閑話2:お茶会②
レガッツィ家のブティック「コローレ・ムジカ」は貴族街でも一番大きな店の中にある女性向けの装飾洋品店だ。
お店自体は3階建てで、1階が女性向けの雑貨類、2階が装飾洋品、3階が事務所兼エレナさんのセカンドハウスとなっている。
馬車で乗り付けた私たちは、さっそく店内へ入っていく。
「わっ……すごい」
ドアマンが開けてくれた扉の先には、庶民では到底足を踏み入れられないような優雅な空間が広がっていた。
白と明るい水色で統一された店内は、ロココ調の愛いらしいチェストや棚が並び、トレイには、繊細なネックレスや指輪、ヘッドドレスなどがきらめいている。
奥にはティーセットや茶葉、食器類まであり、どれも一級品ながらもどこか親しみやすい雰囲気をまとっていた。
まさに、貴族の令嬢や奥様がこぞって通いそうな名店だ。
「ハルカ、時間がないからあとで見よう。もう、二階で用意してくれてるから」
「えっ!?」
ミディーナに促されて、私は真っ白な螺旋階段を慌てて上がる。
繊細な彫刻が施された手すりに思わず目を奪われつつも、胸は高鳴っていた。
これほどまでに作り込まれた空間の二階には、どんな世界が待っているのだろう。
そんな期待を胸に、最後の段を踏みしめた瞬間、その想いが一気に満たされる。
そこにあったのは――――華やかなドレスの花畑だった。
小さなパーティー用から舞踏会用の豪華絢爛なものまで、色とりどりのドレスが壁一面にグラデーションを描く。
個別の大きなラックには、スカートだけ、ブラウスだけといった動きやすい服もあった。
そして、中央のマネキンに飾られた、大胆に肩を出した真紅のドレスには思わず息を呑む。
こんなにセクシーな服、この世界で初めて見た。
「アレクシウス殿下のご視察に聖女様がご同行されるわ。皆、準備はいいかしら?」
「はい、奥様!」
エレナさんの声に応じて、従業員が移動式ハンガーラックを押してくる。
すでに数着のワンピースが選び抜かれていた。
(ひっ、ひえぇぇ……)
まさかここまでの騒ぎになるとは思わず、半泣きで逃げ出したくなってきた。
けれど、エレナさんとミディーナはさっそく吟味に取り掛かり、私に次々と服を当てはじめた。
「やっぱり可愛い系がいいと思うですよね」
「そうかしら?ご視察というのであれば、品格も大切よ」
「でも殿下って、ワリと動き回ると思うですよね。そうすると、歩くやすい方がいい気もします」
まるで戦場のようなやり取りの中、私は完全に着せ替え人形状態。
スカート丈の短いもの、透け感のあるレース地、華やかすぎる刺繍。元の世界でも、これほど試着したことはなかった。
やっと服の方向性が決まってくると、靴にアクセサリー、明日のヘアメイクにまで話が及んでいた。
「あ、あの……なにもここまで選ばなくても……」
「何を言ってるの!」
二人の声が見事にハモる。
「いい、ハルカ?あの、アレクシウス王子との視察よ、視察!これがどういうことかわかる?」
「えっ、ええと」
「ミディーナ、落ち着きなさい。……ハルカ、一国の王子と並び立つということは、それだけ重大なことなのよ」
「っ、はい……」
言われてみればその通りだ。
相手は王子なのだから、キチンとした身なりでないと失礼に当たる。
でも……アレクシウス王子と出かけるということに実感が湧いてこなかった。あまりにも唐突だし、どうして私が?の方が気持ちとしては強い。
だからこそ、二人のテンションについていけない自分がいる。
そんな私を見て、エレナさんは小さくため息をつき「お茶会で言いかけたことがあるわ」と、淡い水色のワンピースをそっと当てて微笑んだ。
「殿下が貴女を見つめるときの目――とてもお優しいのよ。それこそ、本当に、心の底から向けられているわ」
その言葉に、思わずミディーナを見る。
「だから、可愛くしてあげたいの」
彼女も柔らかく笑った。
とくん、と小さく胸が弾む。
誰にでも優しいからこそ、少しでも“特別”と思われるのなら――。
そんな淡い期待が芽生えてしまうのは、きっと自惚れなんかじゃない。
あの笑顔は、そんな気持ちを助長させる魔力があるのだから。
私は、心の中からふつふつと湧きたっているものを感じた。
「……可愛い、って言われてみたい、です」
自分でも驚くほど素直に口から出た言葉に、ミディーナが嬉しそうに抱きついてきた。
そして「うん、うん!」と力強く頷く彼女を見て、エレナさんも小さく笑みを浮かべる。
彼女は、追加の服を従者に依頼して――まさにここからが本番なのかもしれない。
「もう一度、服から選びなおしましょう。ハルカ、貴女の希望を聞かせてちょうだい」
「えっと、それなら……」
それからの時間は本当に楽しく、あっという間だった。
服も選びながら、ミディーナの服やエレナさんのアクセサリーまで、自然と話しが広がっていく。
それはまるで、普通にショッピングに来た友達同士みたいだった。お互いに似合うものを見せたり、全然違う話題になったり。
そしてようやく、服が決まり、靴とアクセサリーも定まった。
「これなら問題ありませんわ」
「バッチリだね!」
二人の太鼓判を受けて、私は鏡の前に立つ。
いつもよりも背筋を伸ばし、胸を張ってみる。
ふわりと一回転すれば、スカートの裾が舞い上がり、耳元のイヤリングが優しく揺れた。
「可愛い……かな?」
はにかむように笑えば、二人とも大きく頷いた。
こうして、にぎやかなお茶会騒動を終え、明日の視察に向けての準備が整ったのだった。
「ところで、ミディーナ」
「なぁに?」
「視察って、お付きの人とかいるんだよね。やっぱりちょっと意識しすぎたかな」
「ふふっ。それは殿下次第じゃないかなあ」
ミディーナが意味深に笑う。
まさか、二人きりで歩くことなるとは、この時はまだ予想すらしていなかったのだから。




