第3話 城下町
クルブス家での打ち合わせは、昼食をはさんで行われ、魔法演出組の私たちは先に帰ることになった。
エレナさんと仲介役の文官は残り、予算や招待客の予定など、細かな調整を詰めていくという。難しい話は完全にお任せだ。
私たちは先にクルブス家を出て、馬車で真っすぐ城に戻るつもりだったのだけれど――
「腹減ったから、食い行こうぜ!」
そんな男子高校生みたいなセリフに、城下町に行くことが決定した。
お腹がすいた、というわけじゃないけれど、せっかく城の外に出たんだ。少しくらい散策したい。
あまり城下町を歩くことのなかった私は、新鮮な気持ちでいっぱいだった。
なにより、シグリードとこうして歩くのは初めてだ。
シルヴィオくんもどこかテンション高めで、迷うことなく屋台通りを目指していく。
「それにしても、後で紹介するって言ってたヤツ、なーんか引っかかるよな」
「そうだね」
ホールを出た後に、クルブス家お抱えの奏者に挨拶をした。
宮廷楽団の団員兼パトロンのチェリストが1名、ヴァイオリニストが2名で、全員男性だ。ヴァイオリニストとエレナさんは顔見知りらしい。彼らは今回の演奏会を心から楽しみにしているようで、その言葉を聞けたのは素直に嬉しかった。
けれど――後日、改めてもう一人追加すると言われた。
奏者の人たちは、一瞬だけ微妙そうな顔を浮かべていたので、少し気になっている。何か問題がある人なのかもしれない。
「ま、気にしててもしゃーねぇーか。んで、ハルカは金持ってるの?」
「えっ! あっ、そういえば……」
この世界に来て、かなり時間が経ったというのに、まともに買い物をしたことがなかった。
もともと外出は禁止だったし、生活に不自由もない。
だからこの国の貨幣に触れたことさえないのだ。
「じゃぁ、俺のおごりな。今回の仕事が終わったら、殿下にせびっとけよ」
ビシッと指をさされて、釘を刺される。
確かに“仕事”なのだから、報酬が出るのは当然だ。
その発想がすっぽり抜け落ちていた私は、少し戸惑いながらも首を縦に振った。
「うん。そうしたら、今度は私がおごるね」
「おっ、おう」
シルヴィオくんは頷いたものの、なぜか視線を逸らしてしまう。
すぐに話題を変えるように、「ハクメイは持ってんのかよ?」とシグリードに尋ねた。
もちろん、彼も持っていない。
(シグリードが持っていたら、そっちの方がびっくりするよ)
ずっと塔の中で幽閉されていた彼が貨幣を持っていたら、どんな魔法を使ったのか聞いてみたいくらいだ。
シルヴィオくんは「護衛騎士のくせに」と肩を落としたが、すぐに「俺の懐の広さに感謝するように!」と胸を張って歩き出す。
そうして、ふわりと香ばしい匂いが立ち込める屋台通りにたどり着いた。
「わぁ~!」
青空市場とお祭りの屋台がミックスされた光景に胸が躍る。
大勢の人がにぎわい、活気に満ち溢れた場所は新鮮だった。前にアルクと城下町に来たけれど、この通りは初めてだった。
冒険者風の甲冑姿、杖を携えた魔術士――まるでゲームの世界がそのまま現実になったようだ。
そんな光景に胸が弾み、ついキョロキョロとあたりを見回してしまう。
「ハルカ、肉食う?」
シルヴィオくんが指刺したのは、大ぶりに切られた塊肉の串焼き。
ジュージューと炭火が鳴り、甘辛いタレの匂いが鼻を刺激して、食欲をそそる。
「食べる!」
こういうジャンクっぽいものを食べるのは久しぶりだ。
塔での食事はもちろん美味しいけれど、どこか上品で物足りなさを感じていた。
フライドチキンや牛丼、焼肉――そんな“がっつり系”が恋しかったのだ。
ロレッタさんには悪いけれど、夕飯は少なめにしてもらおう。
テーブルと椅子が設置してある簡易休憩所に腰を落ち着けると、シルヴィオくんは手渡してくれた。
「ほらよ」
「ありがとう!いただきまーす」
パクリ。
噛みしめただけで、ジュワっと肉汁が口のなかで弾け飛ぶ。
熱々の分厚い肉を噛み切って、濃いめのソースが口に広がれば、思わず頬がゆるむ。
「おいしい~!」
「だろ」
ニカッと笑ってシルヴィオくんも頬張る。
そして「あ~うめぇ……」と、軽快に食べていく様は、まさに成長期の男の子そのものだ。
シグリードはどうかというと、同じように口へドンドン運んでいく。言葉を発しなくても、目の輝き具合から十分に堪能しているようだ。
そんな姿を見ると、嬉しいような、ソワソワするような気持ちになる。小鉢で上品に食べていたときよりも、今のようにワイルドに食べている方が彼らしい。
私が味わっている間に、シルヴィオくんはあっという間に完食してしまい「もう1個なんか買ってくる!」と飛び出してしまった。
「……ねぇ、シグ……ハクメイ」
「なんだ?」
「どうして、護衛騎士になったの?」
今なら答えてもらえるような気がした。
すると彼はふっと穏やかに笑って、口を開こうとする。
「それはだな――」
「このクソガキッ!!」
突如、怒号が響き渡り、シグリードの声がかき消された。
発信源をみれば、すでに人だかりが出来かけていて、その中心に冒険者風の大男と、地面にへたり込んだ男の子がいた。
「どうしてくれるんだよ、あぁん!?この防具はなぁ、高ぇんだぞ!それを汚しやがって、どう落とし前つけてくれるんだ!」
確かに、防具の一部が赤く汚れている。近くには潰れた真っ赤な実が転がっていた。
男の子は必死に首を振り「違う、僕じゃ……ぶつかってきたのは……」と訴えるが、最後まで言葉にならない。
その男が、怒りをはらませながらもニヤニヤと笑っていたからだ。
弱いものをいたぶるのが何よりも楽しい――そんな考えが透けて見える。
周囲の人々が増えていくものの、誰も助けようとはしない。あの筋骨隆々の男を前にすれば、反抗心など湧いてくるはずがない。その暴力が自分に向けられると思うだけで、ゾッとする。
「払えねぇんなら、同じように潰しても構わねぇよなぁ」
下卑た笑いを浮かべて、背負っていた極太のこん棒を取り出す。
あんなものに叩かれたら、ひとたまりもない。宣言通りにぺちゃんこになってしまう。
怖い。巻き込まれるかもしれない。
けれど、それでも――――。
泣きそうな顔で助けを求めるその子を、放っておけなかった。
私は駆け出し、振り下ろされる前に手を突き出す。
バチン!
男の顔めがけて光球を放ち、閃光を炸裂させる。
突然、強い光を浴びた男は目を眩ませてよろめき、態勢を大きく崩した。
その隙を私は群衆を擦り抜けて、男の子の手を掴んだ。
「走って!」
叫ぶと同時に、男の子は弾かれるように立ち上がり、私とともに走り出した。
「っくそっ、見えねぇ!誰だ、どこいったぁ!?」
ブンブンと武器を振り回して、周りにいた人たちも散り散りになる。
私は先ほどの席に戻って、彼を抱きかかえてシグリードの後ろに隠れる。彼を盾にするのは申し訳ないけれど、今はそれしかなかった。
心臓がバクバクと音を立てて、息が詰まりそうになる。
(見つかりませんようにっ……!)
腕の中の子をギュッと抱きしめて、震えそうになる自分を堪える。
やがて、視力を取り戻した男は「くそがぁ!」と怒鳴り、遠ざかっていった。
「――いったぞ」
シグリードの声に、ハッと息を吐く。
安全を確認すると、張り詰めていた緊張が一気にほどけて、ようやく深呼吸できた。
男の子も顔も、ゆっくりと血の気が戻っていく。
「だっ、大丈夫?」
強く抱きしめすぎたかな、と不安にもなったけれど、男の子はこくりと頷いた。
「まったく……肝が冷えたぞ。急に飛び出すな」
「ごっ、ごめんなさい」
「だが……よくやった」
シグリードがため息混じりに、くしゃりと頭をなでてくれる。
それだけで十分に頑張った甲斐があった。
嬉しくて顔をほころばせると、シグリードも苦笑しながらもう一度、優しく髪を撫でた。
男の子も落ち着きを取り戻したようで「お姉ちゃん」と声をかけてきた。
「ありがとう! あとさ、お姉ちゃんも魔術士なの!?」
「……えっ?」
「僕、魔術士を目指してるんだ!だから、さっきの魔術、どうやったの!?絶対やりたい!」
「えっ、えーっと」
“魔術”じゃなくて“魔法”なんだけどな――。
そう思いつつも答えに迷っていると、絶妙なタイミングでシルヴィオくんが戻ってきてくれた。
彼は「大きくなってからな」と、助け舟をだしてくれた。
そうして、男の子が去り際に、何度も何度も振り返って去っていく。
「ハクメイがいたから良かったけど、あんま無茶すんなよ」
シルヴィオくんにも注意されてしまったけれど、怒られはしなかった。
――良かった。
初めて演出以外に誰かの役に立てたようで、ほんの少しだけ誇らしくなる。
こうして、予想外のハプニングがあったのものの、城下町を後にした。
けれど、あの小さな背中が、どうしてか胸の奥に焼き付いて離れなかった。
――この出会いが、後に自分を苦しめることになるとは、夢にも思わなかったんだ。




