第83話 得意分野
『魔獣化』には、いくつかの進化段階があった。
・状態1。部分的な『魔獣化』。手や足だけを獣に変える。
・状態2。大部分の『魔獣化』。身体の半分以上を獣に変える。
・状態3。全身の『魔獣化』。人型を保ちつつ、全身を獣に変える。
・状態4。完全な『魔獣化』。獣本来の姿やスペックを完全に再現する。
一般市民に広く知れ渡っているのは、状態3まで。
神聖なものとして扱われるけど、その副作用を知らない。
状態が進むごとに自我を失い、状態4になれば高確率で暴走する。
「…………」
僕は状態3を維持しながら、変電所内を駆けていた。
人格の主導権は獣側にあり、上手くコントロールできない。
自分の意思で解くことはできるけど、それ以外は干渉不能だった。
基本、眺めることしかできず、こちらの都合や事情は大体シカトされる。
――半暴走状態。
精神的に調伏すれば、操ることができるらしい。
噂には聞いているけど、その条件は簡単じゃなかった。
従えるには、表と同等の精神体を倒さないといけないみたい。
『儂に抗ってみるか? 小童よ』
心を読んだのか、声をかけてきたのは内なる獣だった。
長い白髪、額に一本角を生やし、白の制服を着こなしている。
完全な獣の状態じゃなく、僕の体をベースにした状態で接していた。
――噂は本当だった。
状態3を使ったのは、これで通算二回目。
一回目は声に耳を傾ける余裕もなく、暴走した。
あの時とは違う。今回は僕にも選ぶ権利が存在している。
「やるさ。もう二度と君の思い通りにはさせない」
◇◇◇
停電開始から10分経過。バイカルヴェイ北部。変電所内。
剥き出しの変電設備が見送りつつ、向かうのは中心じゃった。
電力供給に致命的損害を与えるには、『変圧器』を潰すんがベスト。
――じゃが、狙いは他にもあった。
「「…………」」
うちと獣人がたどり着いたのは、『変圧器』の前。
ここまで、壊す側と止める側の小競り合いが続いとった。
じゃが、足を止めた。その意味が分からんほど敵は馬鹿じゃない。
「鬼ごっこは終わりか。確かにここは……少々やりにくい」
結論を言わないまでも、思惑を見抜いた様子。
今までの攻防を考えりゃあ、バレて当然とも言える。
じゃとしても、優位は揺るがん。勝つために、ここに来た。
「分かっとるなら、遠慮なく活用させてもらう。この『足手纏い』をなぁ!!」
うちが振るう正拳の先あるのは、『変圧器』。
電力を直す側からすりゃあ、壊されて困るもんじゃ。
その前提なら、敵の行動を大幅に制限することが可能となる。
「――――」
結果、可能となったのは、近接戦闘じゃった。
獣人は両手を重ね、放った正拳突きを受け止める。
周囲に浮かべる電気玉は使わず、体術で対応しとった。
半端に動かせば、設備を壊す。完全にうちの土俵じゃった。
「――――りゃああああっ!!!!」
うちの繰り出すのは、無数の正拳突きじゃった。
攻防力7対3の黄金比でセンスを維持し、正中線を狙う。
基礎の応酬。古武術『般若無道流』においての王道と言えた。
「…………」
拳の延長線上には、『変圧器』。避ければ壊される。
相手は受ける以外の選択肢がのうて、防戦一方となる。
しかし、拳を受け切って、大した痛手は負っとらんかった。
「さすがにやりよるね。じゃが――っ!!!」
それならと、うちは拳速を上げ、突きを繰り返す。
相手がいかな化け物じゃろうと、対応力には限界がある。
それを見極めるためにも、この攻防はどうしても外せんかった。
「攻めるのは儂。そう言ったのは、汝だったな?」
息を切らさず、完璧に受け切る獣人は声をかけてくる。
赤子の手をひねるような、そんな強者の余裕が感じられた。
「……っっっ」
感じ取るのは、濃厚な死の気配。底知れないセンス。
逃げ出したい気持ちに駆られ、拳速が衰えそうになった。
それでも一歩踏みとどまって、あくまで接近戦にこだわった。
――離れた時こそ一貫の終わり。
均衡が保たれているのは、得意な土俵だからこそ。
遠距離戦に移行した時点で詰み。それは分かっとった。
負けるにしても接近戦で。そう決めたからこそ命を張れる。
「ええから全力でこんかい!! 物足りん言うたじゃろうが!!!」
虚勢を張り、うちは接近戦以外の選択肢を削いだ。
不思議と力が漲り、体感で過去最高の顕在センスを更新。
この土壇場で、肉体と精神が更なる高みへと進もうとしとった。
「よかろう。人の期待に応えるのも儂の宿命」
しかし、響いたのはパシッという乾いた音じゃった。
獣人は限界に超えた拳を見切り、手で掴んで止めとった。
「くっっ!!」
空いた拳で反撃を試みるも、先ほどと同じく鷲掴み。
両拳を封じられ、身動きが取れず、致命的な隙を晒した状態。
「――容易く壊れてくれるなよ!!!!」
そこに振るわれたのは、なんの忖度もない蹴り。
攻防力を全集中させ、うちの無防備な鳩尾へと迫った。
「……壊れるんは、お前じゃあぁぁぁあああっ!!!!!!」
得意分野が使えない状態で、うちが振るったのは頭。
背後に振りかぶり、出し得る攻防力の全てを集め、放つ。
「「―――ッッッ!!!!!!」」
異色の閃光が迸り、両者の全力。蹴りと頭突きが炸裂する。
一瞬の油断も許されない攻防。センスが途切れた方が押し負ける。
「褒めて遣わす。『人』にしては健闘した方だろう」
手応えで勝利を確信したのか、獣人は涼し気に語る。
上から目線。強者の余裕。人を見下し、獣を優位とする。
言いたいことは山ほどある。言い返したい言葉が頭に浮かぶ。
じゃが、やるべきことは他にある。本質を見誤るわけにはいかん。
ここで口にするべき最適な語句は――。
「――――超徹甲拳っ!!!!!!」
放つのは必殺。硬い鱗を穿つ、防御無視の一撃じゃった。




