閑話4:竜の塔①
第1部 37話の後の話。
シグリードとの話です。
無事に竜の聖女のお披露目式典が終わり、ようやく平穏が訪れた。
特にこの一ヶ月は、本当に目が回るほど忙しくて、城内も外も駆け回ってばかりだったように思う。
それでも、やり遂げた達成感は、今までの人生で一番大きかった。
「なんか、ずっと準備で忙しかったから、何をやればいいか忘れちゃったな」
朝、シグリードに挨拶したら、すぐさま城内か楽団、魔術士団のどれかへ飛んで行っていた。
だから、こうして彼とゆっくり過ごせる時間は本当に久しぶりだった。
「これからまた考えればいい。ゆっくり過ごすのも悪くないだろう」
「うん」
それこそ、シグリードみたいに一日中、寝ていてもいいかもしれない。
みんなと過ごすうちに、人見知りな自分もだいぶましになったと思う。もちろん、喉につかえて言葉が出ない時がないわけじゃない。
でも、あのライブ演出を再現できるのは私だけだと思ったら、伝えなくちゃって必死になれた。
その甲斐あって、あの舞台に立てたんだ。半年間、本当によく頑張ったと自分で思う。
特に魔術士団の人たちとは打ち解けるのは早かった……というより、ステージの話ならいくらでもしていられるからだ。
つくづく私は、オタク気質なんだと思う。
「あのね。シルヴィオくんに『いつでも来ていい』って言われたんだ。魔法演出は、色々と応用できるからって」
四班のみんなも大歓迎だと言ってくれた。
団長のレリオさんも許可してくれたし、アレクも今後のことを考えるとそれがいい、と頷いてくれたんだ。
もちろん、宮廷楽団も「遊びにおいで」と笑ってくれた。特にミディーナは「一緒に買い物に行きたい」と言ってたけれど、簡単に許可は下りなさそうだ。
エレナさんのブティックに行けたのは「侯爵家」という後ろ盾があったから強硬できたらしい。
私の責任者でもあるアレクが、それでも咎めてきたのなら“殿下も可愛らしいハルカを見たくありませんか?”とエレナさんは言うつもりだったとか。
自分の容姿に自信があるわけじゃないけれど、みんなで選んだ服は本当に可愛かったから、アレクも目をつぶってくれたのだろう。
「よかったな。……ところで、ハルカ。その……シルヴィオとはだいぶ仲がいいな」
「うん、そうかも。前は、あんまり男の子と話すことなんてなかったけど、シルヴィオくんは話しやすいんだよね」
ちょっと口は悪くて我が強いけれど、ちゃんと筋は通す。それに、飛び級で魔術学校を出ているのに、ちっとも鼻にかけない。真っすぐひたむきな姿勢で、研究に取り組んでいる。優秀な班長だけど、みんなから愛されるヤンチャな弟分みたいな雰囲気だ。
クラスにいたら陽キャだけど小ざっぱりしていて、友達にいてほしいタイプだ。
「そうか、よくお前から聞く名だからな」
会ってみたいものだ、と小声を漏らす。
ずらりと並んだ鉄格子を見つめ直す。
竜のときはピッタリでも、彼が人型になると、牢の中はかなりのスペースが余っていた。
その余白が妙に寒々しくて、ひんやりと肌が冷たい。
「ね、シグリードは外に出たくないの?」
舞踏会が終わったあとから、ずっと考えていた。
もう、檻の中にいる必要はないんじゃないか、って。
契約は生きている。それは守護竜として、この国を守ってくれることに相違はない。
だったら、ここから出てもいいような気がするんだ。こうして半年以上も彼と話してきたけれど、身に危険が及ぶようなことは、一度だってなかった。
私に触れるときは、どんなときも優しく丁寧だ。それこそ、「竜」であることを忘れてしまいそうにそうなほど、人として私に接してくれる。
「いや、俺はここで構わないが?」
少し驚いた顔をして、シグリードは言葉を返す。
その言葉がほんの少しだけ寂しかった。
「えー……舞踏会の時は外に出てたのに」
「アレはアレクシウスが許可を出したからだ。普段はここにいるべきだろう」
当然のように言うので反論しづらい。
けれど、ここにいたらシルヴィオくんに会わせることも、ミディーナに紹介することもできないんだ。
確かに一般的には竜は、獰猛で危険な生き物かもしれない。
でも、私の中では“特別な竜”でもあり“人”でもある。
だからこそ、諦めたくなかった。
「じゃあ、アレクから許可が出たら、外に出られる?」
「……ハルカ。俺は、この国の守護竜だ。そう、やすやすと外に出るわけにはいかないだろう」
「そう……だけど」
真面目すぎる竜に、ちょっとだけ八つ当たりしたくなる。
だからこそ、こうして私に付き合ってくれているのだ。
その優しさも誠実さも嬉しいけど、もどかしい。
魔法演出について躓いた時も話を聞いてくれるし、一緒に考えてくれる。たわいもない話や愚痴も、苦笑しながら頷いてくれるんだ。
でも、一緒に曲を聴けたらもっと理解し合えるし、隣にいてくれたら些細な笑い話ももっと楽しいのに――。
黙り込んだ私に、格子の隙間から大きな手が伸びてくる。
包み込むような温もり。
その安心感は、何度撫でられても変わらない。
「俺は……ここでいい。お前が、こうして毎日来てくれて、名を呼んでくれるだけで十分だ」
目を細めて微笑を浮かべる。
その笑顔に、胸がきゅっと痛む。
(……ずるいよ、そんなこと言わないでよ)
わかっていても、冷たい格子の存在は私とシグリードの大きな隔たりだった。
*
後日、式典の反省会も込めた会議に召集された。
初めて大ホールで執り行われた式典は、国中から大絶賛だったらしい。特に魔法演出のインパクトは大きく、ドルガスア国の音楽文化の威信を改めて示す結果となったと、国王陛下からも直々に太鼓判を押された。
今後も聖女の活躍に期待してる、と言われてしまったけれど、あそこまで大規模なことは早々ないだろうと私は考えている。
会議ではいくつか改善点も出たものの、全体としては滞りなく終わった。
「あっ、アレク、シウス様!」
解散の声が掛かった途端、私は慌ててアレクを呼び止め、部屋の端へ連れ出した。
まだ文官が残っていたので、念のため“様”付けで呼んだのだ。
そして小声で、シグリードの件を物は試しで尋ねてみることにした。せめて、檻の外くらいには出してあげられないだろうか、と。
私の話を聞きながら、アレクの口元がじわりと緩んでいく。
「ハルカ側にいられるほど、小さくないでしょ、彼」
「…………あ」
人型のことばかりが念頭にあったから、竜の姿で寝ていることをすっかり忘れていた。
シグリード側は確かに広いけれど、私が普段暮らしている空間に彼が来たら……ギュウギュウどころの話ではない。
結局、シグリードは檻の中で過ごすしかないのだと思うと、抱いてきた希望がみるみるうちに萎んでいく。
「でも……門番たちは、日夜業務に励んでいるからね。たまに、塔の窓から人が出てくる……なんて、白昼夢を見るかもしれない」
アレクは困ったように唸りながら、しかし“わかっているだろう?”と言いたげに続ける。
「だから、あとで門番たちに活を入れにいかないとなぁ。白昼夢を見ている、なんて言わないように箝口令を出さなきゃ」
彼が何を言わんとするのか、改めて聞かなくてもわかった。
萎んだ希望がみるみる内に復活して、胸いっぱいに膨らんだ。
「ありがとう!」
そう告げると同時に、私は踵を返し、勢いのまま塔へ駆け出していた。




