第84話 四苦八苦
足元に広がるのは、凍てつく氷の大地だった。
透き通るような青白い氷がどこまでも続いている。
空の上に立ってるようで、フワフワと気持ちが浮つく。
その先には白い山々がそびえ立ち、世界の果てが見えない。
天井には深淵に煌めく星々が見え、空から氷の粒が降っている。
「…………」
想像を絶する壮大な光景に、僕は言葉を失っていた。
初めて見る外の世界。絵や知識だけのものが体感できた。
語るべきことはなく、ただこの大自然を堪能していたかった。
「浸るのは構わんが、ここに来た本分を見失ったわけではあるまいな?」
その神秘的体験を邪魔しようとする者がいた。
長い白色の髪で、額に一本角を生やす長身の獣人。
白の制服の襟を整え、鋭い目線を僕の方に向けている。
――幻獣種『麒麟』。
魔獣としての固有名詞は、それに該当する。
相手の経緯や背景は分からないことの方が多い。
無意識が作った幻想かもしれないけど、自我がある。
流暢な帝国語を喋れるのは、裏がある気がしてならない。
もし、僕の知識に依存しないなら、人格形成分の過去がある。
やるべきことは変わらないけど、少し気にかけた方が良さそうだ。
「分かってる。僕はここで君を倒してみせるよ。……必ずね」
多くを語らず、僕は白いセンスを纏い、静かに言った。
自らにプレッシャーをかけるように念を押し、退路を断つ。
それに呼応したのか、顕在センス量が普段よりも多い気がした。
「その意気や良し。理想を現実としたいなら、力で示して見せよ!!!」
尊大な言葉と共に振るわれたのは、麒麟の右拳。
起こるべくして起きた闘いに、僕は望んで拳を振るった。
◇◇◇
「――――超徹甲拳っ!!!!!!」
割れんばかりの声音で放ったのは、渾身の頭突き。
頭を拳と見立て、出し得るだけのセンスを全て乗せた。
威力の向上に加え、意思の力により『性質』が付与される。
――防御無視。
接触発動型の意思能力で、防御と顕在センスを貫く。
表面の破壊を求めた超原子拳と違うて、内面を破壊する。
精神的部分に作用するわけじゃのうて、五臓六腑をぶち回す。
身体の内側の破壊。殺すことに特化した、暗殺拳の一種じゃった。
「…………」
うちの頭突きに蹴りをかました獣人は、沈黙を保つ。
効いとるんか、効いとらんのか、表面の反応じゃ分からん。
やせ我慢をしとる可能性もあるし、ノーダメージの可能性もある。
(効いとらん前提として、今のうちに出来ることは――)
最悪を想定し、両手を掴まれた状態で次の行動を考える。
正直、やれることは限られとるが、何もできんわけじゃない。
「こいつはオマケじゃ!!!」
うちは両足にセンスを込め、その場で跳躍。
勢いの乗った蹴りを、獣人の顎に目掛け放った。
「…………」
センスを張る素振りはのうて、攻防力の薄い箇所に直撃。
蹴りは専門外じゃが、あまりにも綺麗にクリーンヒットした。
傷を負わん方がおかしい。手応えもセンスの乗りも完璧じゃった。
「全力を出してその程度か。軟弱な身体よの」
しかし、胸に抱いとった幻想は容易く打ち砕かれる。
獣人は傷を負っておらず、大して効いとらんのが確定した。
(まずい。早いとこ、離脱せにゃあ……)
掴まれた両拳を振り解こうとするも、全く動かん。
このまま留まれば、悪い方向に向かうのは目に見えとった。
「非凡なる肉体がどういうものか、その身に刻むがいい!!」
威勢のいい声音と共に、獣人が放つのは蹴り上げ。
センスを纏うことなく、単純なフィジカルだけの一撃。
「……ッ!!!」
うちは咄嗟にセンスを集中させ、顎下を防御。
それなのにグワンと視界が揺れ、意識が飛びかける。
身体は重力を無視して、数十メートルは浮き上がっとった。
(なんちゅう威力……。もし、センスが込められとったら……)
どうにか気絶は免れるも、末恐ろしい肉体に驚嘆する。
身体の強度が違い過ぎる。男女の筋肉量の差どころじゃ済まん。
――異種族の中でも最強クラス。
鬼とも闘ったことはあるが、比にならんレベル。
もし、弱点が存在せんのなら、勝機は全く見出せんかった。
「物見遊山か? ここは戦場と心得よ!!!」
思考に耽っていたところに放たれるのは、宙返りを交えた蹴撃。
斜め下方向に叩きつけるようにして、目にも留まらん速さで放たれた。
「――ッッッ!!!!」
反射的に声の方向に片腕を出し、センスで防御。
直撃こそ免れたものの、ジンと骨に響く衝撃が走る。
すぐさま身体は重力に引かれて、地面へと迫っていった。
(考えとる場合じゃないね。余計な思考は死に直結する……)
落下する最中、うちは雑念を捨て、闘いに意識を向ける。
勝つか負けるか、生きるか死ぬか、強いか弱いか。それだけ。
『変圧器』のことは忘れ、全てをぶつける以外に生き残る術はない。
――そこで差し迫るのは地面。
変電所より少し逸れた地面が見えてくる。
着地に意識を割き、衝撃を抑えるのが常套手段。
センスを均等に振り分け、威力を分散させるのが普通。
「――――」
じゃが、うちは拳にセンスを集中させ、地面に放つ。
なんの根拠もなかったが、自分の判断に疑いはなかった。
「――――――」
直後、バチンと閃光が迸り、判断の正誤が示される。
高速で移動してきた獣人が、地面から蹴り上げを放っとる。
――拳と相打ち、威力は相殺。
あのまま着地しとったら、間違いなく殺られた。
紙一重で死線を潜り抜け、最悪の結果は回避された。
「続けるか?」
余裕面を浮かべとる獣人は問いかける。
降参すれば命は助けてやると言わんばかり。
上から目線どころか、哀れんどるように見える。
「当然じゃ!!!」
うちは拳を弾き、勝負の継続を宣言。
ここまでコケにされたまま、引き下がれん。
一矢報いるまでは、諦めるわけにはいかんかった。




