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婚約破棄までの七日間  作者: たぬきち25番
レオンSIDE 婚約破棄までの舞台裏
14/17

愛する人の婚約破棄まであと【2日】


 ロゼッタ嬢を迎えに行く前に、宰相である父と、エディと共に陛下の執務室に向かった。執務室には騎士団長とリシウス侯爵も同席していた。


「レオン、調査ご苦労だったな」

「光栄なお言葉にございます」


 私が頭を下げると、騎士団長が声を上げた。


「私からも感謝を。噂は小耳に挟んでいたのですが、ロゼッタ嬢が気にかけてくれていると聞いていたので、余り深くは考えませんでした。ですが、まさかロゼッタ嬢が匙を投げるほどの嘆かわしい事態になっていたなんて!! クイールには砦から戻るまでは特定の女性と懇意になるなと伝えていたのですが……。卒業舞踏会で何かあっては事ですからな、息子は本日より砦に向かわせました」


 クイールが予定よりも早く砦に向かったのは騎士団長の意図があったようだった。すると陛下が悲壮感を漂わせながら言った。


「ダンよ。それをいうなら、私の息子の方が由々しき事態だ。ロゼッタ嬢がいるから大丈夫だと思っていたが……まさか、ロゼッタ嬢のような素晴らしい女性を婚約者にしながら、伯爵令嬢と口付けまで交わしていたとは……ゼフィールもすまなかった。妃やリゼッタが知ったらどれほど嘆くだろうか……」


 ダンというのは騎士団長のことだ。そしてゼフィールというのは、ロゼッタ嬢の父リシウス侯爵の名だ。


「だから娘に頼り過ぎるなと、散々忠告しただろう?!」


 リシウス侯爵はかなりご立腹だ。陛下を前にして、随分と砕けた口調だった。

 だが、殿下や騎士団長まで彼女に頼り切っていたなんて!

 侯爵でなくとも言いたくなる気持ちはわかる。侯爵は陛下を見ながら息を吐いた後に言った。


「これを機会に王妃殿下を説得するのだな。リゼッタはどうせ『そうなのね、じゃあ次のお相手を探しましょう』とあっさりと言うに決まっているからな」

「はぁ~~~~~妃は、ロゼッタ嬢をすでに娘だと思っている。怒り狂うに決まっている……」


 頭を抱える殿下を横目に、リシウス侯爵は私を見ながら言った。


「レオン殿は、そろそろ娘を迎えに行く時間では?」

「ええ。そうですね。では行って参ります」


 私が陛下の執務室を出ようとすると、後ろから陛下たちの声が聞こえた。


「あとで時間を取って、我々も王妃殿下への御言葉を考えます」

「リゼッタに言ってもらうのが一番いいのではないか?」


 父や侯爵が陛下を宥めているようだった。

 恐らく陛下たちは王妃殿下への婚約破棄の説明を考えるのだろう。私は、急いでロゼッタの迎えに向かった。


 迎えに行くと、ロゼッタはこれから陛下との謁見を控えていると思えないほどいつも通りで落ち着いていた。

 宰相補佐になってから多くの者を謁見の間に案内したが、これほど堂々としている人物はそうはいない。


 私たちは少しだけ会話をして、謁見の間に入ったのだった。

 謁見の間に入ると、ロゼッタ嬢が一番落ち着いているように思えた。

 陛下も、騎士団長も父も侯爵でさえ緊張していた。エディも、もちろん緊張していた。

 私がいない間、一体どんな結論になったのだろうか?


 そんな雰囲気の中、陛下が話を始めたのだった。



☆==☆==☆==



「それでは、失礼致します」

「ああ」


 ロゼッタは陛下との話を無事に話を終えた。私は、ロゼッタ嬢を案内しながら謁見の間を出ようとしたら、陛下たちの深刻そうな顔が見えた。どうやらまだ考えているようだった。それほど王妃殿下の説得は大変なのだろうか? 私はその光景を見ながら息を吐いた。


 謁見の間を出て少し歩くと、ロゼッタ嬢が庭を見ながら目を細めていた。その姿が可愛くて何をみているのだろうかと窓の外を覗いた。すると多くの男女が愛を語らっていた。


「ああ、そうか。卒業舞踏会の前だからか……皆、楽しそうですね」


 卒業舞踏会の前は毎年、見られる恒例の様子だったので思わず目を細めると、ロゼッタとエディが重苦しい様子で返事をした。


「……そうですね」

「……そうですね」


 私はそんなロゼッタ嬢を見て、ふと思った。

 これまで、皆がロゼッタ嬢に頼り切っていた。


 では、ロゼッタ嬢は?

 皆に頼られて、一人で全てをこなす彼女に穏やかに過ごす時はあるのだろうか?


 窓の外を見ながら遠くを見つめる彼女を見て、私は自分でもほとんど無意識に声を上げていた。 


「ロゼッタ嬢。明日、お時間を頂けませんか?」

「明日ですか?」


 ロゼッタは驚いていたが、拒絶の表情は見せていなかったので、さらに声をかけた。


「はい……気晴らしに出掛けませんか?」

「え? そんなに気を遣って頂かなくても……レオン様もお忙しいですし」

 

 気を遣ったわけではなかったが、ロゼッタは私が社交辞令で誘ったと勘違いしたようだった。

 だが、本当に勘違いなのか、遠回しに断られているのかもしれない。

 私がこれ以上は言わないことにすると、エディが私を見た後に声を上げた。


「ロゼッタ嬢。兄はあなたにかまいたくて仕方ないのです。どうか構われてください。それに、気分転換もいいものですよ」


 エディ?! もしかして私の気持ちに気付いているのか?!

 思わずエディを凝視していると、ロゼッタがはにかんだように微笑みながら言った。


「わかりました。それでは、明日、よろしくお願いいたします」


 エディ!!

 いい仕事してくれた!!

 感謝しかない!! ロゼッタが私との外出を承諾してくれた!!


 私は嬉しくて、つい手に力を入れながら言った。


「はい、楽しみしてて下さいね」


 嬉しい。

 明日はどこに行こうか。

 最近、町の運河を綺麗に整備した。そのほとりはとても美しくて、男女に人気だと聞いた。王妃殿下たちの交渉のおかげで、甘味料が安価に手に入るようになったので、町でも甘い物を扱う店が増えたと聞く。その中には美味しいと評判の店もあるので、そこに行ってみようか……。

 つい色々考えていると、前方から文官が走って来た。廊下を走るのはマナー違反なので、後で注意する必要がある。そう思っていると、文官が大きな声を上げた。


「ロゼッタ様~~~!! ロゼッタ様~~~!! 侯爵家に早馬を出したらこちらにいらっしゃるとお聞きして、待っておりました」

「どうしたの? ドラン」


 走って来たのは殿下と、ロゼッタの担当の文官のようだった。


「大変です。先日のシリアール国との協定の内容に相手の使者が『話が違う』とご立腹されております。お早く」

「待って、ドラン。私、シリアール国との協定の話なんて聞いていないわ」

「え? ですが……あれ? アルベルト殿下が、この件に関しては、すでにロゼッタ様も確認されておられるとおっしゃって、そのままお渡しして……知らないのですか?」

「ええ。聞いていないわ」


 最後まで隠し通すつもりだったシリアール国との交渉の件がロゼッタの耳に入ってしまった。

 私は、この事態に心の中でフォアルドに文句を言った。


 フォアルド……この件をロゼッタに隠し通す気なら最後まで隠し通すのが筋だろう……!!


 交渉の場なら、絶対に側近のフォアルドも付いているはずだ。

 彼がいて、なぜロゼッタが呼ばれるのか、意味がわからない!!

 私がフォアルドに対して憤っている間に文官とロゼッタの会話が進んでいた。


「そうですか……わかりました。向かいます。ドラン、案内して頂戴? でも少し待って」

「はい!!」


 案の定、彼女は交渉の場に向かうという。自分に声をかけずに勝手に交渉して、窮地に立っているのだ。ロゼッタのせいではない。それに正直、かなり大変な内容だ。これから、ロゼッタが関わっても交渉が成立するかはわからない。それなのに殿下に手を貸そうというのだ。


 やはり彼女は殿下のことが大切なのか……!!


 私は慌てて声を上げた。


「助けるのですか? あなたを修道院に入れようとまでして裏切った殿下を!!」

「……あの方のためではありません。私はまだ、王太子殿下婚約者です。侯爵令嬢としての責任を果たします。これが最後の仕事になるかもしれませんし……」


 圧倒された。

 彼女は私情を捨て公人としての責務を果たすことを選んだ。


 ――私、アルベルト殿下のことをずっと弟のように思っていました。

 

 そう言った彼女の顔が浮かんだ。

 一度、彼女は立場や責任だけで王妃教育に耐えたのかと、感嘆したのに、それを今思い知った気がした。 


 ロゼッタは、本当に自分の責務を果たすことだけを考えていたのか……。


「本当に、あなたは美しい。私もお手伝いいたします」


 私がそう言葉にすると、同じように彼女に圧倒されていたエディが口を開いた。


「本当に……素敵ですね。私も手伝います」

「ありがとうございます。では行きましょう」

「はい」

「はい」


 私たちは、心から彼女を助けたいと思って、ロゼッタと共に交渉の場に向かった。


 ☆==☆==☆==

 

「ロゼッタ?! 来てくれたのか……」


 殿下が、椅子から立ち上がり驚いた顔をしたが、ロゼッタは構わず殿下の隣に座って交渉を始めた。

 私は、エディにこの場を任せて、近くに立っていた側近のフォアルドに小声で話しかけた。


「(少しいいですか?)」


 フォアルドはどこか疲れた顔をして「(ええ)」と答え、私とフォアルドは交渉の場の隣の誰もいない待合室に入った。


「これは、どういうことですか? 今回の交渉は決裂させるはずでは?」


 私は部屋に入るなり、フォアルドを問い詰めた。フォアルドは苦い顔をしながら答えた。


「私たちもそのつもりでしたが……ロンド公爵が今回の件を聞きつけて、殿下ではなく、ロゼッタ嬢に今回の失態の責任を全面的に押し付けて追及しようとしているという噂があるのです。ですから、最終的な交渉の日には陛下ではなく、ロンド公爵が陛下の代わりに出席される許可を取ったそうです……本当に……失敗一つさせては貰えない……」


 この国の筆頭公爵であるロンド公爵家の令嬢と、第二王子殿下が先日婚約を発表したばかりだった。確か第二王子殿下は王位継承第二の権利を持ったままロンド公爵家に入ることになっていたはずだ。ロンド公爵家は、第二王子を王にしようとしているという噂話もあり、少し複雑な関係なのだ。


 ――そんなロンド公爵が陛下の代わりに最終交渉の場に出席する。


 今回の交渉は、ロンド公爵が管轄している内容が関わるので、陛下としてもロンド公爵からの提案を無下に出来なかったのだろう。実際この案件は殿下が関わっているので陛下が調印しているだけで、本来ならロンド公爵や、リシウス侯爵が調印する内容だった。


「ロンド公爵が?」

「ええ。それを知った殿下は『私の評価でなく、ロゼッタの評価が下がるは不本意だ』と言って、ロゼッタ嬢を土壇場で呼んだのですよ」


 私は思わず眉を寄せた。

 殿下は、ロゼッタと息が詰まるほど苦しいと聞いた。どうしてそのような苦手な相手を庇うのだろうか?


「なぜ? ロゼッタ嬢の責任を追及されれば、婚約破棄もしやすくなるのでは?」

 

 私の問いかけに、フォアルドは大きな溜息を付きながら答えた。


「……殿下は……ロゼッタ嬢の隣にいるのは苦しいのに、彼女に憧れているのです。ですから、自分ではなく彼女が追及されると知った時、耐えられなくなったのです」

「は?」


 殿下は、ロゼッタが苦手なのに憧れている?


 なんだ、その矛盾した感情は……。


 私には意味がわからなかった。


「殿下は、彼女のことが苦手ですが、嫌いではないのです」

「彼女を修道院に送ろうとしておいて、何を言っているのです?!」

「……レオン殿は、ゲッシュロッセン修道院とはどういう場所かご存知ですか?」

「入ったら二度と出られない場所で、入ったら探せないし、逃げ出す令嬢も多いという噂を聞きます」


 フォアルドは少し考えた後に口を開いた。


「そうですか……噂で」


 フォアルドは何かを隠している。私は苛立ちを感じて声を上げた。


「何が言いたいのです?!」

「いえ……修道院については……あくまで、最終手段。脅しの材料と言ったでしょう? 殿下にとって……ロゼッタ嬢は……大切な人であることには変わらないのですよ……」

 

 ――私が殿下のことを弟だと思うように、殿下も私も口うるさい姉や妹のようにしか思っていないのではないかと思います。


 ロゼッタの言葉が何度も頭の中に蘇って来た。

 そしてようやく私は2人の関係を理解したのだ。


 そうか……ロゼッタとアルベルト殿下の関係はまさに、姉弟だったのだ。


 ロゼッタは、殿下のことを弟のように思っていたので、立派になってほしくて口うるさく言う。だが弟のように大切なので見守りたい。


 アルベルト殿下は、ロゼッタを姉のように思っていたので、優秀なロゼッタと常に比較されて息苦しくてつらい。でも優秀な姉のようなロゼッタは自慢でもあり、また大切な人でもある。


 私は、フォアルドをじっと見ながら言った。


「私は、全力で彼女を助けることにします」


 殿下の複雑な気持ちはわからなくはないが、ロゼッタはこの件に関われば、無理をしてでも成し遂げようと無理をするだろう。この件に関してなら幸い助けることができる。

 私の言葉を聞いたフォアルドが息を吐いた。


「そうですね……私はあなた方が完成させた書類の最終チェックをしながら複写致します。完成したら、複写室に持って来てもらえますか?」

「フォアルド殿も動かれるのですか?!」

「ええ。殿下が望まれたことですから……文官は夕刻には皆、家に戻ります。明日に間に合うように私が、複写をします」


 疲れた顔をしたフォアルドに私は、一番聞きたかったことを聞いた。


「――殿下の側にいなくてもいいのですか?」


 フォアルドは、影のある雰囲気を漂わせながら言った。


「ええ。あの方はロゼッタ嬢の前では決して仮面を外しませんので、私が必要になるのは……ロゼッタ嬢と別れた後ですよ」

「そうですか……では、持って行きます」


 その後、フォアルドは複写室に向かい、私は交渉の場に戻った。

 ロゼッタは鳥肌が立つほどの見事な交渉術を見せて、交渉を終えた。

 その後、私たちは殿下の執務室に行って仕事をしたのだった。








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