第81話 奥の手
地絡。電気回路が大地に接触し、電流が流れる現象。
千切れた電線が地面に触れた場合などは、例に漏れない。
人体に感電する可能性が極めて高く、即死する危険性もある。
――威力を決めるのは、電圧(V)と電流(A)。
・電圧は、電気を流そうとする『力の大きさ』を示す。
・電流は、実際に人体に流れ込む『電気の量』を示す。
二次送電線の場合、変圧器により電圧は下げられている。
元の電圧が50万Vとすれば、6600V程度となり、約75分の1。
人間の身体の電気抵抗を差し引いても、10A以上の電流が流れる。
即死とまではいかないものの、心臓停止や組織焼損の危険があるライン。
――電気的心臓マッサージと同等以上の衝撃が走る。
一瞬だけ流す除細動器とは違い、終わりがない。
電力の供給を止めない限り、電流は身体に流れ続ける。
常人であれば、数十秒も経たないうちに絶命する威力だった。
――しかし。
「「……ッッッ!!!!!!!」」
広島とジーノは歯を食いしばりながら、耐えていた。
絶え間ない電流を数十秒以上浴びながらも、正気を保つ。
――理由は『センス』。
互いの体表面に纏われる光の名称で、電気抵抗を高める。
身体と電流の間に壁を作るような形で、威力を軽減していた。
ただ、完全無力化までは至っておらず、二人の体力を着実に削る。
拘束状態のため気絶は避けられず、意識が残っていた方が勝者となる。
――勝敗を分けるのは、潜在センスと顕在センス。
・潜在センスは、光を流そうとする『力の大きさ』を示す。
・顕在センスは、実際に人体に纏われる『光の量』を示す。
前者は出力の限界値、後者はセンスの攻防力に直結している。
電圧→電流と同じく、潜在→顕在となり、源流が大きい方が強力。
複雑な処理や、瞬間的な出力を引き出すためには潜在センスが不可欠。
ただ、才能や系統で個人差があり、『肉体系』の広島は瞬発力に欠けていた。
――顕在センスは高いが、潜在センスは平凡。
『肉体系』が陥りやすいジレンマの典型的な例と言える。
この場だと電流への攻防力は維持しやすいが、無力化は不可。
当人のポテンシャルを超えた事象に対応できないのが弱点だった。
「あんたが『肉体系』なら、持久戦……顕在センス勝負になる。攻防力を維持し切れんくなった方が負けじゃ。一見、公平な条件のように思えるかもしれんが、この土俵に乗った時点で、未成熟な子供のあんたに勝ち目はないんよ」
地絡による電流を浴びながら、広島は平気な様子で語りかける。
相手の拳を強く握り込み、絶対に離さないという意思が感じられた。
「経験を積むほどに、顕在センスは増える。歴の浅い僕は不利ってわけか」
言われたことに対して、ジーノは淡々と受け止める。
内容の意図を汲み取って、自分なりの分析を立てていた。
両者共にダメージは軽度。顕在センスが抵抗の役割を果たす。
ただ、永遠に拮抗状態が続くわけもなく、終わりは近付いていた。
――過度な負荷はセンスの消耗が激しい。
体力に限界があるように、センスにも限界が存在する。
内包している潜在センスが尽きれば、攻防力は維持できない。
地絡の高圧電流により、二人のセンスは凄まじい勢いで減っていた。
「うちの読みなら、あと三十秒後……あんたのセンスは破綻する」
目を細め、心を見透かすようにして、広島は告げる。
意思能力者として長年培った経験と直感による予想だった。
先ほどの手合わせで系統を見切ったからか、声音には自信があった。
「的確だね。僕の体感もそれぐらいだ。……でも、一つだけ誤算があるよ」
センスを浪費し、指定された時間が迫る中、ジーノは言う。
焦る様子はなく、むしろ、勝利を確信したような余裕すらある。
本気かハッタリか。どちらか判別できず、続く言葉を待つしかない。
「なんね、言ってみんさい」
広島は動揺することなく、どっしりと身構える。
どのような手札が来ようと対応する気概を感じられた。
ただ、そんな中も刻限が迫ってくる。広島が指定した三十秒。
「『獣』は系統の影響を受けない。『人間』の物差しで測れると思うな!」
子供の声音から、重たい怒号へと変わり、ジーノは覚醒する。
額からは一本の角が生え、肌は龍のような白い鱗に覆われている。
人の形を保ちながらも、『魔獣化』により、人ならざる者へと変化した。
――幻獣種『麒麟』。
ジーノに適合した魔獣の名前であり、伝説上の生物。
中国の神話においては、数ある獣類の長と言われていた。
「…………ッッッ!!!!!!」
圧倒的な存在感を前に、広島は拘束を解き、地絡領域より脱出。
三歩分ほど大きく距離を取り、必要以上の警戒感を露わにしていた。
「この姿を見たからには……ただでは帰さんぞ」
ジーノは、子供離れした尊大な振る舞いを見せる。
大量に浴びていた電流は弾かれ、複数の球体へと変化。
ジーノの周りに集まり、自然現象を生き物のように従えた。
潜在センスも顕在センスも意味をなさず、超常的現象を操る獣。
「今ので勝っても物足りんかったわ。御託はええからかかってきんさい!!」
広島は一切怯むことなく、拳を握って、啖呵を切る。
当人のポテンシャルを超えた相手に、喜んで挑もうとしていた。