第2話 護衛騎士
依頼をもらってから数日後。私は馬車の中にいた。
前の席にいるのは、仲介役の文官とシルヴィオくん。私の隣には、エレナさんが座っている。
そして――――御者席には、護衛騎士の『ハクメイ』が座っている。
「なぁ、ハルカ。ハクメイって何者?」
シルヴィオくんの疑問はもっともだ。あんな偉丈夫、黙っていても目立つ。
けれど、私も事前に知らされていなかったから、言葉に詰まってしまった。
「えっ、ええっと、その……ちょっとお世話になった人かな」
「ふーん、ま、いいけどさ」
曖昧に笑って誤魔化すと、納得は出来ていないけれど、それ以上の追及は避けてくれた。
(……ほんと、言ってくれたら良かったのに)
こっそりため息をついて、小窓の向こうに座るハクメイ――いや、シグリードへと視線を向ける。
事の始まりは出発直前のことだった。
演奏会の企画をまとめ、最終確認を終えてさぁ行こう、というその時。
アレクが私たちを呼び止めたのだ。
「あぁ、待って。ハルカに護衛をつけたいんだ」
「護衛?」
お披露目式典での誘拐事件から、アレクも考えてくれたのかもしれない。
聖女という立場上、護衛が必要だというのも理解できた。私以外の人もすんなり納得してくれて、アレクに紹介されるのを待った。
その時のアレクのニコニコ顔といったら、忘れられない。
「最強の護衛だから、ハルカも頼るといいよ」
と、言われたら、よっぽど強い騎士団の人なんだろうと想像するじゃないか。
――そして、現れたのがシグリードだった。
最初は、訳がわからず「えっ、なん、で……?」と混乱して、頭は疑問符だらけだった。
でも、驚きのあまり彼の名前を呼ばなかった自分を褒めてあげたい。真名は大切だからこそ、慌てて口を押えたのは、ナイス判断だったと思う。
それに、みんなの前で慌てふためくワケにもいかなかなかった。オーバーリアクションをしたら、逆に怪しまれる。
そんな私をよそに、アレクは“悪戯成功”とばかりに笑い、シグリードもどこか楽しそうに微笑んでいた。
「ハルカとはもう知り合いだけど、改めて紹介するよ。今日からハルカ専属の護衛騎士、『ハクメイ』だ」
シグリードは軽く頭を下げる。その姿に、今すぐ問いただしたいことが山ほど浮かぶ。
けれど、アレクは「とある事情で雇ったんだけど、強さは僕が保証する」とだけ答えた。
せめてもの意趣返しに睨みつけても、まるで子猫の抗議くらいにしか思っていないのだろう。
にこやかに「よろしくね」と言い残して、すべてを流してしまった。
「かしこまりました。それでは、殿下。御前を失礼させていただきます」
皆が頭を下げ、馬車へと向かう。
その中にシグリードの姿もあって、思わずマントを引っ張ってしまった。
「ちょ、ちょっと!」
振り返った彼は、竜王国の騎士服をまとっていて――息をのむほど似合っていた。
その笑みは柔らかく、そして挑発的で。
「ハクメイだ。間違えるなよ」
「――ッ!」
その不敵な笑みに心臓を飛び上がる。
けれど、シグリードは明確に答える気はないようだ。振り返ってアレクを見ても、彼は“いってらっしゃい”と手を振り見送るだけだった。
そんなわけで、もやもやを抱えながら馬車に揺られている。
けれど、シグリードのことばかり考えていられない。
なぜなら、これから“初仕事”を迎えるからだ。
馬車の窓の外に広がる貴族街は、壁に囲まれた屋敷が立ち並び、噴水や庭園がちらちらと見える。庶民の私には、どの屋敷も別世界に思えた。
(ちゃんと、受け答えできるかな……)
そんな不安を抱えていると、ふと気になって隣のエレナさんに尋ねる。
「エレナさんの本宅も、ここの辺りあるんですか?」
「そうですわね。こちらの通りとはまた反対の場所にありますわ。それにしても――クルブス家に先を越されるとは思ってもみませんでしたわ」
エレナさんは苦笑して、窓の外を眺めた。
今回の視察にエレナさんが選ばれたのも、宮廷楽団メンバーであると同時にレガッツィ侯爵夫人としての助力もお願いしたいからだった。
やがて馬車は大きな門の前に到着した。
ぐるりと噴水を回り、玄関前で止まる。恰幅のいい男性が出迎えてくれた。
「ようこそお越しくださいました、聖女様!私はフィリベルト・クルブスと申します。ささ、どうぞ、どうぞ、屋敷へお上がりくださいませ」
大歓迎で迎えてくれたのはいいけれど、エレナさんの顔を見た途端に少し曇らせた。
それでも私たちは丁寧に挨拶を交わし、演奏会が行われるホールを見せてもらうことになった。
「先日の大ホールには及びませんが、当家自慢のホールにございます」
案内されたホールは、贅を尽くした見事な造りだった。
モザイクタイルに、細やかな装飾が施された白磁の柱。天井には繊細なフレスコ画が描かれている。
階段には真紅の絨毯が敷かれ、小ぶりながらも気品が漂う。
「わぁ……すごい」
そして舞台も立派すぎるほどだった。
緞帳は金色のタッセル付きで華やかだし、舞台袖の枠部分も木彫りの彫刻が見事だ。
客席は、100人規模の広さだけど、椅子もしっかりしたクッション性の高いもので座り心地は文句なしに良い。
まるで、オペラ座を縮小したような煌びやかなホールだ。
「いかがでしょう、聖女様?」
「立派すぎて……こんな場所で魔法演出できたら、とても素敵だと思います」
そう言うと、クルブス侯は満足げに頷いた。
シルヴィオくんと共距離感を掴むために、ホールを歩きながらメモを取っていく。
「前より照明を強めた方がいいかもな。貴族って派手好きだし」
「そうだね。華やかな曲だったら、花びらや光の演出も考えようか」
彼と歩きながら、舞台の広さや客席との距離感、前後から見た視点などを見ていく。
浮かんだアイディアや気をつけたい所を書いて、意見を重ねていく。
(良かった、私ちゃんと出来てる)
不安だった初仕事も、こうして“仲間と意見を交わす時間”に変わっていく。それが、少しだけ誇らしかった。
積み重ねてきた努力が形になっていくのを実感しながら、私は一歩ずつ前へ進んでいった。
(この後も大丈夫そうかも)
ホールの見学後は、クルブス家お抱えの演奏家たちと顔合わせが控えていた。
――けれど、そのとき何か引っかかるような感触があった。




