第87話 尋問
覚醒都市バイカルヴェイ中央地下。司令部内、尋問室。
コンクリートが剥き出しの狭い空間には、机と椅子が並ぶ。
椅子に座って、手錠で拘束されているのは、ジーナ・ロマノフ。
彼女の尋問役を買って出たのは、アレクセイ・カラシニコフだった。
「…………」
それをマジックミラー越しに見つめるのは、ドミトリー元帥。
ミリタリーカットされた薄茶色の髪をして、白の軍服を着ている。
左胸には数々の略綬が刻まれ、二十代と思わしき若々しい美貌を保つ。
ただ、腰に両手を当て、見た目とは不釣り合いな威厳と年季が感じられた。
(これでは埒が明かん。時間の無駄……ですかね)
生温い尋問を目の当たりにして、開拓期時代の血が騒いだ。
こうして時間を浪費する間にも、都市の状況は悪化するばかり。
かといって、元帥が自ら現場に出向くことは指揮系統の混乱を招く。
――尋問の場合はどうか。
『肩書きの重み』と『都市の状況』を天秤にかける。
深く考え込むことはなく、気付けば身体は動き出していた。
◇◇◇
「さっさと仲間の居場所を吐け、ジーナ! 今ならまだ軍に戻れるんだぞ!!」
アレクセイは軍服の襟元を掴んで、叱咤した。
首元が軽く締まり、徐々に息苦しさを感じていく。
吐けば即解放、吐かなければエスカレートするはずだ。
――飴と鞭。
お手本じみた典型的な尋問を試みている。
訓練を受けてない素人なら、通用するだろう。
仲間のことよりも、目先の快楽を優先するはずだ。
――だが。
「俺はこの程度じゃ口を割らない。お前が一番分かってるはずだろ、アレクセイ」
冷めた目線を向け、煽り立てるように告げる。
長い付き合いがあるからこそ、説得力は十分だろう。
尋問は更にエスカレートするだろうが、狙いはそこにある。
「……あぁ、そうだろうな。物事には順序というものがある」
それを見越していたのか、アレクセイは白い袖をまくり上げる。
暴力で吐かせる気だろう。典型というより、ここまで来たら古典だな。
「やるなら徹底的にやれよ。加減すれば、立場が危ぶまれるのはお前だ」
「無論、そのつもりだ。後から文句を垂れるのだけは、無しにしてくれよ!」
挑発じみた言葉に対し、アレクセイは拳で応じようとする。
薄っすらとセンスを纏い、手心を加えるつもりがないように見えた。
「…………」
それを見届け、ほんのわずかに口角を上げる。
作戦通りだ。このままいけば、次の段階に進むだろう。
尻上がりにセンスを強めていき、一定の水準を超えた時が合図。
「そこまでだ、兵士アレクセイ。ここからは私が尋問を担当する」
しかし、望んだ展開に待ったをかける男がいた。
尋問室の扉が開かれ、現れたのは、ドミトリー元帥。
最高司令官に位置し、都市の権力の大部分を握っている。
「…………了解、しました」
アレクセイは当たる寸前で拳を止め、命令に従う。
軍の一員である以上は逆らえず、不服ながら受け入れている。
(思ったよりも大物がきたな。まぁ、願ったり叶ったりだが)
ジーナは元帥の方へと視線を向け、次なる尋問に備える。
気にすべきは、どんな尋問をされ、どうセンスを引き出すかだ。
(あれは……)
目に留まったのは、元帥が持つ白いアタッシュケース。
それを机に置き、早速、その中身を取り出そうとしていた。
「こいつは、ヒヨスチンペントタール。強い痛みを引き起こす神経刺激剤でね。2ccでも投与すれば、全身の神経が焼き爛れるような痛みが走る。8ccまで投与すれば、心臓発作が起きる可能性がある。段階を踏んで増やすのが、尋問の常套手段ではあるのだがね……君は他の者よりも少しばかり骨があるように見える」
元帥が手に持つのは注射器と、薬品が入った小瓶だった。
慣れた手つきで注射器の押し子を引き、シリンジ内に薬品を投入。
こちらの右腕の袖をめくり、肘の内側の静脈に注射針を突き刺し、告げた。
「10cc。致死の峠を攻めようか。生き残れるよう、白き神に祈るがいい」
限界を超えた投薬。忍耐力を評価されたがゆえの弊害。
成す術もなく投与され、息をつく暇もなく、それは訪れた。
「くっ、うっっ!? …………あぁぁぁあぁぁっぁあああっっっ!!!!!」
眩暈、痙攣、激痛。意識が混濁し、冷や汗が流れ出る。
地面をのたうち回りたい衝動に駆られ、気が気でなくなる。
叫ぶ以外の行動の余地を奪われ、脳と神経は悲鳴を上げていた。
「さて、仲間の数と配置を訊かせてもらえるかね?」
何事もなかったように、元帥は尋問を開始していた。
昼下がりのコーヒーブレイクのような、軽いトーンでだ。
腸が煮えくり返りそうになったが、それが頭を冷静にさせた。
激痛は変わらずだが、必要最低限の思考できる余地が残った状態。
ただ、今の調子から考えても、発言できるのは三言程度が限界だろう。
――その中で最善を尽くす。
必要最小限の口数で、最大限の効果を引き出す。
ここで選ぶべき言葉は、自然と頭の中に浮かんでいた。
「男ならっ、拳で来いよ……メス犬」
意識が朦朧とする中、言い放つのは罵詈雑言。
元帥という肩書きを考えれば、不遜極まりない言葉。
「ふむ……これは失礼した。思った以上に骨のある兵士だったようだね」
逆鱗に触れたのか、尋問の一環なのかは全く判断がつかない。
ただ、反応があった。腕をまくって握り拳を作り、センスを纏う。
拳に纏われるのは、禍々しい黒色の光。間違いなく致死量を超えてる。
全力で防御しても助かるかどうか怪しいレベル。加減する気はないらしい。
「…………」
ジーナは受け入れる。暴力が振るわれるのを心待つ。
耐えがたい痛みに全身を焼かれながら、待ち望んでいた。
「望み通り食らうといい。元帥の拳を!!」
「北辰流――【風信子】!!!!」
仲間の介入。尋問室の位置を割り出し、形勢逆転する一手。
風の刃が天井を切り裂き、颯爽と現れたのは、二人の仲間だった。
「はぁい。アタシたちのことが知りたかったんでしょ」
「話があります。……ここの責任者はどちらにいますか」
ここからが本番。アザミ考案の作戦がようやく開始された。




