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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します!~輝くステージで世界を照らす~  作者: 綾野あや
第2部

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第3話 城下町


 クルブス家での打ち合わせは、昼食をはさんで行われ、魔法演出組の私たちは先に帰ることになった。

 エレナさんと仲介役の文官は残り、予算や招待客の予定など、細かな調整を詰めていくという。難しい話は完全にお任せだ。


 私たちは先にクルブス家を出て、馬車で真っすぐ城に戻るつもりだったのだけれど――


「腹減ったから、食い行こうぜ!」


 そんな男子高校生みたいなセリフに、城下町に行くことが決定した。

 お腹がすいた、というわけじゃないけれど、せっかく城の外に出たんだ。少しくらい散策したい。

 あまり城下町を歩くことのなかった私は、新鮮な気持ちでいっぱいだった。

 なにより、シグリードとこうして歩くのは初めてだ。

 シルヴィオくんもどこかテンション高めで、迷うことなく屋台通りを目指していく。


「それにしても、後で紹介するって言ってたヤツ、なーんか引っかかるよな」


「そうだね」


 ホールを出た後に、クルブス家お抱えの奏者に挨拶をした。

 宮廷楽団の団員兼パトロンのチェリストが1名、ヴァイオリニストが2名で、全員男性だ。ヴァイオリニストとエレナさんは顔見知りらしい。彼らは今回の演奏会を心から楽しみにしているようで、その言葉を聞けたのは素直に嬉しかった。


 けれど――後日、改めてもう一人追加すると言われた。

 奏者の人たちは、一瞬だけ微妙そうな顔を浮かべていたので、少し気になっている。何か問題がある人なのかもしれない。


「ま、気にしててもしゃーねぇーか。んで、ハルカは金持ってるの?」


「えっ! あっ、そういえば……」


 この世界に来て、かなり時間が経ったというのに、まともに買い物をしたことがなかった。

 もともと外出は禁止だったし、生活に不自由もない。

 だからこの国の貨幣に触れたことさえないのだ。


「じゃぁ、俺のおごりな。今回の仕事が終わったら、殿下にせびっとけよ」


 ビシッと指をさされて、釘を刺される。

 確かに“仕事”なのだから、報酬が出るのは当然だ。

 その発想がすっぽり抜け落ちていた私は、少し戸惑いながらも首を縦に振った。


「うん。そうしたら、今度は私がおごるね」


「おっ、おう」


 シルヴィオくんは頷いたものの、なぜか視線を逸らしてしまう。

 すぐに話題を変えるように、「ハクメイは持ってんのかよ?」とシグリードに尋ねた。

 もちろん、彼も持っていない。


(シグリードが持っていたら、そっちの方がびっくりするよ)


 ずっと塔の中で幽閉されていた彼が貨幣を持っていたら、どんな魔法を使ったのか聞いてみたいくらいだ。

 シルヴィオくんは「護衛騎士のくせに」と肩を落としたが、すぐに「俺の懐の広さに感謝するように!」と胸を張って歩き出す。


 そうして、ふわりと香ばしい匂いが立ち込める屋台通りにたどり着いた。


「わぁ~!」


 青空市場とお祭りの屋台がミックスされた光景に胸が躍る。

 大勢の人がにぎわい、活気に満ち溢れた場所は新鮮だった。前にアルクと城下町に来たけれど、この通りは初めてだった。

 冒険者風の甲冑姿、杖を携えた魔術士――まるでゲームの世界がそのまま現実になったようだ。

 そんな光景に胸が弾み、ついキョロキョロとあたりを見回してしまう。


「ハルカ、肉食う?」


 シルヴィオくんが指刺したのは、大ぶりに切られた塊肉の串焼き。

 ジュージューと炭火が鳴り、甘辛いタレの匂いが鼻を刺激して、食欲をそそる。


「食べる!」


 こういうジャンクっぽいものを食べるのは久しぶりだ。

 塔での食事はもちろん美味しいけれど、どこか上品で物足りなさを感じていた。

 フライドチキンや牛丼、焼肉――そんな“がっつり系”が恋しかったのだ。


 ロレッタさんには悪いけれど、夕飯は少なめにしてもらおう。

 テーブルと椅子が設置してある簡易休憩所に腰を落ち着けると、シルヴィオくんは手渡してくれた。


「ほらよ」


「ありがとう!いただきまーす」


 パクリ。 

 噛みしめただけで、ジュワっと肉汁が口のなかで弾け飛ぶ。 

 熱々の分厚い肉を噛み切って、濃いめのソースが口に広がれば、思わず頬がゆるむ。


「おいしい~!」


「だろ」


 ニカッと笑ってシルヴィオくんも頬張る。

 そして「あ~うめぇ……」と、軽快に食べていく様は、まさに成長期の男の子そのものだ。

 シグリードはどうかというと、同じように口へドンドン運んでいく。言葉を発しなくても、目の輝き具合から十分に堪能しているようだ。

 そんな姿を見ると、嬉しいような、ソワソワするような気持ちになる。小鉢で上品に食べていたときよりも、今のようにワイルドに食べている方が彼らしい。


 私が味わっている間に、シルヴィオくんはあっという間に完食してしまい「もう1個なんか買ってくる!」と飛び出してしまった。


「……ねぇ、シグ……ハクメイ」


「なんだ?」


「どうして、護衛騎士になったの?」


 今なら答えてもらえるような気がした。

 すると彼はふっと穏やかに笑って、口を開こうとする。


「それはだな――」


「このクソガキッ!!」


 突如、怒号が響き渡り、シグリードの声がかき消された。

 発信源をみれば、すでに人だかりが出来かけていて、その中心に冒険者風の大男と、地面にへたり込んだ男の子がいた。


「どうしてくれるんだよ、あぁん!?この防具はなぁ、高ぇんだぞ!それを汚しやがって、どう落とし前つけてくれるんだ!」


 確かに、防具の一部が赤く汚れている。近くには潰れた真っ赤な実が転がっていた。

 男の子は必死に首を振り「違う、僕じゃ……ぶつかってきたのは……」と訴えるが、最後まで言葉にならない。

 その男が、怒りをはらませながらもニヤニヤと笑っていたからだ。

 弱いものをいたぶるのが何よりも楽しい――そんな考えが透けて見える。

 周囲の人々が増えていくものの、誰も助けようとはしない。あの筋骨隆々の男を前にすれば、反抗心など湧いてくるはずがない。その暴力が自分に向けられると思うだけで、ゾッとする。


「払えねぇんなら、同じように潰しても構わねぇよなぁ」


 下卑た笑いを浮かべて、背負っていた極太のこん棒を取り出す。

 あんなものに叩かれたら、ひとたまりもない。宣言通りにぺちゃんこになってしまう。


 怖い。巻き込まれるかもしれない。

 けれど、それでも――――。

 泣きそうな顔で助けを求めるその子を、放っておけなかった。


 私は駆け出し、振り下ろされる前に手を突き出す。


 バチン!


 男の顔めがけて光球を放ち、閃光を炸裂させる。

 突然、強い光を浴びた男は目を眩ませてよろめき、態勢を大きく崩した。

 その隙を私は群衆を擦り抜けて、男の子の手を掴んだ。

 

「走って!」


 叫ぶと同時に、男の子は弾かれるように立ち上がり、私とともに走り出した。

 

「っくそっ、見えねぇ!誰だ、どこいったぁ!?」


 ブンブンと武器を振り回して、周りにいた人たちも散り散りになる。

 私は先ほどの席に戻って、彼を抱きかかえてシグリードの後ろに隠れる。彼を盾にするのは申し訳ないけれど、今はそれしかなかった。

 心臓がバクバクと音を立てて、息が詰まりそうになる。


(見つかりませんようにっ……!)


 腕の中の子をギュッと抱きしめて、震えそうになる自分を堪える。

 やがて、視力を取り戻した男は「くそがぁ!」と怒鳴り、遠ざかっていった。


「――いったぞ」


 シグリードの声に、ハッと息を吐く。

 安全を確認すると、張り詰めていた緊張が一気にほどけて、ようやく深呼吸できた。

 男の子も顔も、ゆっくりと血の気が戻っていく。


「だっ、大丈夫?」


 強く抱きしめすぎたかな、と不安にもなったけれど、男の子はこくりと頷いた。


「まったく……肝が冷えたぞ。急に飛び出すな」


「ごっ、ごめんなさい」 


「だが……よくやった」


 シグリードがため息混じりに、くしゃりと頭をなでてくれる。

 それだけで十分に頑張った甲斐があった。

 嬉しくて顔をほころばせると、シグリードも苦笑しながらもう一度、優しく髪を撫でた。

 男の子も落ち着きを取り戻したようで「お姉ちゃん」と声をかけてきた。


「ありがとう! あとさ、お姉ちゃんも魔術士なの!?」


「……えっ?」


「僕、魔術士を目指してるんだ!だから、さっきの魔術、どうやったの!?絶対やりたい!」


「えっ、えーっと」


 “魔術”じゃなくて“魔法”なんだけどな――。

 そう思いつつも答えに迷っていると、絶妙なタイミングでシルヴィオくんが戻ってきてくれた。

 彼は「大きくなってからな」と、助け舟をだしてくれた。

 そうして、男の子が去り際に、何度も何度も振り返って去っていく。

 

「ハクメイがいたから良かったけど、あんま無茶すんなよ」


 シルヴィオくんにも注意されてしまったけれど、怒られはしなかった。

 

 ――良かった。

 

 初めて演出以外に誰かの役に立てたようで、ほんの少しだけ誇らしくなる。

 こうして、予想外のハプニングがあったのものの、城下町を後にした。


 けれど、あの小さな背中が、どうしてか胸の奥に焼き付いて離れなかった。

 ――この出会いが、後に自分を苦しめることになるとは、夢にも思わなかったんだ。

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