第82話 懊悩
停電開始から7分経過。覚醒都市バイカルヴェイ北部。
千切れた電線が散らばる道路で相対するのは、幼い子供。
金髪の坊ちゃん刈りで、白を基調とした制服に身を包んどる。
シャツ、ネクタイ、長ズボン、革靴、どれも平凡で奇抜さはない。
パッと見た感じじゃと、世間知らずな金持ちの息子のようなイメージ。
ちぃとばかし闘える程度で、第一印象から大きく逸脱するこたぁなかった。
――今や見る影もない。
体躯は約2メートル、額から一本の角を生やし、肌は白い鱗に覆われる。
髪は白く染まり、無造作に伸び、襟足部分は稲妻のように荒々しく乱れる。
服は伸縮性がある素材じゃったのか、破損せずに身丈に合わせて伸びとった。
――まるで別人。
『魔獣化』の情報は聞いとったけぇ、想像はできた。
素体となる魔獣を食らい、適合すれば、能力を受け継ぐ。
それ以上の詳細は知らんが、概ねジーナの情報通りじゃった。
じゃけぇこそ、驚いたのは外見じゃのうて、もっと本質的な部分。
(センスの底が見えん……。なんちゅうポテンシャルじゃ……)
末恐ろしいのは、顕在センスよりも、潜在センス。
これでも、人並み以上に死闘を重ね、審美眼を磨いた。
戦歴は数えとらんが、未知の強敵と闘うのも珍しゅうない。
比較できる材料は十分あるが、過去最強の相手すら霞むレベル。
体感で力量を把握するのは得意な方じゃが、自信がのうなってくる。
(まぁ、弱音を吐いたところで何も変わらん。やるべきことは一つじゃ)
暗い方向に偏る思考を、持ち前の明るさで相殺。
現実へと目を向け、魔獣化した子供の様子を伺った。
「…………」
身体の周りには、電気を帯びた球体が複数浮かんどる。
数は五つ。全てを自在に操れると見て間違いないじゃろう。
それらをかいくぐりながら、近接戦闘に持ち込むのは至難の業。
――じゃからこその『見』。
こちらから仕掛けんで、相手の攻撃を誘発した。
考えもなしに突っ込むのは、あまりにも無謀すぎる。
遠距離戦に徹するかもしれんが、後攻の方が楽じゃった。
相手がどんな戦闘方法を好むにせよ、見なきゃ何も始まらん。
起きた事実を基に考察するのが、意思能力戦での基本とも言える。
ありもしない可能性に頭を悩ませるのは、愚か者のすることじゃった。
「何か勘違いしとるようだが、時間をかけて得するのは儂だ。電力を止めたいなら、かかってくるのは汝だぞ。意味のない挑発に労力を割くぐらいなら、一発でも多く正拳を突いてみてはどうだ?」
感情剥き出しのタイプかと思いきや、相手は至って冷静。
『魔獣化』でキャラ変したのは分かっとったが、やりにくい。
好戦的で真正面からぶつかってきた子供形態が可愛く思えてくる。
(身体能力とセンスの向上に加え、頭も回るか。厄介じゃな……)
ジワリと嫌な汗が背中に滲んでくるのを感じる。
体感だと格上なのは間違いなく、待ちは許されん状況。
正面から突っ込むには、命を張る覚悟が必要になるじゃろう。
無論、腹をくくってこの場に立っとるが、果たしてそれは今なのか。
「いいや、うちは間違ってない。施設を壊されて困るんなら、攻めはお前じゃ!」
流れを読み、数ある選択肢から選び抜いたのは、『逃げること』。
その場から離脱し、ハッキリとした動機のもと、破壊活動を開始した。




