第91話 我が闘争
大日本帝国。岐阜県。養老山地内にある、養老の滝。
吾輩と相対するのは、鬼であり神。矛盾した存在であった。
自ら『スサノオ』と名乗った以上、どうしても神に気を取られる。
しかし、本当に気にするべきは別。依り代となっている鬼の方にあった。
「手ぬるいな。第一級悪魔様がそんなもんか?」
滝下付近で神と拳を交えていると、声がかけられる。
能力抜きにしたフィジカル勝負。その端的な感想だった。
しかも、悪魔界での顔と肩書きは割れてしまっているらしい。
言い逃れるのは少し無理があり、建設的な会話にはならんだろう。
「生憎、肉弾戦は不得手でな。ご希望とあらば本気を出してやらんこともないが、命の保証は出来ん。それでも、受け止める覚悟はあるか?」
そこで吾輩は、丁寧に前置きを挟み、確認を取る。
あくまで、この闘いでの目的は『神を満足させること』。
こちらの本領を発揮すれば、逸脱してしまう可能性があった。
もちろん他の企みもあったが、許可なしに振るえるものではない。
「俺様に確認を取るか。どうやら立場ってもんを分かってないらしい……」
吾輩の拳と小十郎の斬撃を両腕で受け止めて、神は言った。
ここまでセンスを発することなく、己が肉体のみで闘っている。
四名を相手取り加減していたことになるが、この反応は恐らく……。
「「――っ!!?」」
神は両手を開くと、見えざる衝撃が体に襲い来る。
吾輩と小十郎は地面へ叩きつけられ、身動きが取れない。
致命傷ではなかったが、この能力……。大口を叩くのも頷ける。
「加減は無用……俺様の念動力に死角はねぇ! 最初から全力でこいや!!」
◇◇◇
大日本帝国。三重県。伊勢湾、深夜の海上。
立ち塞がるのは、イザナミと名乗った神だった。
海を操り、曲芸のような見栄えのいい波形を見せる。
一見、手品のようにも見えるが、名前から考えれば本物。
「悪いが、死神に用はない。そこを通してもらえるか?」
わらわは冷静に状況を受け止め、話しかけた。
神話を考慮すれば、『死神』が最も適切な表現と言える。
惹かれ合うのは必然かもしれんが、願うことなら避けて通りたい。
「わたくしは、貴方の中身に用がありましてね。通すわけには参りません」
思った通りというべきか、イザナミは目的を口にする。
用があるのは、わらわの中で眠っておる神、『アマテラス』。
目的とタイミングが一致した時しか現れず、基本は引きこもり。
どう思うとるかは知らんが、日が昇らない現在は意思疎通ができん。
少なくとも今は助力を期待できず、現状の戦力で対処する必要があった。
「闘わざるを得んわけか。戦闘は得意分野ではないのだがな」
避けられない闘いであることを受け入れ、わらわは身構える。
「神だろうが悪魔だろうが、立ち塞がるなら退いてもらうよ」
「死の匂いに釣られてきたか。とんだ貧乏くじだが、やってやる」
マルタとカモラも構え、センスを発し、臨戦態勢に入る。
敵の実力は計り知れんかったが、見劣りするような味方でもない。
「加減するほど余裕はなくてな。最初から全力で行かせてもらうぞ!」
わらわは黄金色の瞳を輝かせ、イザナミの周囲の時を止める。
恐らく対応されるであろうが、先手としては十分な一手だと言えた。
◇◇◇
『最初の命令だ。大日本帝国で虐げられる鬼どもに、居場所を与えろ』
思い返されるのは、仕える主。ルーカス様の言葉。
目の前の相手は、鬼であり神。命令違反の可能性もある。
倒したいのは山々だったが、本気を出すに出せない状況だった。
――だが、手加減できる余裕がない。
「……かはっ!!」
「……歌が、歌えないっ!!!」
奇襲したナナコと桃子は、スサノオの念動力を前に成す術がない。
手心を加えず、彼女たちの弱点である角をへし折られれば、絶命する。
――推しのピンチ。
このまま何もせずに見送れば、『桃瀬桃子』の活動は終了する。
事実を報じられることなく、インターネットの海に埋もれていくだろう。
「息巻いてた割には大したことねぇなぁ。これが底なら終わりにするぜ?」
両手を掲げるスサノオは、余裕綽々に語る。
指を握り込もうとする素振りが見え、その先は死。
吾輩も例外ではなく、二度目の生は容易く終わるだろう。
(私は戦争を望む。私にとって手段は全て正解となる。私のモットーは『何も行わずに、敵を悩ませる』ではない。私のモットーは『完全に全ての手段で相手を倒す』。私は戦争を行う者だ)
心に思い浮かべるのは、忌々しい祖父の言葉。
生まれてから付き纏っている罪。目を背けたい事実。
ただ、この瞬間だけは、互いの目的と手段は一致していた。
「――独創世界『千年帝国』」




