私立D高等学校旧図書館棟
旧図書館棟はD高等学校の校門前を通る市道だか県道を挟んだ、斜向かいに建つ三階建ての古びた建物である。
私が卒業後、校舎に囲まれた空間に図書館が新築されるまて、図書館(室)はそこに在った。
観音開きのガラスドアを開けると四畳半程のホールがあり、左手に男女別のトイレ、正面に図書室のドア、右手に上階への階段がある。階段は踊り場で向きを変えて、三階まで続く。
階段を二階に上がると、一階同様正面に男女別のトイレがあり、右手には集会所として使われる図書室と同じ広さの部屋のドア。
三階は正面にトイレがあるのは同じだが、右手にはシャッターが設置されており、その向こうは幅二m程の通路を挟んで、畳敷きの和室が四つある。
和室と通路の間には胸壁があり、ガラス窓が嵌められている。
人の出入りが少ないからか陰のある雰囲気を纏った棟で、背後には墓地が広がっていた。
初めて足を踏み入れたのは、教師に率いられ二階だか三階まで数人で荷物を運び上げた時。
その時に不思議に思ったのは、階段の踏み板部分が最上階まで、全て斜め下向きとなっていた事だった。
僅かな角度であれば気にならないのかもしれないが、ゆっくり注意して足を運ばないと転倒・転落すること可能性が高い。
施工不良なのか、学園側に何らかの意図があったのかは、分からない。
一年生の夏。部活の合宿で三階の和室に7日程泊まり込込んだ。
最初の夜。一年生の部屋に三年生がやってきて、集合をかけた。集まった全員を座らせると、三年生は語り始めた。
「昔、我が校に遠征合宿に訪れた他校の生徒が、ここに宿泊した時。深夜一人の生徒が目覚めて、何気なく通路側に目を向けると、窓の開いた胸壁の上に、坊主頭の首がズラっと並んでいたんだそうだ」
突然の話に動揺する我々一年生を見て、ニヤっと笑った三年生は「気をつける事だ」と言い残し去っていった。
その年は何事もなく合宿を終えて、翌年の合宿では図書館棟を使わなかった。
三年生となった夏。この年は何ヶ所かに分散して宿泊することとなった。
私が割り振られたの図書館棟ではあるが、三階を使用せず、二階の集会所を使うように指示された。
机や椅子が無い、だだっ広い教室のような集会所に20人程が二列に分かれ、距離を空けて布団を敷いた。
私は一方列の最奥に布団を敷いた。出入口と反対側に顔を向けると、間近に壁に設置された黒板と教卓があった。
何事もなく合宿が進んだが、中日も過ぎた頃だったか。就寝までの自由時間を布団に横たわり、文庫本を読んで過ごしていた時だ。
左耳の至近で「ハァー」と息を吐き掛ける音と共に、キュッキュッと革製品を磨く音がした。
耳にした音にイメージしたのは、野球のスパイクを磨く姿だった。
左に顔を向けると誰もおらず、黒板と教卓に壁が目に入るだけ。慌てて周囲を見回すと反対列に誰もいなかった。同じ列の離れた布団に下級生が何人か集まり、楽し気に話し込む姿が見えるばかり。
そもそも、我々は革製品を使わない部活だ。
空気清浄機等、聴き間違えを起こす機器は設置されいない。あれは一体なんだったのか?と首を捻り、再び文庫本に向き合う。
一年生の時に聞かされた、坊主頭の集団の話を思い出したが、吐息も磨く音も二度と耳にすることはなく、不思議なことがあるものだと、やり過ごす事を選んだ。
その後は何も起こる事なく迎えた、合宿最終日。
緊張の続く日々が終わり、あとは帰宅するだけで皆の気は緩み和やかな空気が、我々の間に流れていた。荷物を全て運び出し、集会所内の掃除も終わり、あとは窓を閉めるだけ。
その瞬間、「ガタガタガタガタガタガタ!」
集会後左最奥部で床と天井を貫く、細い三本のパイプが激しく振動しだした。
図書室は夏休みで閉館している。三階には誰もいない。
先程までの和やかな空気は吹き飛び、緊張感が場を包んだ。
私は窓に駆け寄って周辺を見回すが、振動の源となるようなモノは見えなかった。反対側の窓から外を確認する下級生に問い掛けると、やはり何も見えず聞こえず。
我々は振動し続けるパイプを見つめる事しか出来なかった。
何分経ったのか分からない。突然の振動は突然に終わった。
まるで、誰かがパイプを握りしめて押さえ込んだかのように、振動の強さの割に短時間で余韻も無く・・・・・・