる。
私はここいると声をあげて、手を伸ばすだけで存在証明になるんだ。
「うん、頑張るね!」
その小さな姿に励まされながら、演奏会の準備は着実に進んでいく。
それは、次第に明るくなっていく希望にも見えた。




