第96話 瀧鳴大神
日本神話にはいくつかの体系が存在している。
記紀神話。 出雲神話。アイヌ神話。琉球神話など。
地域ごとに多少の差はあるものの、最も有名なのは一つ。
――記紀神話。
8世紀に編纂された『古事記』や『日本書紀』の神話。
皇帝家の系譜を正当化するために、神々の物語が綴られた。
神が降り、地上を平定したとされる、天孫降臨が広く知れ渡る。
当時のヤマト政権を支持する強い基盤となり、皇帝家が確立された。
アマテラス、スサノオ、ツクヨミ、イザナミは記紀神話に該当している。
特にアマテラスとは縁が強く、皇帝家の祖先神として祀られる要因となった。
――その対立構造にいるのが出雲神話。
中心となっているのは国造りの神、オオクニヌシノカミ。
天孫降臨以前の地上を統治し、社会の基盤を整えたとされる。
後にアマテラスの孫に国土を譲り、対価に出雲大社が建てられた。
美談のように聞こえるが、支配者と被支配者という構造は揺るがない。
ヌシノカミが統治していた土地を、アマテラスの孫が頂いたという物語だ。
両者の関係は根深く、それぞれの信仰の違いが、現代にまで禍根を残している。
――皇帝家の出雲大社の出入り禁止。
これは事実であり、両者の対立関係を象徴する。
ヤマト政権の政治的意図がもたらした負の遺産だった。
当然、影響はそれだけではなく、出雲の神々にも及んでいる。
記紀神話の編纂の都合上、葬り去られた出雲神話が数多く存在した。
――その代表となるのが瀧鳴大神。
龍神としての名が残る一方、真の逸話を知る者は少ない。
出雲神話における原点であり頂点。日本列島の化身とされる。
日本の中心点となる岐阜県に鎮座して、目覚めの時を待っていた。
『龍神』に耐え得る、『器』と『縁』を持つ日本人の登場を乞い願った。
――十数世紀の時を経て、その大願は成就される。
「我ハ瀧鳴大神。穢レヲ払イ、恵ミヲモタラス者ナリ」
真意も経緯も語られることはなく、新たな歴史が刻まれる。
日本神話の根底を覆す事象が、岐阜県の奥地で起ころうとしていた。
「……聞き覚えはありませんが、夜助さんは返してもらいますからね!!」
ナナコは龍神に立ち向かう。赤火大蛇を構え、駆け抜ける。
出雲神話復活を目論む黒幕。その掌の上だと言うことを知らずに。
◇◇◇
独創世界『千年帝国』。深く陥没した中央道路。
そこには、量子の壁に閉じ込められる神が存在した。
「……で、お前の目的はなんだ。何しに人間界にやってきた」
その要因を作ったリアは、壁一枚を隔てて問いかける。
敵情を把握して、説得する。そのために時間を割いていた。
主の命令上、殺すことはできず、他に手立てがないとも言える。
スサノオが折れなければ『消耗戦』となり、追い込まれるのはリア。
独創世界の展開と維持には限界があり、タイムリミットが存在していた。
――残り12分。
その間に説得できなければ、独創世界は崩壊。
現実世界に戻されて、スサノオが優勢の状況に戻る。
それを気取られずに、情報を上手く引き出す必要があった。
「知ったところで、どうなる。俺様の手助けでもしてくれんのか?」
スサノオは胡坐の姿勢で座り、不貞腐れたように語る。
何かあることは匂わせながら、核心には触れない立ち回り。
能力戦は終わり、互いの懐を探る心理戦が始まろうとしていた。
「場合によっては手を貸してもよいぞい。内容次第ではあるがな」
リアは情報を引き出す形を徹底し、自らの事情は隠す。
「……フェアじゃねぇなぁ。腹を割らせたいなら、お前からだろ」
一目で見抜いたスサノオは、この場の優位を保とうとしていた。
リアが抱える内情を話したところで、スサノオが話す保証はない。
ただ、公平ではないのも事実であり、彼の発言には正当性があった。
「…………鬼に居場所を与える。今はそれが吾輩の至上命題だ」
しばしの沈黙の中、リアが語ったのは表向きの目的。
独創世界の制限時間と、本当の目的は隠す姿勢で臨んだ。
いきなり弱点は晒せず、段階的に話すならこれが適切だった。
「つまり、鬼の身体を持つ俺様は殺せないわけか。確かに腹は割ってるな」
「だったら、次はそっちの――」
「だが、それは表向きの口実。主従関係上の建前だろ。お前自身の本音で話せよ」
スサノオは一切譲らない。簡単に口を割ることはなかった。
すぐさま発言の本質を見抜き、手痛い部分を的確に突いてくる。
考える時間も限られ、それっぽい嘘で答えるのは現実的とは言えん。
奴の性格と言動から見ても、中途半端な虚言はすぐに見抜かれるだろう。
――だからこそ。
「独創世界の制限時間は残り10分弱。沈黙を貫かれれば、吾輩は負ける。それは困るので、本音で接しようと思う。その前提を踏まえて、心して聞け」
明かすのは最大の弱点。本来、語るべきではない方の説明。
それを前置きとして挟み、リアは迷うことなくアクセルを踏む。
有利な状況を捨て、公平な場を設けるため、とことんまで腹を割る。
「吾輩の夢は、ドイツの大統領となること。鬼の居場所を作るのは、実績作り。世界的に悪魔の支持と市民権を得るための足掛かりに過ぎん。だからこそ、人の身体を捨てた。そのために、侍従の期待を裏切った。これが吾輩の腹の底だ。ここまで言わせておいて、まさか文句があるとは言うまいな?」
リアは全てを曝け出す。惜しみなく全てを吐き出す。
虚実を混ぜる気はなく、スサノオの言葉に全力で乗った。
情報を一方的に引き出す算段だとしたら、完敗となるだろう。
――だが。
「気に入った。俺様はお前の夢を応援する。その代わりと言ってはなんだが、お前も俺の夢を手伝え。その『実績作り』というやつに使えるかもしれんぞ」
スサノオは快く受け入れる。言葉通りに腹を割る。
自ら発した言葉には責任を取るタイプだと分かっていた。
「聞かせてもらおうか。世界が混沌に満ちている先に何を見る」
残っているのは、スサノオが抱える事情。夢、理想、大志。
すでに他人事ではなく、互いの共通した目的になろうとしていた。
向かう方向が同じであれば、神と悪魔であろうと手を結ぶことができる。
「出雲神話の復活。そのためにも俺様は対立候補筆頭、『天照大神』を狩る」
告げられたのは、新たな神話を作ろうとする強い意思。
不思議と胸の奥底から、熱いものが滾っていくのを感じた。




