第13話 突破口を探して
澄み切った朝の空気は、身体の奥に溜まっていた澱みを洗い流すようで心地いい。
私はさっそく、昨日のことをシグリードへ相談することにした。
けれど、彼の反応はイマイチだ。
貴族が絡む話でもあるうえに、「まずはアレクに相談すべきだ」という判断だった。
確かに、それが一番正しいルートだとは思う。けれど、アレクの性格上、この作戦には乗らない気がした。
市民団体への曲提供が、本当にクルブス侯爵のプライドを刺激するのかわからないからだ。
貴族社会に疎い私は、貴族という社会的立場がどんなものか知らない。
だから、アレクに話すのはどうしても憚られた。
「ハルカ、お前が何かをしたいという気持ちはわかる。だが、アイツの策に乗るのは危険すぎないか?」
「それは……わかってる。でも、私じゃなきゃできないと思うの。だって、私の魔法がきっかけなら、その解決の糸口を私が見つけなきゃ」
「それは、あの人間が勝手にお前に入れ込んだだけだろう?お前はなにも――」
「ううん。違うよ、シグリード。私は単純に守りたいだけなの」
「守る?」
「うん。私が“楽しい”と感じた空間を守りたいからこそ、取り戻したい」
宮廷楽団が分裂したときも、音楽を通じて一つになれた。
それは、みんな同じ気持ち――“音楽を愛している”という想いを共有していたからだ。
誰もがあの世界を大切に思っていた。本当は、分裂なんて望んでいなかったはず。
けれど現実は、そう単純ではない。
さまざまなしがらみや思惑に翻弄され、理想を保つことは難しい。
現に元の世界だってそうだ。アイドルたちの夢のようなステージは、単純に成り立つものじゃない。たくさんの人やお金、利権が支えている。
それでも――私が動けば、何かのきっかけを生み出せるはずだ。
それが好転に繋がるか、悪化を招くかはわからない。
けれど、少なくとも“何か”は変えられる。
「だから、シグリード。お願い、協力して」
もう一人じゃない。
二人でなら、きっと乗り越えられる。
シグリードは、大きくため息をついた。
しばし沈黙したあと、ふっと笑った。
「……全く、俺の聖女はお転婆だな」
「それって!」
「あぁ、わかった。協力する。ただし――」
シグリードはじっと私を見据える。
「危険だと判断したら、即座に塔へ戻ること。いいな?」
「うん」
こうして、秘密の作戦がスタートした。
――とはいえ、問題は山積みだ。
まず、聖女の勝手な外出は厳禁というルールがある。外に出るには許可が必要で、市民団体の演奏会を手伝いたい、などと言おうものなら、間違いなく却下されるだろう。そもそも、言った時点でアレクに百パーセントばれる。
エジュオさんに楽譜を返すためシグリードと一緒に部屋を訪れ、ついでに相談してみることにした。
市民団体の人たちは、季節ごとに開催される春季演奏会のために、いままさに練習の真っ最中だ。彼らは、週に2~3回、仕事が終えた夕方から夜に練習をしている。
エジュオさんの新曲に私の魔法演出を組み込むとすれば、ギリギリ一曲が限界。だからこそ、一日でも早く練習に合流したい。
そのためには、夕方から夜の時間帯を抜け出す必要がある。
今回の作戦を思いついた彼のことだ。何か妙案を用意しているかと思いきや、どうやらそうでもなかった。
「う~ん、お城に隠し通路ってないのかな」
お城から緊急脱出するときに、地下から地上へ続くトンネルがある、と本で読んだ時がある。
ボタンを押すと暖炉や棚が動いて、階段が現れるといった仕掛けだ。
ちなみに、ここに来る前に竜の塔をくまなく探してみたが、それらしい構造は見当たらなかった。書棚はがっちり固定されてるし、床や壁にも怪しい箇所はない。
おそらく、そうした通路があるとすれば、城の内部だろう。
けれど、無闇に探し回れば怪しまれるし、リスクが高すぎる。
「じゃあ、魔法で飛ぶのはどうだろうか。飛翔するミューズ……うん、いい!」
「却下だな。城壁には兵士がいる。そう易々と飛び越えられない」
城の警備が万全なのはいいことだけど、出るとなると話は別。
どうやら、そう簡単にはいかないようだ。
「じゃあ、ボクの従者っていうのはどうかな? 仮にも爵位持ちだから、いてもおかしくないけど」
「お供かぁ……」
宮廷楽団のメンバーのなかには、従者連れの人もいる。
でもそれは、エレナさんのように城内でお茶会を開くためといった特別なときだけだ。それも、事前に許可が必要で、誰を入れるのかまで厳しく確認される。
「入城に関しては厳しいが、出るときはどうなんだ?」
「出るとき……。そういえば、クルブス侯の練習の時、正門が塞がってるから裏口から入ってくれ、って言われたときあったよね」
練習が長引いて、正門から入れない時があった。夕刻を過ぎると警備上、閉じてしまうからだ。そのため、使用人用の出入り口から入ったことがあった。
ちょうど当番の交代と帰宅ラッシュが重なって、馬車で帰る使用人たちと混雑していたため、歩いて通ったのを覚えている。
入るときは身分証の確認があった。けれど出るときは、特にチェックされていなかった気がする。
「今日の夕方、確かめてみようよ。もしかしたら、紛れ込めるかも」
2人がうなずいたところで、次はアリバイ作りだ。
夕方から夜にいない、ということは夕食を持ってきてくれるロレッタさんを上手く撒かなきゃいけない。
週に2~3日だとしても、察しのいい彼女のことだ。怪しまれるのは確実だ。夕食を塔に持ってこれないようにしつつ、ロレッタさんを近づかせない。これがベストだ。
ただ夕食に関しては、1つ妙案があった。
「夕食は大食堂で食べようかなって思うんだ」
「聖女の君が?」
「うん。お昼はほとんどそこで食べてるし、夕食も開いてるって聞いたから大丈夫だと思う。あと『誰かしら話し相手がいるし、寂しさも紛れるから』と言えば納得してくれるはず」
魔術士団や宮廷楽団と練習をするようになってから、利用するようになった。
最初はロレッタさんが昼食を用意する、と言っていたけれど、一人で食べるのはやっぱり味気ない。大食堂は、大学の学食みたいに広くて、皆と笑いながら食べるのが楽しかった。
今は両方の団に入れない分、食堂ならば誰かに会うことはできる。彼女に嘘をつくのは悪いけれど、気持ちは理解してくれるはずだ。
あとは念のため、塔に来ても大丈夫なように、彼女が立ち入れない部屋にいればいい。
「夜は、魔法の練習のためにシグ……薄明竜のところにいる、って言えばいいかなって」
「薄明竜のところ!? その……大丈夫なのかい?」
「なんで?」
「人喰い竜なんだろう? 国の守護竜とはいえ、危険すぎないだろうか?」
「…………」
エジュオさんの目の前にいるのは、その“人喰い竜”なんだけど。
ツッコミたい気持ちを、笑いを堪えるシグリードの表情で相殺することにした。
忘れかけていたけれど、そういえば、この人、国を滅ぼせるほどの邪竜だった。人型の姿に慣れすぎるのも、考えものかもしれない。
でも――
「大丈夫です。薄明竜はすごく……優しいので」
隣に立つシグリードへ微笑みかけると、彼は目を細めて小さく頷いた。
その仕草だけで、胸の奥がじんわりと温かく満たされていく。
こうして、秘密の作戦案は完成した。
あとは検証し、実行に移すだけ。
目標の演奏会まで、あと2ヶ月。




