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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します!~輝くステージで世界を照らす~  作者: 綾野あや
第2部

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第6話 ざわめきの予兆


 城に戻ったあと、アレクに報告するため、私たちは彼の執務室を訪ねることにした。

 大量の書類と格闘していた彼だったけれど、すぐにティーセットが用意され、報告会が始まった。


「――以上になりますわ。殿下、クルブス侯爵へ正式な謝罪を求めるべきかと存じます」


 エレナさんは、今回の演奏会の報告をキッチリ最後の騒動までしてくれた。

 その内容は、演奏者側、貴族側、公平な語り口でどちらにも偏りがない。

 だからこそ、聖女に向かって常軌を逸した行動を取った男への謝罪を求める判断に至ったのだろう。

 さっそく書状をしたためる準備をしておこう、とアレクも頷いた。

 けれど、私は、謝罪を強く求めるほどのことじゃないと感じている。


「でも、悪い人じゃない……と思うんです」


 私は小さな抗議の声をあげた。

 驚いたように全員の視線が集まる。けれど、それでも伝えたかった。

 あの勢いには、本気でびっくりしたし、怖くなかったといえば嘘になる。

 それでも――胸のどこかで、彼を責めきれない気持ちが残っていた。

 それは"作曲家"としての彼の側面を知ったからこそ、別の気持ちが芽生えていた。


「今回の演奏で使われた3曲目、あれを作ったのがエジュオさんなんですよね? あんなに素敵な曲を作る人が、ただの問題人物だとは思えなくて……たまたま、熱が入りすぎただけじゃないかなぁって」


 とても繊細で素敵な曲だった。

 心を洗うような旋律で、聴いていると光景が自然と浮かぶよう。

 クルブス候が、彼の曲を強く推した理由もわかる。けれど、それ以上に――あの曲は魔法演出のために生まれたとしか思えなかった。まるで音で光を紡ぐような誓いの曲。


「いや。あの行動は目に余る」


 スパン、とシグリードが冷ややかに言い切る。

 一緒にいた二人も、現場にいなかったアレクでさえ深く頷いた。


「ハクメイがそう言うなら、余程のことだね。ハルカ、今後会うことはないだろうけれど、気を付けること」


「う……」


 私は小さく肩を落とした。

 味方してくれると思っていたシルヴィオくんも、目を逸らすばかり。

 どうにかアレクの視線に訴えかけても、彼は涼しい顔のまま「報告、ご苦労様」と話を断ち切る。


「そこまでしなくていいって言ってるのに……」


 思わず口から零れる。

 もちろん、クルブス侯に迷惑をかけてしまったことはわかっている。

 でも――それだけじゃない。

 あの人の中にあった“熱”が、どこか懐かしく思えたのだ。


 それは元の世界で触れていた、オタクに通じるものがある。

 エジュオさんの情熱は、名づけるなら“恋”かもしれないけれど、対象がちょっと違う。

 彼は“竜の聖女”でも“私”でもなく、「魔法演出」そのものに夢中なのだ。


 (……私と同じだ)


 彼らの歌声や演技に魅了されて、声をあげていた。

 それって、悪いことじゃない。むしろ、私はアイドルたちの輝きに恋をして、何度も救われた。

 おそらく彼も、あのお披露目式典で見たステージに惹かれたんだ。


 だから――なんていうか、ちょっと距離は必要だけど、責める気にはなれなかった。

 彼が熱を上げる気持ちがよくわかるから。


「……ハルカ、そのエジュオっていう男が気になるのかい?」


「へっ?」


 いつもの王子様スマイルのアレクなのに、目だけが笑っていない。

 シグリードもシルヴィオくんですら、私から視点を外さない。まるで、次の言葉を慎重に待っているようにも見える。

 気になるのか、と言われたら、答えは「イエス」だ。次の曲も楽しみだし、できることならまた演出もしてみたい。きっと彼なら、今回のことを糧に、さらに精度を上げてくるに違いない。

 リクエストできるなら、もっとテンポの速い、リズミカルな曲だと楽しそう。

 けれど、今後の接点を考えると、それらの望みは薄い気がする。でも、淡い期待だけは消したくなかった。


「うーん、そうかも」


 深いため息だけが、部屋中に響く。

 沈痛な面持ちの男性陣、そしてエレナさんまで顔を覆って項垂れる。


「……ハクメイ。彼女の護衛を頼んだよ」


「あぁ」


(え、なんで護衛の話に……?)


 結局、謝罪状は出すことになり、厳罰は不問となった。

 それでも私が納得できずにいると、エレナさんは「貴女のためなのよ」と優しく告げる。そう言われてしまったら、反論はできなかった。


(なんて言えばよかったのかな……)


 聖女として守られる立場だと、痛いほどわかっている。

 けれど――。


(それって、彼らと同じ立場になったってこと?)


 ほんの些細な言葉が拡大解釈され、ちょっとした行動が注目を集め、自分の一挙一動が誰かの眼に見られている。それはもう、監視と変わらない。

 それでも、アイドルたちは重荷を見せずに輝いていた。


(……でも、私は嫌だな)


 針を刺すような痛みが走る。

 みんなの好意が、どうしようもなく寂しく感じる。

 ぐるぐると得体の知れない何かが胸の奥を蠢いて、息が詰まりそうだった。


 そのとき。


 ポン、と温かな手のひらが頭に乗る。

 そのぬくもりの持ち主を見上げれば、柔らかなまなざし静かに降り注いでいた。

 

「シグ……ハクメイ?」


「今は、シグリードだ」

 

 気づけば、竜の塔。

 周囲には、私と彼しかいなかった。

 髪を滑るように指先が下りて、ゆっくりと離れていく。まだ、もう少しだけ頭を撫でてほしかったような気がして名残惜しい。

 けれど、優しい笑みを向けられるだけで、胸の靄が少し晴れた気がした。


「初めて見たが……いいものだな」


「……あっ」

 

 すぐに、演奏会のことだと気づく。

 シグリードが初めて最後まで、私の魔法演出を見てくれたのだ。

 嬉しくて、じわじわと胸が熱くなる。ようやく見てもらえた喜びと、褒められたことが照れくさくて、耳まで赤くなってきた。

 でも、彼からもらった力のおかげだ。それだけは、どんなことがあってもブレない。


「これからも、続けたいって思うんだ。だから、見ててくれる?」


 ――できれば、ずっとそばで。


「あぁ」


 短いその言葉に、確かな想いが宿っていた。

 それだけで、もう十分だった。


 こうして、初めて貴族主催の魔法演出が加わった演奏会の幕は下りた。

 

 *


 後日、クルブス侯爵から正式な謝罪状と礼状が届いた。

 その手紙には、いかに魔法演出が素晴らしかったかを切々と語られて、次回も当家で開催したいという嘆願まで添えられていた。


 もちろん、それに反旗を翻したのはエレナさんこと、レガッツィ家だ。先を越されて悔しい貴族は、他にも大勢いるらしい。

 

 ――国に依頼すれば、民間でも魔法演出を行ってくれるかもしれない。

 

 そんな声が大きくなっていくのに、時間はかからなかった。


 けれど、それは――信奉する者の火種が、やがて変貌し、大火となって燃え広がる、はじまりでもあった。

 

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