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瑞希が床を掃除している間、男は他のスタッフへ指示を出しに行く。
しばらくして、再び戻ってきた男が瑞希に声をかける。
「どうですか?慣れそうですか?」
「はい!これくらいなら全然。もっと動けますよ!」
瑞希は意気揚々と答える。
男はその様子を見て、静かに微笑む。
「よかったです。では、次の仕事を教えましょう。ついてきてください」
男は瑞希を連れて倉庫へ向かう。
大きな箱がいくつも積み上げられた空間に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が漂っていた。
「ここで少し荷物を整理してもらいます」
男は手を軽く動かしながら、奥の棚を指す。
男は数枚の紙を手渡しながら説明する。
「ここからアルコール飲料の在庫確認をしてもらいます。リストはこちらです」
瑞希はリストに目を通しながら、うなずく。
「このリストにあるものを一つずつチェックして、数量が足りなければ補充してください。確認作業が終わったら、また教えてください」
「うっす!」
勢いよく返事したあと、ふと思い出したように続ける。
「あ、俺、たまに言葉使い悪いですね。気をつけます」
男は軽く笑いながら肩をすくめる。
「大丈夫ですよ。最初は誰でもそうなりますから。私も含めて、ここにいる人たちは皆、お互いの言葉遣いについては気にしていません。気楽にしてください」
瑞希はその言葉に、内心少し安心する。
(敬語って急に使えと言われても難しいし……でも、あんまり失礼なのもダメだしな)
男から気を使わなくていいと言われたことで、肩の力が抜ける。
数十分後——。
在庫確認を終えた瑞希は、紙をまとめて男のもとへ歩いていく。
「終わりました。全部チェックしました」
「瑞希さんは、この辺りの地理に詳しいですか?」
「そうっすねー。逃げま……いや、多少は大丈夫です」
瑞希は慌てて言葉を飲み込み、視線をそらす。
(アブねー‼︎ 借金取りから逃げ回るくらいは、って言いかけたわ)
男はその微妙な言葉の違和感を逃さず、少し眉を上げる。
「……逃げ回るくらい?」
男の視線が、瑞希をじっと捉える。
「瑞希さん、借金でもあるんですか?」
瑞希は瞬間、心臓が跳ねるのを感じる。
(しまった……!)
「……あー、まぁ多少……」
瑞希は言葉を濁しながら、視線をそらす。
「借金あると仕事上マズいっすか⁉︎」
男は首を振る。
「いいえ、そういうわけではありません。ただ、少し気になっただけです」
男は少し考え込むような表情を浮かべ、慎重に言葉を選びながら続ける。
「もし、借金のせいで瑞希さんに不利益が生じるのであれば、うちの会社側で補償できるかもしれませんよ」
瑞希は眉をひそめる。
(補償……?そんなこと、普通の会社がするか?)
男はゆっくりと言葉を選ぶような素振りを見せ、再び口を開く。
「うちの会社の社長は、こういった事情を持つ従業員のための福利厚生制度を整備しているんです。もちろん、すべてではありませんが、ある程度の支援は可能だと思います」
少し間を置いて——。
「瑞希さんの状況が深刻でしたら、私の方から社長に話してみることもできますよ」
「え⁉︎そんなウマ……じゃない、奇特な会社があるんすね。」
思わず本音が漏れる瑞希。
男はクスッと笑いながら肩をすくめる。
「ウマい話ではありますよね。でも、私たちの社長はこういうのに興味があるんです」
話している間に、いつの間にか車はスーパーの駐車場に到着していた。
男は車を停めると、瑞希に視線を向ける。
「着きました。私はここで待機していますので、必要なものを買ってきてください」
冷たい冷気が瑞希を包み込む。
たくさんの食品が並ぶスーパーの棚を見渡しながら、メモに書かれた物を探し、次々とカートへ入れていく。