第88話 起点
停電より十数分前。覚醒都市バイカルヴェイ東部。臓物庫前。
耐寒用の服を脱いで、憲兵に変装するアザミたちがそこにはいた。
ヘルメットを被り、白の軍服の左腕に腕章をつけ、身分を偽っている。
「……で、こっからはどういうプランでいくつもりだ? 参謀長閣下」
無数のビル群を見つめながら、ジーナは問いかける。
臓物庫の地下にいる『白龍ジーク』を明かした後だった。
ベズドナの脱獄に加えて、ジークの解放も共通目的になった。
どちらも様々な障害が立ち塞がるわけだが、具体的な計画は不明。
臓物庫での収集品もあったが、どこで使うかは聞かされていなかった。
「お、教えません。ジーナさんは好きに動いてください」
アザミは、手に持つ小型のクーラーボックスを隠すように語る。
作戦の肝になるのは間違いなさそうだが、身内にも言いたくないらしい。
「敵を欺くなら、まずは味方からか。狙いは分かるが、それで命を張れと?」
ジーナは思惑を察し、一部を肯定した上で、話を掘り下げる。
作戦概要は知らなくてもいいが、隠しておく理由は知りたかった。
好きに動くのはいいにしても、無駄死にするのだけは嫌だったからな。
「わ、わたし、思ったんです。ベズドナさんみたいに全てを想定して、作戦を立てるのは向いていないって。だ、だから、考え方を変えました。流れに身を任せる。行き当たりばったりの中に、一つ筋を通す。それなら、出来る気がするんです」
アザミが語るのは、内省と内観を重ねた上で出したであろう理由。
口調は頼りないし、たどたどしいが、声音には自信に満ち溢れていた。
空回りが続いてた今までとは違って、地に足がついているようにも思える。
「起点を決めて、そこに全力集中か。……悪くはないかもな」
貶すことなく、諭すことなく、ただ考えを受け入れる。
第三者目線から見ても、アザミに合っているように感じた。
今までの思考の遅さは、アレコレと詰め込み過ぎたからだろう。
一つ。それだけに意識を絞るなら、ベズドナを超える可能性もある。
「ただ、狙いがズレてたら終わるぞ。大まかでいいから聞かせてくれ」
気になるのは、取捨選択した上で残った一つの中身。
それに命を託すことになるが、不明なまま動くのは怖すぎた。
「す、好きに暴れていたら、いつかは絶対に捕まりますよね。そうなれば、本部か司令部で尋問を受けるはずです。そこで気取られず、し、自然な形で相手にセンスを使わせてください。反応を頼りに、助けに入ります。そ、そこが起点。そこから先のことは……わたしに任せてください」
アザミが真剣な眼差しで告げるのは、芯を捉えた狙い。
詳細は定かじゃなかったが、命を張ってやる価値はあった。
◇◇◇
ジーナさんは思っていた以上の働きをしてくれた。
停電の中、一人で陽動に徹し、司令部へと連行された。
ここまでは想定通り。ここからは相手の反応次第で変わる。
一筋縄じゃいかないのは承知の上だけど、こっちには策がある。
「話があります。……ここの責任者はどちらにいますか」
左手にはクーラーボックス、右手には刀を握った状態で語る。
ヘルメットはすでに外していて、長い黒色の髪を露わにしていた。
それは、本当のわたしじゃなかったけど、身分を偽るフェイズは終了。
――ここから先は本音が肝心。
全住民の同意を得るには、顔を晒す覚悟は必須だった。
そうでもしないと、交渉のスタートラインにすら立てない気がした。
「責任者は私だが……テロリストの言葉に耳を貸すと思うかね?」
声を発したのは、尋問していた短い薄茶髪の男性だった。
容姿は若く、責任者には見えないけど、左胸には数々の略綬。
物腰は柔らかいけど、一本の筋が通っているような印象を受ける。
(この人が……ドミトリー元帥。どちらに転んでも手強そう……)
戦闘にせよ、交渉にせよ、苦労するのが目に見える。
事前に教えてもらった権力者の中でも、要注意人物だった。
前向きに考えるなら、彼を攻略すれば目標の実現に一気に近付く。
(前評判に怯んだところでどうにもならない。一歩でもいいから前に!)
眦を決し、わたしは左手のクーラーボックスの机に置いた。
それは、戦闘を避けるための道具。交渉を持ちかけるための策。
「この中には魔獣の臓物。『瘴気袋』が入っています。戦うのは構いませんが、無暗に刺激を与えれば、神経性の毒が蔓延。少なくとも、密閉された地下空間にある司令部のほぼ全員が罹患し、大半が死ぬでしょう。それでもやりますか?」
切り出したのは、『テロリスト』という認識に相応しい脅し。
停電させた上で、まともな交渉が実現できるとは考えてなかった。
――良い子のままだと救えない命もある。
脱獄計画に加担した時点で、普通の政治は通用しない。
立場を対等にするためにも、『脅し文句』は必要不可欠だった。
「ふむ……そいつは少しばかり厄介だね。中身が本物ならば」
品定めのように見るのは、クーラーボックスじゃなく、わたし。
あくまで優先すべきは『物』よりも『人』。その本質を分かっていた。
「開けて確かめても構いませんよ。暴発しても責任は取りませんが」
目を逸らすことなく、わたしは毅然とした態度で臨む。
今、中身は重要じゃない。大事なのは弱みを見せないこと。
付け込まれる余地がなければ、『脅し文句』は通ると信じていた。
「年の割に肝が据わっているようだ。いいだろう。その度胸に免じて、話ぐらいは聞かせてもらおうかね。元帥執務室まで御足労願えるかな?」
微笑するドミトリーが見せたのは、快い反応。
これで第一段階はクリア。本格的な交渉の始まりだった。




