婚約破棄までの舞台裏【最終話】
数日後。王妃殿下とロゼッタの母リゼッタが戻ったこともあり、今回の婚約破棄の関係者一同が謁見の間に集められた。
陛下と王妃殿下をはじめ、皆、かなり憔悴していた。
殿下と伯爵家のカルラは、目の下にクマが出来て随分と疲れているように見えた。
皆が揃ったのか、謁見の間の扉が閉められると、陛下は皆の顔を見て、ゆっくりと口を開いた。
「皆を集めたのは他でもない。王太子アルベルトの婚約者が変更となった。リシウス侯爵家のロゼッタ嬢から、ライ伯爵家のカルラ嬢になることが正式に決定した」
「え? ロゼッタ様ではなくなるの?」
アリアが青い顔で呟きながらロンド公爵を見上げた。公爵は知っていたようで静かに頷き、声を上げた。
「陛下の決定に異存はございませんが、新しい王妃となられるライ伯爵家のご令嬢の王妃教育はどうなっているのです?」
公爵の問いかけに陛下が口を開いた。
「その件に関しては、フォアルド。発言せよ」
「はっ!」
末席に控えていたフォアルドが声を上げた。
「すでにカルラ様は王妃教育を始められております。幸いにも学園での学びは全て優秀な成績で終えておりますので、王妃としての学ぶべきことを5年ほど、離宮に篭られて学んで頂く予定です」
離宮――あの場所は、別名監獄と言われている。
周りから隔離されて、朝から晩までひたすら勉強をする場所らしい。現王妃殿下も王妃教育を全く受けずに学園時代に婚約されたので、学園をご卒業した後に、離宮に入られて学んだそうだ。
当所の予定は5年と言われていたが、『こんなところに5年も無理!!』とおっしゃられて死ぬ気で学んだおかけで4年で出られた。
「またアルベルト殿下には、婚約者も代わられて皆も不安に思っておられると思いますので、しばらくは貴族の皆様に個別で面会や、様々な施設の訪問を重ねて理解を得る予定です」
どうやら、フォアルドは殿下に一から公務をやり直させるつもりらしい。
婚約者が代わって不安か……上手い理由を考えたものだな……
話が終わってフォアルドと目が合った。フォアルドは少しだけ微笑んだ。
「離宮に……」
アリアがそう小声で呟いた。
それを聞いたロンド公爵が発言した。
「回答感謝いたします」
その後、カルラ嬢の王妃教育が終わるまでに公務をどうするのかを陛下が説明されて解散した。
今後の仕事の振り分けに中に当然だがロゼッタは入っていなかったのでほっとした。
カルラが王妃教育を終えるまでは、絶対にロゼッタ嬢には何かの手伝いが回ってくるかもしれないと思っていたので安堵した。
皆が謁見の間を出た後に、陛下と王妃殿下と、私の両親。そしてロゼッタの両親が残った。
陛下がロゼッタを見ながら苦しそうに言った。
「ロゼッタ嬢。本当にすまなかった。皆で話し合った結果、ロゼッタ嬢が望むのであれば『ゲッシュロッセン修道院』行きも承認することにした」
「え?!」
「何を!!」
ロゼッタと私が同時に声を上げた。だって、あの場所は令嬢にとってはかなりつらい場所のはずだ。私との結婚も控えているというのに、陛下は何を言っているのだろうか?
私が声を上げようとすると、ロゼッタの母のリゼッタが口を開いた。
「ロゼッタ、よく聞いてね。あの場所は自分の国で虐げられたり、自分の国に絶望した貴族令嬢が国籍を自由に選べる場所なの」
「え? 自由に国籍を選べる?」
ロゼッタの疑問も最もだった。私も随分と酷い場所だと聞いていたからだ。
驚く私たちに向かって、王妃殿下が口を開いた。
「そう。貴族の令嬢がむやみにゲッシュロッセン修道院に逃げ込まないように、真実は伏せてある国が多いのだけれど……私も元々は、大国アルタイル国の公爵令嬢だったの。だけど王妃になりたい他の貴族に何度も命を狙われて、国を捨ててゲッシュロッセン修道院に逃げ込んで、この国を選んで来たの」
王妃殿下はやり手だと思っていたが、まさかあの大国アルタイル国の公爵令嬢だったとは!!
他国から来たとしか聞いていなかったが、てっきり婚姻関係で来られたのかと思っていた。我が国は小国なので他国からの婚姻申し込みの話は全くないと聞いていたので、不思議には思っていた。
リゼッタも頷きながら言った。
「私もよ。私の国は女性は勉強はおらか、女性の地位もとても低い国だったの。どうしても勉強したかった私は、ゲッシュロッセン修道院に逃げ込んでこの国に来たの。この国は実力があれば誰でも認めて貰える国だったしね。だから、婚約破棄をされてこの国にいるのがつらいなら……この国から出るという選択肢もあるわ。ちなみにスバッル国は女王陛下が治める国で完全に実力主義国だからロゼッタなら女王陛下にもなれるかもよ?」
女王陛下……ロゼッタが?!
私は驚いたが、しみじみとロゼッタを見た。私は令嬢ではないからわからないが、令嬢にとって婚約破棄をされたというのは耐えがたいことなのかもしれない。例え、私はロゼッタがこの国を出ても付いて行くつもりだった。
私がじっとロゼッタを見ていると、ロゼッタは、困ったように言った。
「お気持ちは有難いですけど……私はレオン様と一緒にこの国に居たいです。それに私にできることがあるのなら手伝いますわ」
「ロゼッタ!!」
ロゼッタの母が、ロゼッタを抱きしめた。
ロゼッタが、リゼッタと離れると、王妃殿下が近付いて来た。
「アルベルトがね、初めて私にお願いに来たの。『あなたが望むのであれば、ゲッシュロッセン修道院行きを許可してほしい』って」
「え?」
ロゼッタが目を丸くしながら驚いた。
「アルベルトったら、『ロゼッタには無限の可能性があるから自分の臣下でいるのはもったいない』ですって。でもね……『どこの国でも自由に選べる場所に行って、それでもこの国を選んだら、その時は遠慮なく頼るから覚悟してほしい』んですって。優秀なあなたを外に出すなんて絶対に無理だと言っていたのだけど……。アルベルトが頭を下げて『私が成長します』と言うから……皆、承諾したのよ」
王妃殿下の言葉にロゼッタは切なそうな顔をした。
「私はいつでもアルベルト殿下に忠誠を誓っていたのですが……伝わらなかったのですね……」
ロゼッタはこれまで例え自分が悪者になろうと、殿下に多くのことを伝えて来た。
時には口うるさく、時に厳しく。まるで母のように、姉のように、殿下を守り育てて来たのだ。
それがわかっていたからこそ、アルベルト殿下も精神を病んでまで彼女を全力で追い続けたのだろう。
きっと2人の間には、2人にしかわからない絆があり――愛情があるのだ思う。
「ご安心を今後とも、臣下として殿下をお助け致します」
ロゼッタはとても凛々しい顔で王妃殿下にそう告げたのだった。
それから数年後……
この国は小国でありながらも信じられないほど豊かになっていた。
婚約破棄のあと、ロゼッタは、王妃殿下とリゼッタと共に外交に行くことが増えた。
私はリシウス侯爵家に正式に婿養子に入った。
「レオン殿。終わりそうか?」
「はい!! なんとか!! 終わったら手伝います」
「あ~~いや、そろそろ時間だろ? レオン殿は他にやることがある」
王妃殿下とリゼッタとロゼッタの活躍で、この国は大きく変わった。
その分、周囲の国から良くも悪くも様々なアプローチがあるらしい。
だが次代の王妃カルラ様は、王妃教育で培った交渉術に天性の人タラシの面を合わせて、次々に面倒な相手を手中に収めているらしい。カルラ様がいなかったら他国との争いになっていたという噂もあるくらいだ。
殿下は卒業してしばらくすると精神が安定して体調も良くなった。今では元来、努力家で粘り強い面を存分に公務に発揮してとても堅実な政治をしている。民からも支持されており、アルベルト殿下が王座に就くことを皆に望まれている。
2人ともいつお会いしてもお疲れのようだが、子供にも恵まれ夫婦仲もよく幸せそうだ。
そして、私は……
コンコンと控え目なノックの音が聞こえた。
「お父様~~。そろそろお仕事終わりでしょ?」
「抱っこして、抱っこ!!」
私は、4歳のアレッタと2歳のシオンを抱き上げた。
「ああ、2人共いい子に待ってくれてありがとう!!」
私とロゼッタは2人の子供に恵まれた。1番目の子供は私に似た女の子で4歳のアレッタ。そして、2番目はロゼッタに似た2歳の男の子でシオン。
私は両手に娘と息子を抱き上げた。
「ねぇ~~お母様、明日帰って来る?」
シオンが目を輝かせながら尋ねた。
「ああ、明日帰って来るよ」
「早く帰って来ないかな~~早くお母様に会いたい」
「うん。会いたいね」
ロゼッタは、国外に出ているので、家を留守にすることも多い。
ヒヒーン!!
すると表から馬車の音が聞こえた。
「ん? 今日は来客の予定はなかったが……」
侯爵が仕事をしながら首を傾けた。
するとノックの音が聞こえて、執事が慌てた声を上げた。
「ロゼッタ様がお戻りになられました」
「ええ!!」
「お母様~~~!!」
2人は、私の腕を降りると、すぐに廊下を出た。
「走ったら危ないよ!!」
そう言いながら私も小走りで2人を追いかける。
子供たちもそうだが、私もロゼッタの顔が見れるのが嬉しくてたまらない!!
「お母様!!」
「お母様!!」
子供たちの視線の先に昔よりも気高く、美しさに磨きがかかったロゼッタの姿が見えた。
「ただいま!! アレッタ、シオン!! 会いたかったわ!!」
ロゼッタがしゃがみこんで2人を抱きしめた。
「おかえり、お疲れ様」
私もしゃがみこんでロゼッタを見ながら言った。
「ただいま、レオン。会いたかった!!」
「私もだ」
私はエントランスで子供たちごと、ロゼッタを抱きしめたのだった。
婚約破棄までの舞台裏 END
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。
またどこかでお会いできますことを楽しみにしております。
たぬきち25番